小山八幡神社 / 東京品川区

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神社情報

小山八幡神社(こやまはちまんじんじゃ)

御祭神:誉田別命
社格等:村社
例大祭:9月6日に近い土曜・日曜(小山両社祭)
所在地:東京都品川区荏原7-5-14
最寄駅:西小山駅・洗足駅・旗の台駅
公式サイト:─

御由緒

 創立年月は不詳。社伝に鎌倉幕府の頃とある。口伝では長元三年(1030年)には旧小山村本村の氏神として崇敬されたという。小山の名の通り、区内随一の高台(標高35m)にて遠望良好、品川百景に選ばれている。東京都神社庁より)

参拝情報

参拝日:2016/07/19(ブログ内の画像撮影)
参拝日:2015/05/08(御朱印拝受)

御朱印

初穂料:300円
社務所にて。

※荏原七福神「大黒天」の御朱印も有り。

小山八幡神社

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歴史考察

小山の地名由来となった八幡様

東京都品川区荏原に鎮座する神社。
旧社格は村社で、旧小山村の鎮守。
正式名称は「八幡神社」であるが、「小山八幡神社」と呼ばれる事が多い。
武蔵小山や西小山などにつく「小山」の地名由来となった神社である。
武蔵小山鎮守の「三谷八幡神社」は当社の分祀という形であるが、江戸の頃には軋轢があったとされるものの、現在は両社合同で例大祭「小山両社祭」が行われる。
また「荏原七福神」のひとつとして大黒天を担っている。

創建にまつわる口伝

当社の御由緒については不詳とされる事が多い。
口伝によると、長元三年(1030)に源頼信がこの地に誉田別尊を氏神として奉ったのが始まりであるという。

源頼信は、河内源氏の祖とされる人物。
甲斐守在任時の長元四年(1031)に平忠常の乱を平定しており、武勇に優れ「道長四天王」と称された。

長元二年(1029)に甲斐守に任官されており、関東への影響力を示しているので、口伝通りであるのならばその頃に当地に立ち寄ったのであろう。
但し、この点は伝説的な部分が強いように思う。
そのため不詳であるのだろう。

都内など関東圏の八幡神社は、源頼義・源義家(八幡太郎)が創建に関わる御由緒が多い中、源頼信の伝説が残るのは中々に興味深い。

不詳の部分は多いが、少なくとも鎌倉時代には当社があったとされており、小山村鎮守の八幡様であったのは間違いない。
小山という地名が成立する前は、当地を池ノ谷と呼んでいた事から「池ノ谷八幡神社」と称されたようだ。

小山という地名の由来

現在もそうであるが、境内は小高い丘(標高35m)に鎮座している。
この丘は古墳跡とも云われており、古くから神聖な地であったと推測できる。

こうした小高い丘の上に鎮座していたため、当地が「小山」と呼ばれるように。
そこから小山村が成立し、小山村全域の鎮守となった。

こうして現在の小山(武蔵小山・西小山など)の地名は当社が由来と云う事ができるであろう。

なお、現在では境内からの眺めが品川百景に選ばれている。
imageかつての当地は寂れた田舎村落であり、この境内から遠くを見渡せたに違いない。

江戸時代に入り妙見菩薩を合祀

江戸時代に入ると、当社に妙見菩薩が合祀される。

妙見菩薩とは妙見信仰であり、平将門の信仰や、妙見信仰を篤く信仰した千葉氏に代表されるように、いくつかの一族が守り神として崇敬した背景がある。
現在もこの千葉氏との縁から特に日蓮宗の寺院に祀られている事が多い。

当社の別当寺は日蓮宗の「摩耶寺」であった。
上述のように日蓮宗には妙見信仰(妙見菩薩)との繋がりが深かったため、江戸時代に入り当社にも祀られたものと思われる。

文化・文政期(1804年-1829年)に編纂された『新編武蔵風土記稿』には当社についてこう書かれている。

(小山村)
妙見社
除地三段五畝、字瀧の原にあり。社は丘の上にあり。三間に四間。妙見八幡宮の五字を扁す。是によれば元は八幡を相殿とするにや。祭礼は年々九月二十八日、神楽を社前に奏す。鳥居あり。両柱の間九尺。前に石階十二級あり。当村摩耶寺の持。
末社、稲荷社、第六天社。以上共に小祠。

江戸時代の頃には「妙見社」として記されているのが分かる。
当時は「妙見八幡宮」と称され、妙見信仰と八幡信仰が相殿されていた。
創建時は八幡神を信仰する八幡信仰のみの神社であったのだが、江戸時代に入り妙見神を合祀され、いつしか妙見信仰の力が強くなっていた事が分かる。
やはり別当寺「摩耶寺」の影響によるものなのだろう。

これが結果的に、氏子間の軋轢を生む事になり、当社から「三谷八幡神社」が分離するきっかけとなった。

三谷八幡神社との宗教上の軋轢

江戸時代の延宝・元禄年間(1673年-1704年)に氏子間で宗教上の軋轢があったとされる。
おそらくこの頃に、当社に妙見菩薩が合祀されたものと思われる。

これが原因で三谷地区の名主石井助太夫が当社の八幡神像を屋敷内に遷し、その後に近くにあった出世稲荷の境内に遷座。
地名から「三谷八幡」と呼ばれるようになる。
すなわち当社から八幡神のみが分離したのである。

当社はそれまで小山村全域の鎮守であったが、小山村三谷地区の鎮守は「三谷八幡神社」が担う事となり、こうして二分される事となった。

武蔵小山総鎮守。小山八幡神社と宗教上の軋轢によって分離し創建。現在は両社合同で「小山両社祭」が開催。武蔵小山の歴史。御朱印。

宗教上の軋轢とは、八幡神のみ祀っていた当社に、妙見神を祀るようになった事が原因なのだろう。
いわば氏子間での争いで分離したと云える。

上述の『新編武蔵風土記稿』には当社が「妙見社」とされ、「妙見八幡宮」と称されていた事からも、本来の八幡信仰よりも妙見信仰の要素が大変強くなっていたものと推測できる。
氏子間の軋轢によって、氏子でも八幡信仰を強く崇敬するものは「三谷八幡神社」へ、妙見信仰が色濃いものは当社へ、となっていったのであろう。

神仏分離によって再び八幡神社へ

明治になり神仏分離。
当社は村社に列した。

妙見信仰は仏教色が強いため、当社からは分離される事となる。
祀っていた妙見菩薩は、別当寺であった「摩耶寺」に移された。
こうして当社は創建時の八幡信仰の神社に戻る事となった。
imageかつて「妙見八幡宮」と称していた名残か、現在も拝殿の扁額には「八幡宮」と記されている。

旧小山村のうち、武蔵小山一帯は「三谷八幡神社」が鎮守となり、それより西の西小山一帯が当社が鎮守する事となり、現在に至っている。

境内社の「甲子神社」には大国主(大黒様)を祀っている事もあり、現在は「荏原七福神」のひとつとして大黒天を担っている。

現在は両社協力で小山両社祭が開催

上述のように「三谷八幡神社」とは、宗教上の軋轢で分離する形となった関係であり、かつては氏子間の対立があった両社だが、現在は大変良好な関係を築いている。
毎年例大祭は両社が合同で行うのがその証拠とも云えるだろう。

毎年9月第1週の土曜日曜には両社によって「小山両社祭」が開催。
付近の町会から7基の大神輿や山車が繰り出し賑わう。

こうした宗教上の軋轢を乗り越え、今は協力関係にある事が喜ばしい。
当日の武蔵小山・西小山は大変な熱気に包まれ、毎年壮観であり「しながわ百景」にも選ばれている。

小高い丘に鎮座する清々しい境内

西小山駅などからやや歩いたところに鎮座する当社。
少し入り組んだ住宅街の奥にあり、小山の地名由来にもなった高台に鎮座している。
image緩やかな勾配の坂道を進むと、その先に石段があり鳥居が建つ。

鳥居を潜ってすぐ左手に手水舎、そしてやや正面右に社殿が建つ。
image中々に立派な造りの社殿であり、かつては小山村全域の鎮守であった事が伺える。
社殿は樹々に囲まれていて荘厳な雰囲気となっている。
image農村であった小山村の面影を感じさせてくれる境内。

社殿の左手には稲荷社。
imageさらにその左手奥に甲子神社。
imageこちらの御祭神は大国主であり、すなわち大黒様となる。
imageこの事から当社は「荏原七福神」の大黒天となっている。

境内には多くの樹木があり、立派な鎮守の杜といえるだろう。
imageその中でも椎の木の大木は、品川区指定文化財となっている。

御朱印は社務所にて。
丁寧に対応して頂いた。
荏原七福神・大黒天の御朱印やスタンプなども用意している。

所感

旧小山村の鎮守である当社。
現在は西小山一帯の鎮守であり、比較的広々とした境内は、樹木が生い茂った鎮守の杜となっていて、かつての小山村の面影を見る事ができる。
鎮座する高台からは住宅街を眺める事ができるが、かつてはここから遠くまで一望できたのであろう。
宗教上の軋轢によって分離した「三谷八幡神社」とは、現在は良好な関係で共に「小山両社祭」を行っているのも喜ばしい。
小山の地名由来にもなった当社は今も地域からの崇敬を集めている。

神社画像

[ 石段・鳥居 ]
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[ 鳥居 ]
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[ 手水舎 ]
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[ 拝殿 ]
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[ 本殿 ]
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[ 狛犬 ]
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[ 稲荷神社 ]
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[ 甲子神社 ]
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[ 社務所 ]
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[ 授与所 ]
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[ 神楽殿 ]
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[ 椎の木 ]
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[ 狛犬 ]
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[ 境内からの眺望 ]
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Google Maps

    脚注
  • 当ブログに掲載している情報は筆者が参拝時の情報です。最新のものではない可能性がありますのでご理解下さい。
  • 当ブログ内の古い資料画像は「国立国会図書館デジタルコレクション」の「インターネット公開(保護期間満了)」から使用しています。
  • その他、筆者所有以外に使用した資料画像がある場合は別途引用元を明示しています。
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