感染対策をできる限りした上で参拝しましょう。各神社も御朱印対応が変更の可能性有。

蛇窪神社(上神明天祖神社) / 東京都品川区

品川区

概要

旧上蛇窪村の鎮守・蛇窪大明神

東京都品川区二葉に鎮座する神社。
旧社格は村社で、旧地名である上蛇窪村の鎮守。
現在は荏原七福神の弁財天を担っている。
最近では当社で祀られている全ての神様の総称「蛇窪大明神」として知られた事もあり、「蛇窪神社」とも称される事も多かったため、令和元年5月1日より別称であった「蛇窪神社」を通称に変更。
現在は「上神明天祖神社」よりも旧地名を冠した「蛇窪神社」を前面に出して活動を行っている。
カラフルな御朱印や限定御朱印など、御朱印を集印する人々から知名度の高い神社。

神社情報

蛇窪神社(へびくぼじんじゃ)
上神明天祖神社(かみしんめいてんそじんじゃ)

御祭神:天照大神・天児屋根命・応神天皇
社格等:村社
例大祭:9月15・16日に近い土・日曜(蛇窪祭)
所在地:東京都品川区二葉4-4-42
最寄駅:西大井駅・中延駅
公式サイト:https://hebikubo.jp/

御由緒

 文永8年(鎌倉時代・1272年)11月10日、北条四朗左近大夫陸奥守重時は、五男の時千代に多数の家臣を与え蛇窪(現在の品川区二葉四丁目付近)に残って当地域を開くよう諭して、自らはこの地を去りました。
 その後、時千代は法圓上人と称して大森(大田区)に厳正寺を開山し、家臣の多くは蛇窪付近に移住させました。現在、厳正寺の壇徒がこの地域に多いのは、こうした理由によるものです。
 文永8年の秋から五十年ほど経た元亨二年(1322年)、武蔵の国(現在の東京・埼玉)一帯が大旱魃となり、飢饉の到来は必至と見られました。このとき、厳正寺の当主、法圓の甥の第二世法密上人は、この危機を救うため、厳正寺の戌亥(北西)の方向にあたる森林の古池のほとりにある龍神社に雨乞いの断食祈願をしました。上人の赤誠(偽りや飾りのない心。まごころ。)と神霊の冥助により、大雨が沛然と降り注ぎ、ついに大危機を免れることができました。
 これに感激した時千代の旧家臣たちは、蛇窪に神社を勧請し、神恩にこたえて祀りました。これが現在の天祖神社の縁起とされています。
 なお一説には、鎌倉時代に、この地の豪農、森屋氏(現姓森谷氏等の先祖)が建立したものとも伝えられています。
 当社の旧社名は神明社です。現在の下神名天祖神社は、正保年間(1644年)、今から約375年前、蛇窪村が上蛇窪村と下蛇窪村に分立の際に、当神社から現在の所在地に分社されたと言われています。その後、昭和7年10月に東京市内編入の際、氏神である神明社に因んで町名が上神明町・下神明町に改名されました。したがって、これ以後に現在の社名、天祖神社に改名されました。(荏原区史)(頒布のリーフレットより)

参拝情報

参拝日:2021/09/06(御朱印拝受)
参拝日:2021/06/22(御朱印拝受)
参拝日:2021/05/07(御朱印拝受/ブログ内画像撮影)
参拝日:2021/04/01(御朱印拝受/ブログ内画像撮影)
参拝日:2021/03/03(御朱印拝受)
参拝日:2021/02/02(御朱印拝受)
参拝日:2021/01/09(御朱印拝受)
参拝日:2020/12/15(御朱印拝受)
参拝日:2020/11/04(御朱印拝受)
参拝日:2020/09/10(御朱印拝受)
参拝日:2020/06/02(御朱印拝受)
参拝日:2020/02/03(御朱印拝受)
参拝日:2020/01/03(御朱印拝受)
参拝日:2019/12/24(御朱印拝受)
参拝日:2019/11/12(御朱印拝受)
参拝日:2019/11/12(御朱印拝受)
参拝日:2019/10/15(御朱印拝受)
参拝日:2019/09/02(御朱印拝受)
参拝日:2019/07/16(御朱印拝受)
参拝日:2019/07/07(御朱印拝受)
参拝日:2019/06/25(御朱印拝受)
参拝日:2019/05/07(御朱印拝受)
参拝日:2019/02/11(御朱印拝受)
参拝日:2019/01/08(御朱印拝受)
参拝日:2018/11/22(御朱印拝受)
参拝日:2018/09/05(御朱印拝受)
参拝日:2018/07/05(御朱印拝受)
参拝日:2018/01/05(御朱印拝受)
参拝日:2017/06/26(御朱印拝受)
参拝日:2017/04/04(御朱印拝受/御朱印帳拝受)
参拝日:2017/02/12(御朱印拝受)
参拝日:2016/12/20(御朱印拝受)
参拝日:2016/11/17(御朱印拝受)
参拝日:2016/09/16(御朱印拝受)
参拝日:2016/06/16(御朱印拝受)
参拝日:2016/01/12(御朱印拝受)
参拝日:2016/01/01(御朱印帳拝受)
参拝日:2015/09/16(御朱印拝受)
参拝日:2015/04/30(御朱印拝受)
参拝日:2015/03/30(御朱印拝受)
ほぼ毎月

御朱印

初穂料:300円(通常)・600円(一部限定)・1,000円(一部限定)
社務所にて。

※通常は蛇窪大明神、弁財天、蛇窪神社の3種あり。
※蛇窪大明神は1月中、4月中、9月中でそれぞれ期間限定特別御朱印あり。
※60日に1度の己巳の日に限定御朱印あり。
※他にも色々と限定御朱印を用意する事があるので詳細は随時公式Twitter巫女へび/蛇窪神社を参照。

2021年の「己巳(つちのとみ)の日」
1月21日・3月22日・5月21日・7月20日・9月18日・11月17日
最新の御朱印情報
10月12日・24日は「巳の日御朱印」
4月1日-2022年12月30日まで「蛇窪龍神社建立記念・白蛇辨財天社改修記念御朱印」
通年で「蛇窪神社」「白蛇辨財天弁」「蛇窪大明神」の御朱印
※詳細は公式Twitterにて。

御朱印帳

通常御朱印帳
初穂料:1,500円
社務所にて。

当社の白蛇縁起にちなみ白蛇がデザインされた秀逸なもの。
透明の防水カバーも一緒についてくる。
2016年元日より授与を開始した。
※筆者が頂いた2016年は初穂料1,200円だったが現在は1,500円に変更。

弁天社例祭限定御朱印帳
初穂料:1,500円
社務所にて。

2017年4月1日より頒布の弁天社例祭限定御朱印帳。
白地に白蛇さまと龍神さまが刺繍されたもの。
2016年9月に頒布となった例大祭限定御朱印帳の色違い版。
取り外してしまったが透明の防水カバーも一緒についてくる。
4月中の品切れまで頒布された。

限定御朱印帳情報
2016年9月10日より限定300冊の例大祭限定御朱印帳を頒布。(詳細:Twitter
2017年4月1日より弁天社例祭限定御朱印帳を頒布。(詳細:Twitter
2017年9月1日より限定2,000冊の例大祭限定御朱印帳を頒布。(詳細:Twitter
2018年4月1日より限定1,000冊の弁天社例祭限定御朱印帳を頒布。(詳細:Twitter
2018年9月1日より限定1,000冊の例大祭限定御朱印帳を頒布。(詳細:Twitter
2019年4月1日より限定色ピンク色の御朱印帳を頒布。(詳細:Twitter
2019年9月1日より限定1,000冊の蛇窪祭記念御朱印帳を頒布。(詳細:Twitter
2020年4月1日より限定色ピンク色の御朱印帳を頒布。(詳細:Twitter
2020年9月1日より限定1,000冊の蛇窪祭限定御朱印帳を頒布。(詳細:Twitter
2021年4月1日より限定色ピンク色の御朱印帳を頒布。(詳細:Twitter

授与品・頒布品

巳くじ
初穂料:500円
授与所にて。

※巳の日限定のおみくじ。

白蛇置物
初穂料:1,500円
社務所にて。

※筆者が頂いた2015年は初穂料1,000円だったが2021年現在は1,500円に変更。

image

ステッカー御守
初穂料:500円
社務所にて。

歴史考察

龍神へ雨乞い祈願し創建した伝説

創建に関しては不詳な部分も多い。

社伝によると、文永八年(1271)に、北条重時の五男・時千代が仏門に入る。
法圓上人となり、大森に「厳正寺(ごんしょうじ)」を開山。

北条重時(ほうじょうしげとき)
鎌倉時代前期の武将で、鎌倉幕府二代執権・北条義時の三男。(北条政子の甥)
六波羅探題北方・鎌倉幕府連署など幕府の要職を歴任、引退後は「極楽寺」(現・鎌倉市極楽寺)に隠居したため極楽寺重時とも称される。
但し、北条重時の五男は一般的に北条義政(ほうじょうよしまさ)とされており、時千代がどの人物にあたるのかは不詳。

時千代の家臣が蛇窪(現在の当地周辺)に住み着き、当地を開墾したと伝わる。

「厳正寺」寺伝には、大井神明の字蛇窪(当社周辺)に草庵を結んだとあり、現在も当地周辺には「厳正寺」の檀家が残っている。

元亨二年(1333)、大旱魃(かんばつ)が発生。
「厳正寺」の僧が北西にある古池のほとりにある「龍神社」の龍神へ雨乞いの断食祈願したところ、大雨が降ったため、村民たちは飢饉を逃れる事ができたと云う。
これに感激した時千代の旧臣らが当地に「神明社」を創建したのが当社の始まりと伝わる。

「厳正寺」では、現在も伝承に基づいた「水止舞」が行われており、東京都無形民俗文化財となっている。
厳正寺 水止舞(Mizudome-no-mai(Gonsho-ji Temple)
2021年度の水止舞について 水止舞保存協力会では、新型コロナウイルス感染症の拡大で収束時期も不透明であり、現
他の説もあり
鎌倉時代にこの地の豪農である森屋氏が当社を建立したものとも伝えられている。

以後、蛇窪一帯の鎮守として地域より崇敬を集めた。

蛇窪村が上下に分村・神明社も分立

正保年間(1644年-1647年)、蛇窪村が上蛇窪村・下蛇窪村に分村。

蛇窪村鎮守であった「神明社」も、両村に分社。
上蛇窪村鎮守として当社、下蛇窪村鎮守として現「下神明天祖神社」に分かれたとされる。

下神明天祖神社との関係
当社と「下神明天祖神社」は元は同一村の同一神社が分立したと云える。
御祭神も伊勢(天照大御神)・八幡(応神天皇)・春日(天児屋根命)の三柱で共通。
下神明天祖神社 / 東京都品川区
旧下蛇窪村の鎮守。藤原秀郷の末裔が開墾・春日社として創建。蛇窪村が分村し鎮守も分立・神明社。震災復興や苕野神社(浪江町)再建御朱印。ツール・ド・御朱印。神明雅楽。区内最大の狛犬・樹齢600年以上の御神木。小市郎稲荷社。限定御朱印。御朱印帳。
下神明天祖神社」の御由緒では、近年公表された新しい説として、古くは「春日社」として創建したとある。蛇窪村が分村するにあたり、村の鎮守であった「神明社」の神を古くから鎮座していた「春日社」に合祀。以降は「神明社」として下蛇窪村の鎮守となったとみられる。

古くから蛇窪村の鎮守「神明社」は当地に祀られており、分村に合わせて当社から「下神明天祖神社」に勧請(分立)したと推測できる。

新編武蔵風土記稿に記された当社

文政十三年(1830)に成立した『新編武蔵風土記稿』には当社についてこう記されている。

(上蛇窪村)
神明社
除地二段二畝。村西の方にあり。社二間に二間半。村の鎮守なり。勧請の年暦を詳かにせず。馬込村長遠寺の持。
末社。稲荷社。本社の側にあり。

上蛇窪村の「神明社」として記されているのが当社。
「村の鎮守なり」とあり、上蛇窪村鎮守であった事が分かる。

末社の稲荷社は、現在も境内社として鎮座している稲荷神社であろう。
当社同様に古くから当地に祀られていた神社であった。

別当寺は「長遠寺」(現・大田区南馬込5)。

長遠寺(ちょうおんじ)
天仁元年(1108)草創、文亀二年(1502)現在の南馬込に移転。
元禄年間(1688年-1704年)に中興されたと云う。
神仏分離までは当社を含む12社の別当寺を担った。

明治以降の歩み・蛇窪の地名が消滅

明治になり神仏分離。
上蛇窪村の鎮守として村社に列した。

明治二十二年(1889)、市制町村制施行に伴い、中延村・戸越村・小山村・上蛇窪村・下蛇窪村と谷山村飛地が合併し、平塚村(後の荏原町)が誕生。
当地は平塚村上蛇窪となる。

明治四十二年(1909)測図の古地図を見ると当時の様子が伝わる。

今昔マップ on the webより)

赤円で囲ったのが当社で、今も昔も変わらない。
平塚村、さらには上蛇窪・下蛇窪と云うように、蛇窪の名が残っている。
当地一帯が古くから「蛇窪」と呼ばれ、それが昭和初期までは続いていた。

戸越公園駅は蛇窪駅として開業
当社からも近い現在の戸越公園駅は、昭和二年(1927)の開業時には蛇窪駅という名で開業。
昭和十一年(1936)には現在の「戸越公園駅」に改称されたものの、当地が蛇窪として浸透していた事がよく分かるエピソード。

昭和七年(1932)、荏原区が成立する際に、上蛇窪・下蛇窪はそれぞれ上神明町・下神明町へ改称され、当地は上神明町となる。

「蛇窪」という地名は、東京に編入するタイミングで、都市の名として不適当とする動きがあったようで改名に至り消滅。

同年、町会議員が以下のような建議書を提出している。

荏原町大字『上蛇窪』『下蛇窪』と公称せる字名称を改称せんとす。

建議書の概要
蛇窪のような都市には相応しくない地名は、蛇を嫌う国民性から不適当のため、東京市に編入される機会に改名を希望する。

結果、町議会によって蛇窪の地名は消滅し町名が変更された。
神明の町名はそれぞれに「天祖神社(旧・神明社)」があったため、縁起のよい名前をつけたという事になるのだろう。

上神明町・下神明町も町名整理によって10年足らずで消滅して、現在の二葉に変更となり、かろうじて駅名に「下神明駅」が残されるのみとなっている。

氏子地域一帯の蛇の街活動・蛇窪神社を通称へ

昭和二十年(1945)、東京大空襲によって社殿等が焼失。

昭和三十六年(1961)、社殿などが再建。
その後も境内整備が進む。

平成三十年(2018)、大鳥居を老朽化のため撤去。
令和元年(2019)、大鳥居を再建。

近年は限定御朱印や荏原七福神など様々な事を積極的に活動をされている。
またSNSなどネットを活用した展開の影響もあって人気の高い神社となっている。

荏原七福神めぐり公式ホームページ
東京の品川を中心に歩いてめぐれる、荏原七福神めぐりについての公式ホームページです。

また現在は当社や氏子地域の住民によって「蛇窪」を押し出した展開をしている。
「スネークタウンマップ」としてスネークタウン事務局による展開も開始。

品川区シティプロモーション認定事業となっていて氏子地域での取り組み。

さらに「くぼっち」というゆるキャラを作ったりと色々な展開を見る事ができる。

スネークタウンマップ
スネークタウン・マップ スネークタウン地図 品川区シティプロモーション認定事業

昭和の初期に「蛇窪」という地名を嫌い地名変更のあった当地であるが、こうして当社を中心に旧地名に対する拘りや旧地名を保存しようという試みが行われている。
以前は商店街のいたるところに「蛇の街」といった幟旗が置かれており、氏子地域で一帯となり盛り上げているのが伝わってきた。
現在は(2020年より)三間通りから当社にかけての街灯が白蛇仕様に変更し、蛇窪・当社の白蛇縁起と「蛇の街」として、地域を挙げて活動を続けている。

忌み嫌われ消滅したはずの「蛇窪」と云う地名が、いつしか氏子地域全体を盛り上げる地名となっていく。こうした変遷がとても面白く素敵に感じる。

令和元年(2019)5月1日、これまで別称であった「蛇窪神社」を通称に変更。
現在は「上神明天祖神社」よりも旧地名を冠した「蛇窪神社」を前面に出して活動を行っている。

境内案内

令和元年に建立された大鳥居

最寄駅は西大井駅か中延駅でやや距離があり、品川区二葉の住宅街に鎮座。
ほぼ隣が上神明小学校になっていて地域に密着した鎮守。
社号碑には「村社 天祖神社」と記されている。

大鳥居は令和元年(2019)12月に竣工式を斎行。
真新しい木製鳥居。
扁額には令和元年(2019)より別称から通称へ変更した「蛇窪神社」の文字。
当社の旧鳥居はシンボルの1つであったが平成三十年(2018)8月下旬に老朽化で撤去され、こうして令和の新しい時代に生まれ変わった。
こちらは2021年9月の巳の日に撮影したもので「白蛇辨財天社巳祭」の旗幟。

2018年まで存在した大鳥居
下記の画像は撤去される前の2017年2月に撮影した大鳥居の画像。鳥居は大正初期に建てられたもので、境内は昭和二十年(1945)の空襲でほとんど焼失したが、この鳥居だけは無事であったと云う。
こちらは2018年7月の夏詣や七夕の飾りがされた社頭。
昭和四十九年(1974)に銅にて修復され、当社のシンボルの1つとして大切にされていた。

大正時代の狛犬・花手水・手水舎裏の土搗石

鳥居を潜ると真っ直ぐ伸びた参道。
参道の左手は駐車場としても利用されている。

参道途中に一対の狛犬。
大正五年(1916)に奉納された狛犬で阿形が子持ち。
吽形が玉持ちでいずれもよい表情。

参道右手に手水舎。
綺麗に整備され身を清める事ができる。

綺麗な花手水も
季節によっては手水舎は綺麗な花手水にも。
2021年9月に参拝時の花手水。
涼し気な美しい花手水。

手水舎の裏手に土搗石(づつきいし)と云う現代では聞き慣れない石。
江戸時代より上蛇窪村に伝わる石だと云う。
村内で普請がある度に村人が交代で手伝い歌を歌いながら敷地を固めるための石で、大正七年(1918)頃まで使用されていた。

土搗石(づつきいし)
地搗石(じつきいし)とも呼ばれる。
家の建築の際などに土台を固めるための地搗き作業に使われるもので、全国各地では「土搗歌/地搗歌」と呼ばれる民謡が残っている場合があり、地搗き作業の最中に歌いながらリズムよく行う。
上蛇窪村にもそうした民謡が残っていたと思われる。

戦後再建の神明造り社殿

社殿は昭和三十六年(1961)に再建されたもの。
社殿等の境内の殆どは、昭和二十年(1945)の空襲で焼失したため再建。
最近は参拝者が多いため拝殿扉が開いている事が殆どだが、かつては拝殿の扉が閉まっている事も多かった。
閉まっている場合は自ら引き戸を開けると中に賽銭箱があるため、引き戸を開けてから参拝する形。
旧地名である蛇窪の名と社紋の提灯が掛かり、令和元年より「蛇窪神社」を通称に変更。
再建後も綺麗に維持されていて地域からの崇敬の篤さを感じる。

美しい白蛇辨財天社と蛇窪龍神社・撫で白蛇

社殿の右手には白蛇辨財天社(旧・厳島弁天社)。
白蛇を身体を模した参道。
まだ新しさを感じる鳥居。

白蛇辨財天社の参道途中には2016年9月に奉納された撫で白蛇。
白蛇縁起に因む白蛇で、当社や地域を盛り上げようと云う氏子崇敬者の気持ちが伝わる奉納物。

奉納当時は新品であった撫で白蛇もかなり艶が出てきて多くの人々に撫でられているのが伝わる。

その先、参道の右手には蛇窪龍神社。
こちらには以前より当社へ参拝していた人ならお馴染みの氏子・眞鍋勝氏による龍神像。
当社の元宮と云う形で新たに創建。
元宮と云う扱いになるので、まずは先にこちらから参拝するのがよい。
当社や蛇窪村に伝わった龍神伝説からきた龍神を祀る神社として、御鎮座700年事業の一環として元宮の扱いで蛇窪龍神社が新たに建立された形。
その近くには蛇を模した蛇松。

正面には白蛇辨財天社。
2020年より長らく御鎮座700年事業の一環で改修工事が行われていたが2021年4月に竣工。

画像は2021年4月1日に一般参拝可能になった当日に撮影したもの。

以前は厳島弁天社と称されていたが、改修を機に白蛇辨財天社に改められた。
美しく整備された一画。
弁天橋と白蛇の像が参拝者を出迎える。
可愛らしい白蛇。
昇り龍ならぬ昇り蛇と下り蛇。
社殿にも白蛇の彫刻。
弁天池には滝が整備されこちらは神職の禊の場としても使われる。

改修工事中の記録
白蛇辨財天社が竣工するまでの様子を記録として残す。
2020年6月の様子。(解体作業)
2020年9月の様子。(更地)
2020年12月の様子。(弁天池建造)
2021年2月の様子。(土台完成)
2021年3月の様子。(社殿造営)
社殿が設けられや参道の整備も開始。(参道整備)
改修工事される前の厳島弁天社
白蛇辨財天社として改修工事が行われたが、改修以前の厳島弁天社も記録として残す。(2019年撮影)
弁天社らしく小さな弁天池が整備され鯉の姿も。(
細い橋が架かっていて1人ずつ渡る形。
眞鍋勝氏による造形物が置かれている。
龍神伝説からきた龍神の姿。(こちらは改修後は蛇窪龍神社に移された)
白蛇縁起からくる白蛇が多く置かれているのが特徴的。
こうした造形物の多い境内社も当社の特徴であり個性。

白蛇種銭を使った銭洗い弁天

白蛇辨財天社の前には銭洗い所も整備。
色々考えられ面白い銭洗い所となっている。

銭洗い所の使い方
まず白蛇辨財天社の参道途中にある一画で白蛇種銭を頂く。
初穂料は100円からお気持ちで納める形で、5円玉より大きなサイズの専用の白蛇種銭。
白蛇種銭を頂いたら石臼が置かれた一画に行き、石臼の上に白蛇種銭を置く。
社会が良い方向に動きお金が巡るように心を込めて右回りに3回石臼を廻す。
ゆっくりと心を込めて3回廻す。
隣に置かれたザルを受け取り、白蛇種銭と自分の種銭(お金)をザルの上へ。
銭洗い所の水盤の水で浸して清める。
清めた後は白蛇辨財天社でお参り。
清めた白蛇種銭は自分の財布へ、自分の種銭(お金)は自宅で保管。
再び参拝した際はお礼参りとして古い白蛇種銭を納め棒へ繋ぎ、新しい白蛇種銭を頂いて同様に参拝する。
詳しい説明は案内板が設けられているので確認しつつお参りするのがよいだろう。
推奨の参拝順路はこちら。

白蛇縁起・己巳(つちのとみ)の日は弁財天縁日

当社には古くから白蛇縁起があるとされ上述の白蛇辨財天社(旧・厳島弁天社)を建立している。
改修工事以前に掲示されていた縁起についての案内板。

白蛇縁起
鎌倉時代、天祖神社の社殿の左横(現在の消防団詰所付近)に清水が湧き出る洗い場があり、そこに白蛇が住んでいました。
 時移り、いつのまにか洗い場がなくなり、やむなく白蛇は現在の戸越公園の池に移り住むようになりました。
 あるとき、土地の旧家森谷友吉氏の夢枕に白蛇が現れ「一日も早くもとの住みかに帰してほしい」と懇願しました。
 森谷氏はこの話を宮司に伝えて、白蛇をもとにもどすよう願い出ました。宮司は弁天社【琵琶を奏でる姿から音楽や芸術の才能を伸ばし、弁知(知恵)の神、安芸の宮島厳島弁天社の御分霊である弁財天を祀る】を建立することに決め、現在の駐車場地に池を掘り、池の中央に小島を設け、その中の石窟に石祠を造って白蛇を祠ることにしました。
 古老の話によれば白蛇を迎える日の夜、いよいよお迎えの祝詞を奉上しようとしたとき、それまでの輝くばかりの星空が一天にわかにかき曇り、雷鳴とともに大風が立ち起こり、そのさまは身のすくむ思いだったということです。
 戦後昭和29年に櫻井昌利氏(鳶頭)をはじめ有志の方々の御浄財により、お社は現在地に移され、上屋や弁天池なども造営されました。
 また、弁天社の白蛇は真鍋勝氏の手造りにより奉納されたものです。
 当地名がかつて蛇窪と言われた由来から考えてみても、天祖神社は弁天さまと蛇との密接な因縁があることが理解されます。私達はこの白蛇にあやかって、平素清浄な心と優しさを持って生活して行きたいものです。(境内の掲示より)

以上が当社にまつわる白蛇縁起。
奇しくも旧地名が「蛇窪村」という名からも、蛇との縁起を感じる。

東京の白蛇さま
現在は「東京の白蛇さま」として白蛇縁起を前に出して積極的に活動。
後述の「しろへびサミット」では、白蛇縁起のある全国各地の神社ともコラボを行っている。

特に60日に1度訪れる「己巳(つちのとみ)の日」は、弁才天の縁日。
そのため当社でも2016年より限定御朱印の授与を開始。
己巳の日限定2大変人気で数時間待ちの大混雑になるため注意したい。

2021年の「己巳(つちのとみ)の日」
1月21日・3月22日・5月21日・7月20日・9月18日・11月17日

12日に1回訪れる「巳の日」では、限定で「巳くじ」(初穂料:500円)が授与。
凶を引いた場合は社務所に申し出ると身代わりに「お守り白蛇」を頂ける。
可愛らしい白蛇のおみくじで、撫で白蛇が置かれた納所に願いを込めて納めると良いと云う。

白蛇祈願・巳の日特別祈願
予約制の「白蛇祈願」
12日に一度めぐる巳の日、60日に一度めぐる己巳の日のみ「巳の日祈願」
巳年生まれ限定「巳年生まれの方の特別祈願」
など白蛇縁起にまつわる多くの祈願も行われている。
御祈願 – 除災招福総鎮護 東京の白蛇様 蛇窪神社

個性的な神狐像が魅力の伏見稲荷社

参道途中の左手に境内社である伏見稲荷社。
『新編武蔵風土記稿』に末社稲荷社と記されていたように古くから祀られていたお稲荷様。
稲倉魂神(いなくらたまのみこと)を祀り、稲荷神・宇迦之御魂神と同神。
こちらに置かれている神狐像が何とも個性的な造形。
氏子の眞鍋勝氏による手造りの個性的な神狐像。
ユニークな意匠で造形物の面白さを楽しめる。
表情もポーズも個性的。

御鎮座700年事業で今後は伏見稲荷神社の改修も予定されている。

巨大岩で整備された祓所

2021年8月には社殿左手に祓所を整備。
古くから当社の境内にあった巨大岩を利用した祓所。
巨大岩を福活岩・親子岩として整備。
日頃の清め払いとして、更に6月30日・12月30日の大祓の神事で使用される。

カラフルな御朱印・数多くの限定御朱印

御朱印は社務所にて。
御朱印を集印されている方には知名度が高い神社。

「蛇窪神社」に改称・通常御朱印も変更
令和元年5月1日より別称であった「蛇窪神社」を通称に変更。
そのため通常御朱印も変更になっている。

「蛇窪大明神」の御朱印は色合いもカラフルで限定御朱印も用意。
「蛇窪大明神」の御朱印は1月・4月・9月で印の色が変わる。

上の御朱印は2015年から2018年に頂いたもので現在は書体が変更。朱印部分も「上神明天祖神社」のものから「蛇窪神社」の朱印に変更となっている。

他にも色々と祭事などに合わせて限定御朱印を用意。
同じ祭事でも年によってデザインが変わる事が多い。

最新の御朱印情報
10月12日・24日は「巳の日御朱印」
4月1日-2022年12月30日まで「蛇窪龍神社建立記念・白蛇辨財天社改修記念御朱印」
通年で「蛇窪神社」「白蛇辨財天弁」「蛇窪大明神」の御朱印
※詳細は公式Twitterにて。

令和元年(2019)には奉祝の御朱印を用意。
上画像は2019年5月限定の「御代替わり奉祝御朱印」。
2019年10月12日から頒布の「御即位御大典奉祝御朱印」で、即位の礼が行われる10月22日の日付入。
2019年11月9日から頒布の「大嘗祭奉祝祭御朱印」で、大嘗祭が行われた11月14日・15日の日付入。

令和二年(2020)には大鳥居建立記念の御朱印も用意。
右の御朱印が大鳥居建立記念で元日から6月30日まで授与された。
また時期によっては挟み紙も可愛らしいオリジナル仕様になる事も。
こちらは2021年の節分で頂いた際の挟み紙。

令和三年(2021)4月からは白蛇辨財天社の改修と蛇窪龍神社の建立を記念した御朱印も。
金の箔押し付きで右に蛇窪龍神社建立記念、左に白蛇辨財天社改修記念とある。
なお白蛇辨財天社については改修を機に御朱印も以前の厳島弁天社のものから変更になっている。

60日に1度訪れる「己巳(つちのとみ)の日」はでは、当日限定御朱印も授与。
己巳の日限定2大変人気で数時間待ちの大混雑になるため注意したい。(画像は2016年に頂いたもの)

2021年の「己巳(つちのとみ)の日」
1月21日・3月22日・5月21日・7月20日・9月18日・11月17日
詳細は以下の公式Twitterを随時参照。
https://twitter.com/http_hebimiko/
https://twitter.com/kamisinmeitenso/

白蛇御朱印帳・限定御朱印帳も

2016年元日からはオリジナルの御朱印帳も頒布。
その後も定期的に限定御朱印帳の頒布も行っている。

白蛇が施されたとても素敵なデザイン。
頒布当時は正月期間の早い時期に品切れになってしまい数ヶ月待ちだった事も。

定期的に再頒布され現在は安定供給されている。

2017年4月1日より弁天社例祭限定御朱印帳を頒布。(その後ピンク色など限定御朱印帳も頒布)
白地に白蛇さまと龍神さまが刺繍された御朱印帳で、2017年4月中の品切れまでの頒布であった。

限定御朱印帳情報
2016年9月10日より限定300冊の例大祭限定御朱印帳を頒布。(詳細:Twitter
2017年4月1日より弁天社例祭限定御朱印帳を頒布。(詳細:Twitter
2017年9月1日より限定2,000冊の例大祭限定御朱印帳を頒布。(詳細:Twitter
2018年4月1日より限定1,000冊の弁天社例祭限定御朱印帳を頒布。(詳細:Twitter
2018年9月1日より限定1,000冊の例大祭限定御朱印帳を頒布。(詳細:Twitter
2019年4月1日より限定色ピンク色の御朱印帳を頒布。(詳細:Twitter
2019年9月1日より限定1,000冊の蛇窪祭記念御朱印帳を頒布。(詳細:Twitter
2020年4月1日より限定色ピンク色の御朱印帳を頒布。(詳細:Twitter
2020年9月1日より限定1,000冊の蛇窪祭限定御朱印帳を頒布。(詳細:Twitter
2021年4月1日より限定色ピンク色の御朱印帳を頒布。(詳細:Twitter

蛇窪祭・しろへびサミットなど多くの祭事や催し

当社の例大祭は9月15・16日に近い土・日曜に開催され、通称「蛇窪祭」として賑わう。
「蛇窪祭」と同時開催されるのが「しろへびサミットinしながわ」というイベント。
品川区・しながわ観光協会が後援で地域を盛り上げる。

「蛇窪祭」と「しろへびサミットinしながわ」
2016年に当社の例大祭「蛇窪祭」と合わせて、街全体で色々な企画がなされ、例大祭に合わせて「しろへびサミットinしながわ」が開催。
スネークパレードや群馬県老神温泉の大蛇みこし、さらに山口県岩国市の天然記念物しろへびの展示など、全国の白蛇にまつわるコラボも行われた。
「蛇窪祭」と「しろへびサミットinしながわ」の同時開催はその後も継続していて、地域と共に当社も盛り上がる。

例大祭時以外にも様々な祭事やイベントが催され、大祓期間中は茅の輪も設置。
御朱印だけでなく、こうした季節や神事に応じた境内の手入れも努力の1つであろう。
端午の節句の時期には鯉のぼり。
七夕前には笹飾りも用意され、七夕当日には線香花火ナイトも開催。

2019年7月6日には「夏フェス・盆踊り」が開催。
LEDを使い最新の盆踊り。
石窯ピザを始め地域のお店が出店し、氏子と共に地域を盛り上げる活動が素晴らしい。

年中行事 – 除災招福総鎮護 東京の白蛇様 蛇窪神社

荏原七福神めぐりの弁財天・東京福めぐり

当社は荏原七福神めぐりの弁財天を担っている。
公募によって決まった萌えキャラ系の七福神など色々展開しているのも特徴的。
キャラクターコンテンストの公募で決まった二次元キャラ。

荏原七福神めぐり
東京品川の荏原周辺を巡る七福神巡り。
通常の七福神巡りの他、2015年にはキャラクターコンテストが行われ、二次元キャラの七福神巡りも行っているのが特徴。
正月期間だけでなく通年で巡拝可能。
荏原七福神めぐり公式ホームページ
東京の品川を中心に歩いてめぐれる、荏原七福神めぐりについての公式ホームページです。

2016年7月からは都営浅草線沿線の八社によって「東京福めぐり 開運八社さんぽ」も開催され、人気の神社の中に当社も参加している。

http://tokyo29meg.com/

所感

旧上蛇窪村の鎮守として崇敬を集めた当社。
最近の当社は色々と新しい事を積極的にやられているイメージが強い。
複数の御朱印や限定御朱印などを用意したり、商店街とゆるキャラを作ったりと、地域との交流や当社の宣伝にも積極的で、公式サイトだけでなくSNSもよく活用されている。
そうした新しい層を開拓すべく色々な活動もしながらも、しっかりと地域との交流も大事にしていて地域の方から崇敬篤く、氏子地域の街を盛り上げるためのスネークタウン活動や、蛇窪というかつて忌み嫌われた旧地名の保全に一役買っている要素など、神社側と氏子崇敬者が一体になって地域を盛り上げようという気持ちが伝わる。
地域の鎮守として氏子や崇敬者と共に歩んできた当社は、その上で新しい活動をし、限定御朱印などではちょっとしたブームも起こしており、これらは全て神社側や氏子の努力であり、地域一体となった活動はとても素晴らしいものに感じる。
こうした現代のニーズに合った活動は個人的には面白い試みだと思うし、応援したくなるよい神社だと思う。

神社画像

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