八幡信仰

大田区

東八幡神社 / 東京都大田区

旧古市場村鎮守の八幡さま。矢口の渡しが置かれた当社前。多摩川土手から快晴時は富士山も見える。湯坂八幡と称された江戸時代。明治になり東八幡と西八幡が合祀・遷座。戦後に再建された社殿。児童公園や公衆電話がある境内。本務社は「徳持神社」。御朱印。
大田区

徳持神社 / 東京都大田区

旧徳持村鎮守。元は八幡信仰の神社。宇佐神宮より勧請・御旗山八幡宮と称される。池上競馬場建設のため現在地への遷座。合祀によって徳持神社へ改称。戦後に再建された社殿とユニークな健康歩道。徳持という旧地名の保存。兼務社5社の御朱印。御朱印。
大田区

久が原東部八幡神社 / 東京都大田区

旧馬込領久ヶ原村の鎮守。彫刻が見事な大田区有形文化財の社殿。弥生時代に大集落があった久が原。徳川家康の江戸入りで久が原が二分される。新編武蔵風土記稿から見る当社。江戸時代後期に社殿が造営。明治維新後の歩み。本務社は「徳持神社」。御朱印。
大田区

久が原西部八幡神社 / 東京都大田区

旧六郷領久ヶ原村の鎮守。弥生時代に大集落があった久が原。徳川家康の江戸入りで久が原が二分。新編武蔵風土記稿から見る当社。明治維新後の歩み。児童公園が隣接する境内。旧本殿を使用した稲荷神社。力石や三等三角点。本務社は「徳持神社」。御朱印。
大田区

六郷神社 / 東京都大田区

六郷総鎮守。源氏ゆかりの八幡さま。源頼義・義家(八幡太郎)による創建。源頼朝が故事に倣い戦勝祈願。頼朝寄進の手水石・梶原景時寄進の神橋。御祭神が三柱から一柱に変更。江戸時代に描かれた当社と八幡塚の謎。七草こども流鏑馬祭。御朱印。御朱印帳。
鎌倉市

鶴岡八幡宮 / 神奈川県鎌倉市

相模国一之宮格。鎌倉武士の守護神。源頼朝により現在地に遷座・上下両宮に整備。静御前が舞った若宮廻廊(現・舞殿)。源実朝の落命の地。江戸幕府による庇護。源平池・再建された旗上弁財天社。倒伏した大銀杏。表参道の段葛・若宮大路。御朱印。御朱印帳。
下妻市

大宝八幡宮 / 茨城県下妻市

関東最古の八幡さま。国指定重要文化財の本殿。あじさい祭とあじさい神苑。平将門の伝承。源義家や源頼朝からの崇敬。国の史跡の大宝城跡と城主下妻氏。多賀谷氏による再建。徳川幕府や朝廷からの庇護。相撲場では高砂部屋合宿稽古も。御朱印。御朱印帳。
杉並区

荻窪八幡神社 / 東京都杉並区

上荻窪村鎮守の八幡さま。太田道灌が植えた御神木・道灌槇。源頼義が戦勝祈願し凱旋した伝承。太田道灌の戦勝祈願。村の鎮守として崇敬篤い江戸時代。二之鳥居・祓門・立派な神門・戦前の社殿。指定樹林となった境内・東参道と北参道。御朱印。御朱印帳。
杉並区

井草八幡宮 / 東京都杉並区

都内有数の境内を誇る八幡宮。杉並区北部一帯の総鎮守。現・別表神社。縄文時代から聖地とされた地に創建。源頼朝の伝承・遅野井と呼ばれた当地。5年に1度行われる流鏑馬。立派な楼門・趣のある神門と社殿。『〈物語〉シリーズ』の聖地。御朱印。御朱印帳。
大田区

女塚神社 / 東京都大田区

西蒲田(旧女塚村・旧御園村)鎮守。少将局のカラフル御朱印。新田義興と侍女・少将局(しょうじょうのつぼね)の悲劇。少将局の墳墓とも伝わる女塚・女塚村の由来。女塚村鎮守の八幡社。明治になり八幡社が女塚に遷座。本務社は「蒲田八幡神社」。御朱印。
大田区

薭田神社(稗田神社) / 東京都大田区

延喜式内社に比定される古社。菖蒲(あやめ)のカラフル御朱印とその由来。行基や日蓮の伝説。式内社論社の考察。蒲田村鎮守として崇敬と分村。蒲田の中心だった戦前。江戸時代の石鳥居・新造営された社殿。本務社は「蒲田八幡神社」。御朱印。
渋谷区

金王八幡宮 / 東京都渋谷区

渋谷・青山の総鎮守。江戸時代に造営された社殿・神門。江戸三名桜の1つ金王桜。算額など無料展示している宝物館。時代小説『天地明察』の舞台。渋谷氏と渋谷城。渋谷の地名由来。社名由来の渋谷金王丸伝説。浮世絵に描かれた金王丸。御朱印。御朱印帳。
目黒区

中目黒八幡神社 / 東京都目黒区

中目黒総鎮守。中目黒の八幡さま。竹紙を使用した珍しい御朱印帳。戦前の社殿が現存。長い参道・お水取り可能な湧水・さざれ石。境内社の三峯神社と三峯請。江戸時代から続く十二座神楽。平成の大改修事業。著名人が多い氏子区域。御朱印。御朱印帳。
江東区

富岡八幡宮(深川八幡) / 東京都江東区

東京十社・深川の八幡様。江戸三大祭りに数えられる深川八幡祭り。江戸勧進相撲の発祥の地・横綱力士碑。徳川将軍家からの庇護と深川の発展。戦後に再建された立派な社殿と進む境内整備。浮世絵に描かれた深川八幡。江戸屈指の盛り場深川。御朱印。御朱印帳。
目黒区

碑文谷八幡宮 / 東京都目黒区

碑文谷鎮守の八幡さま。坂東武士の鑑と称された畠山重忠の守護神を祀る。碑文谷村と地名由来となった碑文石。桜並木が美しい参道は隠れた桜の名所。明治に再建された社殿・広い境内。江戸時代の史料から見る当社。明治維新後の碑文谷と当社の歩み。御朱印。