三田春日神社 / 東京都港区

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神社情報

三田春日神社(みたかすがじんじゃ)

御祭神:天児屋根命
旧社格:村社
例大祭:9月9日に近い土・日曜
所在地:東京都港区三田2-13-9
最寄駅:田町駅・三田駅・赤羽橋駅
公式サイト:http://phoresto.net/shrine/mitakasuga/

御由緒

 天徳二年(958年)武蔵国国司藤原正房卿任国の折、藤原氏ならびに皇室外戚の氏神なる大和国春日社第三殿に祀る天児屋根命の御神霊を勧請鎮座。
 江戸府内唯一の春日社として、徳川将軍をはじめ江戸城登城の諸大名の崇敬も厚かった。公式サイトより)

参拝情報

参拝日:2016/06/02(ブログ内の画像撮影)
参拝日:2015/04/30(御朱印拝受)

御朱印

初穂料:お気持ち(志納)
社務所にて。

三田春日神社

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歴史考察

三田の春日さま

東京港区三田に鎮座する神社。
旧社格は村社で三田の鎮守。
地域の方からは「春日さま」として親しまれている。
慶応大学三田キャンパスの隣に鎮座しており、学問・平和の守護神として知られる。

目黒区三田に創建

社伝によると、天徳二年(958)、武蔵国国司の藤原正房が任国の折、藤原氏ならびに皇室外戚の氏神なる大和国「春日大社」の御神霊を勧請したと伝わる。

創建当時は武蔵国荏原三田邑に鎮座していた。
これは現在の「港区三田」ではなく、「目黒区三田」という地域になる。
旧鎮座地(日の丸自動車学校近く)には現在も「目黒春日神社」(現在は当社の兼務社)が鎮座しており、当時はその地で地域の氏神として崇敬を集めた。

建仁三年(1203)仏教隆盛に伴ない、当社にも十一両観音(弘法大師作)の尊像を安置したと伝わる。
神仏習合の時代を感じるエピソードであろう。

港区三田に遷座

天文年間(1533-1555)に創建時の目黒区三田より、港区三田高台の今の地に遷座。

現在、都内で「三田」というと港区のこの地が有名である。
このように現在の行政区画では、目黒区と港区で別の三田に遷座したという経緯になっている。
しかしながら、当時はいずれも「三田村」の範囲であった。

三田村の鎮守として、同じ地区内に遷座したという形になる。
旧鎮座地にも「目黒春日神社」が依然として鎮座している事からも、地域の崇敬が大変篤かった事が推測できる。

江戸時代に描かれた当社

寛永二年(1625)、上野に「寛永寺」が建立されてより、東叡山末「妙禅院」が当社の別当寺となる。
「三笠山神宮寺」と称し僧侶がこれを司ることになった。
神仏習合が色濃かった事がよく分かる。

江戸時代には、江戸府内唯一の春日社とされ、代々徳川将軍家の崇敬も篤かったとされる。
江戸城登城の諸大名からも崇敬深く、特に9月9日の例祭は江戸名物の一つとして盛んであった。

天保年間(1834年/1836年)に発行された『江戸名所図会』に当時の様子が描かれている。

三田春日神社国立国会図書館デジタルコレクションより)

「三田春日明神社」として描かれており、石段の上に鎮座している様子から、現在もその面影が僅かに残っている。
当時は男坂、女坂があったようで、神楽殿の姿も見える。
この頃の社殿は総欅造りで彫刻も見事であったと伝えられている。
境内の周りは雑木林になっており、当時の三田の様子が伺える。
参拝者の姿も見れ、庶民からも大いに崇敬を集めたのであろう。

神仏分離と現在

明治になり神仏分離。
神仏習合の色が強かった当社だが、神仏分離を余儀なくされている。
明治五年(1872)、村社に列した。

上述の『江戸名所図会』にも描かれている、総欅造りで彫刻も見事であった社殿は、昭和二十年(1945)の東京大空襲の戦火によって焼失。
戦後の昭和三十四年(1959)に現在の社殿で再建された。

平成六年(1994)には、近隣の旧飯倉町「赤羽稲荷神社」を境内社として遷座している。

慶応大学三田キャンパスの隣に鎮座

慶応大学三田キャンパスの隣に鎮座する当社。
image小高い高台に鎮座しており、石段を上っていく形となるが、上れない方のために石段の下にも簡易の賽銭箱が置かれており、石段の下からも参拝できる形となっている。

石段を上ると左手に手水舎、正面に社殿となる。
image旧社殿は戦災によって焼失し、昭和三十四年(1959)に再建された。
朱色に塗られているのが鮮やかである。

右手が社殿となっており、左手は境内社が二社。
image福徳稲荷神社と赤羽稲荷神社となっており、赤羽稲荷神社は平成六年(1994)に遷座された。

こちら側のスペースはベンチが設置されている。
休憩所になっており、慶大生や近隣オフィスのビジネスマンの憩いの場。

御朱印は社務所にて。
image丁寧に対応して下さった。
御朱印には鹿の印も押されており、春日信仰の神使は鹿なのでそちらからきているのだろう。

所感

三田の鎮守として崇敬を集める当社。
慶応大学三田キャンパスの隣という事で、慶大生や会社勤めの方が立ち寄り参拝する事も多い。
私事になるが隣が筆者の母校であったため、学生時代からよく参拝に立ち寄った思い出が強い。
さらに三田の鎮守として、三田商店街や慶應仲町通り商店街といった近隣商店街との繋がりも深く、例大祭は活気よく賑わうのだが、東京タワーと神輿の対比を見る事ができて、中々によいロケーションとなる。
今もなお崇敬されているのが伝わる「三田の春日さま」である。

神社画像

[ 鳥居・社号碑 ]
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[ 狛犬 ]
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[ 石段 ]
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[ 手水舎 ]
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[ 社殿 ]
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[ 赤羽稲荷神社 ]
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[ 福徳稲荷神社 ]
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[ 井戸 ]
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[ 社務所 ]
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[ 歌碑 ]
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Google Maps

    脚注
  • 当ブログに掲載している情報は筆者が参拝時の情報です。最新のものではない可能性がありますのでご理解下さい。
  • 当ブログ内の古い資料画像は「国立国会図書館デジタルコレクション」の「インターネット公開(保護期間満了)」から使用しています。
  • その他、筆者所有以外に使用した資料画像がある場合は別途引用元を明示しています。
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