國王神社(国王神社) / 茨城県坂東市

【神社情報】

國王神社(こくおうじんじゃ)

御祭神:平将門
社格等:村社

例大祭:11月第2日曜日(岩井将門まつり)


所在地:茨城県坂東市岩井951
最寄駅:岩井局前バス停(愛宕駅や守谷駅よりバスにて30分前後)
公式サイト:http://www.kokuou.or.jp/

【御由緒】

◆由緒

 國王神社は、平将門公・終焉の地に静かに佇む古社です。将門公の三女・如蔵尼が、父の最期の地に庵を建てたのが神社の創建であり、父の33回忌に当たって刻んだ「寄木造 平将門木像」(茨城県指定文化財)を御神体に戴いております。

 天禄3年(972年)、霊夢を得た如蔵尼は、急いで奥州から下総に帰郷します。父の最期の地に戻った如蔵尼は、傍の林の中より怪木を見つけて、一刀三礼しつつ心厳かに父の霊像を刻んだといいます。そして、春2月14日には祠を建て「国王大明神」の神号を奉りました。天下泰平、国家安全を祈願して傅いたこの祠こそ、現在の國王神社であり、創建より1040年に亘り今日まで信仰を集めています。

 『神社分限帳』には、“平将門が討たれた所にその霊を祀った”と記述があります。天慶3年2月14日、藤原秀郷・平貞盛連合軍との戦いの最中、流れ矢に当たって落命した将門公の「終焉の地」が、この境内であると伝えられているのです。

◆歴史

 祭神に将門公を戴く國王神社の歴史は、決して平坦なものではありませんでした。桓武天皇の5代目の孫でありながら、関東の地で兵を挙げ、新皇を名乗ったことから「朝敵」と見做された将門公は、表立って敬うことを許されない存在でした。

 将門公の功績が朝廷に伝えられて、朝敵の認識が解かれたのは、時代が下った徳川幕府のときです。武勇の神として祀られた神田神社は、江戸総鎮守として江戸の鬼門を守り続けます。

 しかしその後、明治新政府によって、過去に朝敵であったことが再び問題視されるようになります。将門公は、政府によって神田神社の祭神から外されてしまうのです。國王神社でも、供養の行事として始まった十四日講を、信仰する氏子の家でひっそりと行わなければならなくなりました。それから、将門公の評価が回復するまでには、第二次大戦を経た昭和末期まで待たねばなりませんでした。

 戦後、旧・岩井市の市制施行を期に、郷土の英雄を偲ぶ「将門まつり」が始まります。4年後、大河ドラマによって将門公の生涯・闘いが広く国民の知るところとなります。これがきっかけとなり、さらに8年を経て、明治政府によって遷座させられていた将門公が、神田明神の祭神として復帰を果たしたのです。

 時代とともに、評価が揺れ動いた将門公。京から遥か東国で、農民と共に生き、共に開拓し、共に闘った、数々の軌跡。坂東武者・将門公の“弱きを助け強きを挫く”精神が、これからも永く慕われ続けることは間違いありません。
【参拝情報】

参拝日:2015/04/23

【御朱印】

授与所があるものの祭事など以外はご不在が多い様子。
参拝する1週間程前に公式Twitter宛に連絡をしてみたものの、活動されていないようでお返事を頂けなかった。
当日に公式サイトにあった宮司様の電話番号へ連絡してみたのだが、何度かかけたものの繋がらず。
御朱印をお受けしたい場合は、要連絡かもしれない。

※後日、公式Twitterよりリプライを頂いたところ、御朱印は祭事やイベントがある時に対応可能との事。

【備考】

茨城県坂東市に鎮座する平将門公をお祀りする神社。
この地は平将門が討たれたとされる場所であり、平将門終焉の地に鎮座する神社となっている。

社伝によると、平将門のが討たれた際に、難を逃れ奥州の「恵日寺」付近で出家し隠棲していた将門の三女如蔵尼が、将門の33回忌にあたる天禄三年(972年)にこの地に戻り、付近の山林にて霊木を得て、将門の像を刻み、祠を建て安置し祀ったのがはじまりとされる。
同様の言い伝えは千葉県柏市の「将門神社(岩井)」にも伝えられており、将門伝説の奥深さを感じる。

社殿はとても素晴らしい圧巻の茅葺き流れ造りになっている。
拝殿は延宝三年(1675)に建て替えられたもので、本殿は天和三年(1683)に建て替えられたもの。
拝殿も本殿も茅葺き屋根になっていて、現在は茅葺屋根の神社は大変珍しいのではないだろうか。
何だか圧倒されるような力強さを感じる事ができ、歴史の重みが伝わってくる。
この社殿は県の重要文化財に指定されている。

他にも将門公に縁のある石碑やいくつかの境内社(妙見社など)を見る事ができた。
紋は将門公らしく「九曜紋」。
将門公と妙見信仰の繋がりを感じさせてくれる。
神仏習合時代の名残と思われるのもチラホラ。
細長い参道に鬱蒼と繁った木々が厳かな雰囲気を出している。

車などの移動手段があるのなら問題ないと思うが、公共交通機関を利用する場合は到着するのに結構苦労するかもしれない。
坂東市のこの周辺には電車が通っていないため、最寄駅というものが存在しない。
そのため愛宕駅や守谷駅などからバスに乗り、30分近くかけて最寄りのバス停まで行き、そこからさらにそこそこ歩く必要がある。
この周辺に行くのなら自家用車がオススメかも。

少し残念だと思ったのが、あまり管理されていないのかな、と思う節が色々と見受けられた事。
木札は斜めに傾いたままであったし、手水舎もなく、参道周辺や碑などもあまり手が入っていないように感じた。
(坂東市の神社を他にもいくつか回ったのだが、いずれもこのように感じた。)

地方の神社はどうしてもこういうところが多く、管理しきれないといった色々な事情があるだろうし、この貴重な茅葺屋根を維持しているだけでも素晴らしいとは思うので、自分がどうこう言えた口ではないのだが…将門公終焉の地、そして素晴らしい茅葺屋根の社殿と、魅力もたっぷりある神社なので、もう少し力が入っているともっと評価されて、参拝者も増えそうなポテンシャルを感じるのだが、どうなのだろう。

御朱印は、授与所はあるものの開いている事があまりないようで(お隣が岩井公民館になっていて、ご近所の方がいらしていたので少しお話を伺った)、御朱印が欲しい場合は要連絡だと思われる。
自分の場合は上述もしたが、公式Twitterに連絡を入れてみたものの動きがなかったので、当日参拝をしてから宮司様の電話番号へかけてみたのだが繋がらず、その後この近くで食事を取ってからもう1度かけてみたのだがご不在だったようなので、次へと移動する事にした。

※後日返信頂いた公式Twitterによると、祭事やイベントの際に対応可能との事。

移動に中々大変な場所にあるのだが、将門公を崇敬したり、縁のある方、興味のある方は、坂東市やその周辺に将門伝説のある場所が多いので、一緒に色々回るとよいと思う。
特に茅葺屋根の社殿には圧巻されるはず。
歴史を感じる事ができるとても貴重で素晴らしい神社。
平将門終焉地の地という、個人的にはもっとも将門公と繋がりを感じる神社だと思う。
次は11月の「将門まつり」の際にでも参詣したいと思う。

神社画像

[ 鳥居 ]

[ 社号碑 ]

[ 参道 ]

[ 拝殿 ]

[ 拝殿・本殿 ]

[ 藁葺屋根 ]

[ 狛犬 ]

[ 境内風景 ]

[ 境内社 ]

[ 石碑 ]

[ 案内板 ]

[ 社務所 ]

【Google Maps】

    脚注
  • 当ブログに掲載している情報は筆者が参拝時の情報です。最新のものではない可能性がありますのでご理解下さい。
  • 当ブログ内の古い資料画像は「国立国会図書館デジタルコレクション」の「インターネット公開(保護期間満了)」から使用しています。
  • その他、筆者所有以外に使用した資料画像がある場合は別途引用元を明示しています。
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