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六本木天祖神社(龍土神明宮) / 東京都港区

5.0
港区

概要

六本木の氏神さま・龍伝説が残る龍土神明宮

東京都港区六本木に鎮座する神社。
旧社格は村社で、六本木(旧・麻布龍土町や六本木町など)の鎮守。
正式名称は「天祖神社」だが、他との区別のため「六本木天祖神社」とさせて頂く。
毎夜龍が燈明を献じたと云う龍伝説が残り、旧名称である「龍土神明宮」と称される事も多い。
現在の住所は六本木7-7-7のスリーセブンで縁起の良い神社としても知られる。
平成二十六年(2014)には隣接する複合ビルが新築され境内も整備が行われた。
現在は港七福神の福禄寿も担っている。

神社情報

六本木天祖神社(ろっぽんぎてんそじんじゃ)
龍土神明宮(りゅうどしんめいぐう)

御祭神:天照大神・伊邪那岐命・伊邪那美命
社格等:村社
例大祭:9月第4日曜
所在地:東京都港区六本木7-7-7
最寄駅:乃木坂駅・六本木駅
公式サイト:http://tensojinja.tokyo-jinjacho.or.jp/

御由緒

 南北朝時代の至徳元年(1384)に創建された当社には、毎夜竜が御灯明を献じたと社伝に残る。
 周辺一帯は「竜灯」に由来し「竜土村」と称され、当社も龍土神明宮と呼ばれた。古くは武家からの信奉篤く、現在も港区六本木7-7-7に鎮座する縁起の良い神社として多くの方から崇敬を受けている。
 末社である満福稲荷社には港七福神の一柱として福禄寿を祀る。(頒布の資料より)

参拝情報

参拝日:2021/02/13

御朱印

初穂料:1,000円
社務所にて。

※毎月辰の日のみ御朱印を頂く事ができる。
※元日−成人の日まで「港七福神・福禄寿」の御朱印も頂ける。

令和三年(2021)の辰の日(御朱印対応日)
1月8日・20日/2月1日・13日・25日/3月9日・21日/4月2日・14日・26日/5月8日・20日/6月1日・13日・25日/7月7日・19日・31日/8月12日・24日/9月5日・17日・29日/10月11日・23日/11月4日・16日・28日/12月10日・22日
※新型コロナウイルス対策のため当面の間は御朱印は書き置きのみ。詳細は公式サイトにて。
御朱印の受付時間は9:00-17:00まで。毎月の辰の日のみ。

歴史考察

毎夜龍が燈明を献じた龍燈山の伝説

社伝によると、至徳元年(1384)に創建したと云う。
現在より東側の飯倉城山と呼ばれた地に創建。

旧鎮座地の飯倉城山(いいぐらしろやま)
後に西久保城山町と呼ばれたエリア。
平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した武将・熊谷次郎直実、もしくは室町時代の武将・太田道灌の砦跡と伝えられる城山があったことによる。
現在の虎ノ門4丁目付近。

当社には龍伝説が残る。

龍と龍燈山(りゅうどうやま)伝説
毎夜、龍が品川沖から灯明を献じたと云う。
この伝説から当社が鎮座していた地は「龍燈山」と称された。
古くは旧鎮座地の飯倉城山を龍燈山と呼んでいたものと思われる。

江戸城を築城した太田道灌による再興

室町時代後期、太田道灌により再興。
道灌は祭田方五丁を寄進したと伝わる。

太田道灌(おおたどうかん)
武蔵守護代・扇谷上杉家の下で活躍した武将。
江戸城を築城した事で広く知られ、江戸城の城主であり、江戸周辺の領主でもあった。
武将としても学者としても一流と評されるが、道灌の絶大なる力を恐れた扇谷上杉家や山内家によって暗殺されてしまったため、悲劇の武将としても知られる。
旧鎮座地の西久保・飯倉の地には「西久保八幡神社」「飯倉熊野神社」など太田道灌によって再建された神社が多い。
飯倉熊野神社 / 東京都港区
旧飯倉町鎮守の熊野さま。八咫烏の御朱印。御朱印帳にも貼れる熊野牛王神符。奈良時代創建の古社。太田道灌による再建・飯倉に遷座。太田道灌ゆかりの恵比寿太田稲荷社。戦後の再建と社地縮小。桜田通りに面して鎮座。港七福神めぐり・恵比寿。サッカー御守。

江戸城の改築に伴い現在地へ遷座

元和年間(1615年-1624年)、江戸城の改築に伴い旧社地は召し上げられ現在地へ遷座。
当社の移転と共に氏子たちも現在地周辺へ移り住み、当社一帯は龍土村と呼ばれた。

龍土村(りゅうどむら)
当社に伝わる龍燈山の伝説から転訛して「龍燈(りゅうどう)」→「龍土(りゅうど)」。
他説として「猟人村(かりうどむら)」が転訛して「りうどむら」になったとも。
江戸時代には町奉行支配下となり麻布龍土町と呼ばれた。

龍土村の鎮守となった当社も「龍土神明宮」と称された。
現在も社号碑には「竜土神明宮」の名が残る。

江戸切絵図から見る龍土神明宮

当社の鎮座地は江戸の切絵図からも見て取れる。

(麻布絵図)

こちらは江戸後期の麻布周辺の切絵図。
左上が北の切絵図となっており、当社は図の左下に描かれている。

(麻布絵図)

図を回転(北を上に)させ、当社周辺を拡大したものが上図。

赤円で囲ったのが「長泉寺 神明社」と書いてある当社。
当社と共に「長泉寺」(現・廃寺)が一緒に描かれており、これが当社の別当寺。
龍土町や六本木町といった地名も見る事ができ、当社は一帯の鎮守であった。

龍土町は麻布龍土町とも呼ばれた。

周辺は殆ど武家地となっている事が窺える。
武家屋敷が並び武家や幕府役人からの崇敬が篤かったと云う。

現在の「東京ミッドタウン」なども当社の氏子地域となっている。
Tokyo Midtown Web site

弘化二年(1845)、青山火事によって社殿を類焼。
その後、社殿が再建された。

明治以降と戦後の再建

明治になり神仏分離。
社号を「神明社(龍土神明宮)」から「天祖神社」へ改称。

明治六年(1873)、麻布龍土町から麻布新龍土町が分離して成立。

麻布新龍土町は当社の北西あたり。

明治十二年(1879)、村社に列した。
明治四十二年(1909)、社殿の大修理を行う。

明治四十二年(1909)測図の古地図を見ると当時の様子が伝わる。

今昔マップ on the webより)

赤円で囲った箇所が当社の鎮座地で、今も昔も変わらない。
龍土町、新龍土町、六本木町といった地名を見る事ができる。
これら一帯の氏神が当社であり、当社は六本木鎮守と云う事ができるだろう。

大正十五年(1926)、神饌幣帛料供進社に指定。

昭和二十年(1945)、東京大空襲によって社殿を焼失。
手水舎のみ残して建築物は殆ど焼失したと云う。

昭和三十二年(1957)、社殿を再建。
これが現在の社殿となっている。

昭和四十二年(1967)、住居表示実施によって麻布龍土町や麻布新龍土町は六本木へ改称。
住所としての龍土町の名は消滅となった。

龍土町の名は当社が「龍土神明宮」を残している事と、当社の前の通りが「龍土町美術館通り」となっていて幾つか残っている。

平成二十六年(2014)、隣接する複合ビル「TRI-SEVEN ROPPONGI」が新築される。
それに伴い境内整備と社務所改築工事を竣工し現在に至る。

現在は「港七福神」の福禄寿も担っている。

港七福神の前身である戦前の七福神めぐり「麻布稲荷七福神」でも福禄寿を担った。
港七福神めぐり公式サイト

境内案内

六本木7-7-7のスリーセブンに鎮座

最寄駅は六本木駅・乃木坂駅と共に同距離程で、龍土町美術館通りと云う路地に鎮座。
通りに面して社号碑と鳥居。
社号碑には現在の社号の「天祖神社」の他、かつての「竜土神明宮」の文字も。
鳥居前には広めのスペースが確保されていて、隣は複合ビル「TRI-SEVEN ROPPONGI」。

Home - Tri-Seven Roppongi
A striking new landmark is rising in Roppongi. Tri-Seven Roppongi.

当社の鎮座地の住所は六本木7-7-7。
スリーセブンの住所となっていて縁起が良い。
社紋も三つ巴に七が3つ。

鳥居・清龍の井戸・江戸時代の狛犬や水盤

参道が設けられていてその先に鳥居。
鳥居の右手前には井戸。
清龍の井戸と名付けられた手押しポンプ式の井戸。
手を清めると人生の導きを得られ、足を清めると悪縁や習慣を絶つことができると云う。

新型コロナウイルス対策のため当面は使用禁止。

鳥居を潜り石段の手前に一対の狛犬。
嘉永四年(1851)奉納の狛犬。
子持ちで良い造形、新型コロナウイルス蔓延につきマスクを着用中。
玉持ち。

その先に石段。
石段を上り正面に社殿。

右手に手水舎。
手水舎は新しいものだが水盤は古い。
弘化三年(1846)に奉納された水盤が現在も使用されている。

弘化二年(1845)に青山火事によって社殿を類焼していて、その後の再建に際して奉納されたものと思われる。

戦後に再建された神明造の社殿

参道の正面に社殿。
旧社殿は東京大空襲で焼失。
現在の社殿は昭和三十二年(1957)に再建されたもの。
重厚感のある神明造。
綺麗に整備された良い造り。
六本木の都心部にありながら静かな空間。

港七福神の福禄寿も祀る満福稲荷神社

参道の右手に境内社。
朱色鳥居の満福稲荷神社。
かつては孫太郎稲荷と称されていたお稲荷様。
近隣の稲荷社を合祀して満福稲荷神社に改称された。
お稲荷様の他、港七福神の福禄寿を祀る。
参拝した2021年2月は梅が綺麗に咲いていた。

宝珠に触れ願いを込める心願成就の龍灯籠

社殿の左手には灯籠。
龍灯籠と名付けられた心願成就の灯籠。
灯籠内には宝珠が設けられている。
宝珠に触れながら願いを唱えると必ず叶うと信仰を集めている。

この社殿の左側からは隣接する複合ビル「TRI-SEVEN ROPPONGI」にも繋がる。
こちらからは社殿を横から眺めることもできる。

御朱印は毎月辰の日のみ授与

御朱印は社務所にて。
元日から成人の日と、毎月辰の日のみ頂く事ができる。

令和三年(2021)の辰の日(御朱印対応日)
1月8日・20日/2月1日・13日・25日/3月9日・21日/4月2日・14日・26日/5月8日・20日/6月1日・13日・25日/7月7日・19日・31日/8月12日・24日/9月5日・17日・29日/10月11日・23日/11月4日・16日・28日/12月10日・22日
※新型コロナウイルス対策のため当面の間は御朱印は書き置きのみ。詳細は公式サイトにて。
御朱印の受付時間は9:00-17:00まで。毎月の辰の日のみ。

御朱印は「天祖神社」の朱印と六本木鎮座の印。
緑色で龍土の文字、金粉を混ぜた金墨で天祖神社の文字。

初穂料は1,000円。

元日から成人の日までは港七福神めぐりで福禄寿の御朱印も頂ける。
港七福神の前身である戦前の七福神めぐり「麻布稲荷七福神」でも福禄寿を担った。

港七福神めぐり公式サイト

所感

六本木鎮守の一社として崇敬を集める当社。
龍伝説が残り当地周辺の旧地名である龍土町の由来にもなった神社。
「龍土神明宮」と称され現在も社号碑などのその文字が残る。
現在の住所は六本木7-7-7なのが面白くスリーセブンは縁起が良いと親しまれている。
東京ミッドタウンからもほど近く六本木の都心部にありながらも綺麗に整備された境内。
狛犬や水盤など江戸時代の石造物も残り新旧がうまく融合された空間となっている。
六本木になりながら地域の憩いの場にもなる良い神社である。

神社画像

Google Maps

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