久國神社(久国神社) / 東京都港区

久國神社(ひさくにじんじゃ)

御祭神:倉稲魂命
旧社格:─
例大祭:6月8日
所在地:東京都港区六本木2-1-16
最寄駅:六本木一丁目駅・六本木駅・赤坂駅
公式サイト:─

御由緒

 勧請年月不詳ながら、古くはもと千代田村紅葉(現皇居内)に鎮座されていたという。久国作の刀が寄進されたため久国稲荷神社と称するようになった。

(※東京都神社庁より)

参拝情報

参拝日:2015/12/29

御朱印

初穂料:300円
社務所にて。

※この他、港七福神・布袋様の御朱印も頂ける。

久國神社


考察

六本木鎮座の稲荷社

港区六本木に鎮座する神社。
倉稲魂命をお祀りする稲荷信仰の神社で、古くは「久国稲荷神社」と呼ばれていた。
久国の名の由来は、鎌倉時代の刀工・粟田口久国作の刀が奉納されている事から来ている。
旧社格は無格社で、谷町(麻布谷町)鎮守、現在は港七福神の「布袋様」を担っている。

古くは後の江戸城内に鎮座

創建年代は不詳。
古くは千代田村紅葉に鎮座していたという。
千代田村紅葉とは後の江戸城内になり、現在の皇居内という事になる。
その事から、江戸城が築城する以前より鎮座していたと推測できる。

長禄元年(1457)、太田道濯が江戸城を築城。
寛正六年(1465)、溜池に江戸城隍の鎮守として遷座されている。
太田道灌は江戸城の周辺に多くの神社を遷座・造営しているため、当社もその一環で遷座されたものと思われる。

名工・粟田口久国作の刀

その後、太田道灌によって、鎌倉時代の刀工・粟田口久国作の刀が寄進。
この事から「久国稲荷神社」と称する事となる。

余談だが、現在は久国の刀は現存作のうち1口が国宝、3口が重要文化財に指定されている。
江戸時代には天保元年(1830)に成立した刀剣解説書「懐宝剣尺」で古刀最上作に列せられており、古くから非常に稀少な刀であった。
それ以前からも大変に稀少な刀であったとされ、そういった刀を太田道灌が寄進したのは、この神社を江戸城隍の鎮守として大切にしたからではないだろうか。
なお、当社の社宝となっている久国の刀は非公開ながら現存しているとの事。

現在地に遷座・戦後の再建

寛保元年(1741)に現在地の鎮座地に遷座。
当時の別当寺は「林昌寺」(現在は廃寺)。

明治になり神仏分離で別当寺とは分離。
社格は無格社であり、「麻布氷川神社」が受け持っていた時代もあるという。
明治七年(1874)に近隣の火事により類焼、昭和二十年(1945)にも空襲被害で全焼している。

戦後の昭和二十年(1945)十月に現在の「久國神社」に改称。
昭和二十八年(1953)に、社殿が再建された。

六本木を感じさせない境内

六本木の地にありながら地方の神社を思わせるような空間。

この場所にこの境内というのが驚きである。

現在の社殿は昭和二十八年(1953)に再建されたもの。

境内社には猿田彦神社。

御朱印は社務所にて。
社務所は宮司様宅と繋がっている形になっている。

所感

規模は小さいのだが、境内には児童公園があり、古き良き神社を思わせてくれる。
とても六本木とは思えない空間で何とも不思議。
社殿横には昔懐かしい「10円」のおみくじ販売機が置かれており、現在も使用可能。

当社については、あまり資料が残っていないのだが、久国の刀による社名の由来は珍しく、日本刀好きな方にもオススメできる一社ではないだろうか。

神社画像

[ 社号碑・参道 ]

[ 石段・鳥居 ]

[ 鳥居 ]

[ 狛犬 ]


[ 手水舎 ]

[ 拝殿 ]



[ 本殿 ]

[ 猿田彦神社 ]


[ 社務所 ]

[ おみくじ販売機 ]

[ 石碑 ]

[ 手押しポンプ ]

[ 境内風景 ]

Google Maps

    脚注
  • 当ブログに掲載している情報は筆者が参拝時の情報です。最新のものではない可能性がありますのでご理解下さい。
  • 当ブログ内の古い資料画像は「国立国会図書館デジタルコレクション」の「インターネット公開(保護期間満了)」から使用しています。
  • その他、筆者所有以外に使用した資料画像がある場合は別途引用元を明示しています。
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