秋葉神社(松が谷) / 東京都台東区

神社情報

秋葉神社(あきばじんしゃ)

御祭神:火産霊神・水波能売神・埴山姫神
社格等:郷社
例大祭:5月18日(例祭)・11月6日(鎮火祭)
所在地:東京都台東区松が谷3-10-7
最寄駅:入谷駅・稲荷町駅
公式サイト:─

御由緒

明治のはじめ、当時の東京府内に火災が頻発。これによって当時の太政官に御下命が下り東京一円の火災鎮護の神社を奉斎せられることとなった。
かくして東京大火災の後の明治三年、神田相生町他を火除地として取払いその地の中央に社殿を建立。神祇官に於て御神璽を御調進申し上げ宮城内紅葉山より鎮火三神を奉遷御鎮座せられたのが当社建立の始めである。
明治六年一月神田神社の兼務社と定められ、同年八月には東京府郷社に列格せられた。以来東京一円の火災鎮護の祈願所として広く崇敬を集める。
時が過ぎ明治二十一年、鉄道駅設置のため七月には大日本鉄道に払い下げられることとなり、神社は現在の地に御遷座されることとなる。火の神様=「秋葉さま」として広く親しまれたこの地は「秋葉の原」「秋葉っ原」とも呼ばれ、そこから現在の駅名『秋葉原』として残され、今や世界の秋葉と呼ばれる地となったのである。
今日でも秋葉原との関わりも深く、広く崇敬を集めている。(頒布の用紙より)

参拝情報

参拝日:2017/09/27

御朱印

初穂料:各300円
授与所にて。

※7月1日-7日には夏詣の御朱印あり。

歴史考察

秋葉原の地名由来となった東京一円火災鎮護の神社

東京都台東区松が谷に鎮座する神社。
旧社格は郷社で、東京一円の火災鎮護の神社。
明治の創建当時は「鎮火神社」と云い、現在の神田の火除地(現・秋葉原駅構内)に鎮座。
秋葉原の地名由来となった神社として知られる。
11月には火渡り神事のある鎮火祭が行われている。
台東区には他にも「秋葉神社」があるため、「秋葉神社(松が谷)」とさせて頂く。

明治に発生した大火・鎮火神社の創建

当社の創建には、明治の初めに発生した火災が深く関わってくる。

明治二年(1869)、神田相生町の塗師職方から火災が発生。
神田相生町を始めとする近隣8か町が全焼し、「相生町の大火」とも呼ばれる火災が起こる。

焼失した地域は現在の秋葉原駅の東側一帯。出火原因は放火と見られている。

この大火を機に、東京府では焼失した一帯を火除け用の空き地(火除地)として整備。

明治三年(1870)、火除地の中央に「東京府火災鎮護の神社」として当社を創建。
宮城(皇居)内の紅葉山より鎮火三神を勧請し、「鎮火神社」と名付けられた。

創建時の鎮座地は、現在の秋葉原駅構内に位置する場所。

明治六年(1873)、「神田明神」の兼務社に指定。
同年、郷社に列した。

東京十社・江戸総鎮守。天下祭と呼ばれた江戸随一の神田祭。『ラブライブ!』の聖地・コラボも。将門塚(大手町)の祟りを鎮めるために将門公を祀る。江戸設計を指導した天海・徳川幕府によって江戸総鎮守とされる。浮世絵に描かれた当社。御朱印。御朱印帳。

明治十七年(1884)前後には、露店や見世物などが毎日出る賑わいであったと云う。

庶民の勘違いによる秋葉様の呼称・秋葉原の地名由来

当社の御祭神は、宮城(皇居)内の紅葉山より勧請された「鎮火三神」。
火産霊神・水波能売神・埴山姫神の三柱である。

火の神・火産霊大神(ほむすびのおおかみ)
水の神・水波能売神(みずはのめのかみ)
土の神・埴山毘売神(はにやまひめのかみ)

ところが、庶民たちは「鎮火神社」として創建した当社を、江戸で火防の神として信仰を集めていた秋葉信仰「秋葉大権現」が勧請されたものと勘違い。
当社を「秋葉様」「秋葉さん」と呼ぶようになった。

秋葉信仰は、「秋葉山本宮秋葉神社」(現・静岡県浜松市)に発した信仰。秋葉大権現(神仏分離後は火之迦具土大神)を信仰し、火伏(ひぶせ)の神として、特に関東・中部地方を中心に信仰を集めた。江戸においても火伏の神と云えば秋葉大権現であった。

そして、当社が鎮座する火除地を「秋葉の原」「秋葉っ原」と呼んだ。
転じて「秋葉原」と呼ぶようになったと云う。

明治二十一年(1888)、日本鉄道による鉄道設置のため、現在地に遷座。
払い下げられた当社の旧鎮座地に開業したのが「秋葉原駅」である。

現在、世界的にも知られる「秋葉原」の由来は、当社への庶民の勘違いによるものと云える。

現在地に遷座・昭和初期に秋葉神社へ改称

明治二十一年(1888)、下谷区入谷町(現在の鎮座地)を換地とされ遷座。
現在の境内には「御遷座百年記念」の記念碑が残る。

明治四十二年(1909)測図の古地図を見ると当時の様子が伝わる。

今昔マップ on the webより)

赤円で囲った箇所が当社の鎮座地で、今も昔も変わらない。
松葉町という地名や南入谷という地名が見え、この一帯が現在の「松が谷」となる。

当社は東京府によって「東京府火災鎮護の神社」(東京一円の火災鎮護の神社)として創建された歴史を持つため、氏子区域はなく、東京全域を崇敬者と見做して鎮護している。

大正十二年(1923)、関東大震災が発生。
社殿など建物等が悉く焼失し、後に再建。

昭和五年(1930)、正式に「秋葉神社」に改称。
秋葉の名となったが、御祭神は依然として火産霊神・水波能売神・埴山姫神の三柱である。

昭和二十年(1945)、東京大空襲によって社殿などを焼失。

昭和二十二年(1947)、仮殿で復興。
昭和四十六年(1971)、現在の社殿が造営し再建。
その後も境内整備が進み現在に至る。

境内案内

ビルに囲まれた境内・東西に走る参道

最寄駅の三ノ輪駅からは徒歩数分の距離で、かっぱ橋道具街も程近い。
ビルに囲まれた一角に参道が東西に突き抜けて走る。
どちらにも鳥居が置かれており、西側には社号碑も立つ。

境内はビルに囲まれた一角で、こぢんまりとした空間。

参道を進むと社殿の向かいに手水舎。
水も張られており綺麗に管理されている。

戦後に再建された朱色の社殿

社殿は昭和四十六年(1971)に再建されたもの。
鉄筋コンクリート造による朱塗りの社殿。
東京一円の火災鎮護として創建された当社らしく、火災に負けない長く使われる社殿になるであろう。

社殿の前に一対の狛犬。
岡崎現代型とも云われる狛犬。
まだ新しさを感じるもので再建時に奉納されたものであろうか。

社殿の左手には社務所。
御朱印もこちらで頂く事ができ、とても丁寧に対応して頂いた。

毎年11月6日の鎮火祭で行われる特殊神事「火渡式」

当社の例祭は5月18日であるが、毎年11月6日には鎮火祭が斎行。

鎮火祭では、夕刻に火渡式と呼ばれる火渡りの神事が行われる。
誰でも参加可能で、火渡りを行う事ができる。

参拝者は火難守護のお札を受け、無病息災と防火を祈り、裸足で燃える炭火の上を渡る。
火渡り神事を行ったものは、火難・病難・諸災厄除けの御神徳があると云う。

ゲーム・アニメ『シュタインズ・ゲート』の舞台にも

秋葉原の地名由来となった当社は、秋葉原を舞台としたゲーム・アニメ『シュタインズ・ゲート』で登場する神社のモデルにもなっている。

作品内には「柳林神社」という神社が登場し、立地的には「柳森神社」を充てているようだが、アニメ作中の境内は当社の境内をモデルにして描かれている。
社殿や狛犬などかなり近い形で再現されているのが特徴。

ゲーム・アニメ・コミック・小説 STEINS;GATE World Line 2017-2018 プロジェクト始動!
現在は秋葉原とはやや距離が離れてしまっているが、秋葉原の由来となった当社を知った上での制作スタッフの配慮とも思われる。

所感

東京一円の火災鎮護「鎮火神社」として創建した当社。
鎮火三神を勧請した歴史を持つが、当時の庶民には火伏せの神として信仰を集めていたのが「秋葉大権現」であり、当社も勘違いから自然と「秋葉様」と呼ばれる事となる。
当社が鎮座する火除地が転じて「秋葉原」と呼ばれるようになり、これが現在の秋葉原の地名由来。
秋葉原駅が開業するため現在地に遷座し、現在は秋葉原からはやや離れてしまっているが、秋葉原と縁の深い神社であり、秋葉原を舞台としたアニメに登場する神社のモデルに使われる事もある。
現在はこぢんまりとした境内となっているが、今も綺麗に整備されている事が喜ばしく、崇敬者の思いが伝わる神社である。

神社画像

[ 西鳥居・社号碑 ]

[ 参道 ]

[ 東鳥居 ]

[ 手水舎 ]

[ 社殿 ]






[ 狛犬 ]


[ 絵馬掛・御籤掛 ]

[ 社務所 ]

[ 石碑 ]

[ 神輿庫 ]

[ 案内板 ]

Google Maps

    脚注
  • 当ブログに掲載している情報は筆者が参拝時の情報です。最新のものではない可能性がありますのでご理解下さい。
  • 当ブログ内の古い資料画像は「国立国会図書館デジタルコレクション」の「インターネット公開(保護期間満了)」から使用しています。
  • その他、筆者所有以外に使用した資料画像がある場合は別途引用元を明示しています。
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