東京都感染者増加中。今後も対策をした上で参拝しましょう。依然として各神社も御朱印対応が変更の可能性有。

雪ヶ谷八幡神社 / 東京都大田区

大田区

神社情報

雪ヶ谷八幡神社(ゆきがやはちまんじんじゃ)

御祭神:誉田別命
社格等:村社
例大祭:9月中旬の土・日曜
所在地:東京都大田区東雪谷2-25-1
最寄駅:石川台駅
公式サイト:https://yukigaya.info/

御由緒

 当社の創建は永禄年中(1557~1569)と誌され、北条左京太夫氏康の臣太田新六郎管内巡視の際、当所において法華経曼荼羅の古碑を発掘し、その奇瑞により八幡大菩薩を創祀す伝う。
 爾来、旧中原街道沿道随一の由緒深き神社として人々の崇敬のもとに、雪ヶ谷の里の鎮護の神として450年のご神徳をもって現在の盛儀をみるに至る。
 境内は、氏子崇敬者の御霊を祀る斎霊殿、末社八社をはじめ、大田区文化財指定庚申供養塔群、不世出の大横綱大鵬関奉納の出世石を有する鎮守の杜に囲まれ、四季折々参拝者の憩いの場として親しまれている。(頒布のリーフレットより)

参拝情報

参拝日:2020/06/24(御朱印拝受/ブログ内画像撮影)
参拝日:2015/09/30(御朱印拝受)

御朱印

初穂料:500円
社務所にて。

※兼務社「田園調布八幡神社」「道々橋八幡神社」「石川神社」の御朱印も頂ける。
※以前は初穂料300円だったが現在は500円に変更。

歴史考察

旧雪ヶ谷村鎮守の八幡さま

東京都大田区東雪谷に鎮座する神社。
旧社格は村社で、旧雪ヶ谷村の鎮守。
境内には大田区文化財指定の庚申供養塔群や、横綱大鵬が奉納した出世石を有する。
数多くのベンチが置かれていて地域の人々の憩いの場として親しまれている。
近隣にある「田園調布八幡神社」「道々橋八幡神社」「石川神社」の本務社で、この周辺の中核神社となっている。

後北条家の家臣・太田康資による創建

社伝によると、永禄年間(1558年-1569年)に創建と云う。
北条氏康の家臣であった太田新六郎(太田康資)が、当地で法華経曼荼羅の古碑を発掘。
これを瑞祥として八幡大菩薩を創祀したと伝えられる。

太田康資(おおたやすすけ)
太田新六郎とも称された戦国時代の武将。
後北条氏第3代目当主・北条氏康から偏諱(へんき)を賜って太田康資と名乗った。
北条氏康は母方の伯父にあたり、江戸城築城で有名な太田道灌は曽祖父という家柄。
家督を継いだ際には、江戸城代を担っていた。
駿河国に侵攻した武田信玄の家臣・原虎胤を撃退するなど、武勇に優れた武将だったと伝えられている。

永禄五年(1562)、康資は恩賞が少なかった事への不満などから、一族の太田資正を通じて上杉謙信への寝返りを画策したものの失敗。
その後は安房国に逃亡している。

寝返りが失敗してからは安房国・上総国・下総国(現・千葉県)を拠点としている事からも、当社の創建はそれより前と見る事ができるだろう。

康資が北条氏康の家臣として武勇を誇った時期に、当社を創建したと推測できる。

雪ヶ谷村の鎮守・新編武蔵風土記稿に記された当社

江戸時代には雪ヶ谷村の鎮守として崇敬を集めた。

雪ヶ谷村は現在の大田区南雪谷・東雪谷を併せた地域。

文政十三年(1830)に成立した『新編武蔵風土記稿』には当社についてこう書かれている。

(雪ヶ谷村)
八幡社
除地三段四畝。村の中央にて少しく高き處にあり。此地の鎮守なり。本社二間半に二間、南に向ふ。前に石階十六級及び石の鳥居あり。この鳥居兩柱の間七尺許。祭禮年々正月九月共に十五日神楽を奏せり。村内圓長長慶二寺の持なり。本社に向ひ右の方に四間半に三間半の庵あり。則當所より僧を置て守らしむ。
末社。七面社、白鷺明神社、天満宮、稲荷社。以上五社、何れも社地に安置す。共に小祠なり。

雪ヶ谷村の「八幡社」と記されているのが当社。
「此地の鎮守なり」とあるように雪ヶ谷村の鎮守であった。
「長慶寺」(東雪谷5)と「円長寺」(南雪谷5)の2寺が別当寺だった事も記してある。

『新編武蔵風土記稿』には記されていないが隔年で奉仕を担当したと伝えられている。

2つの寺が別当寺を担当するのは比較的珍しく、それだけこの地において当社が重要な存在だったのだと思われ、地域の村民より篤く信仰されたのであろう。

嘉永元年(1848)、大風で社殿が大破。
文久三年(1863)、社殿が再建された。

明治以降の歩み・戦後の再建

明治に入り神仏分離。
明治三年(1870)、拝殿の竣工。
明治六年(1873)、村社に列する。

暫くは「旗岡八幡神社」の宮司が当社を兼任したと云う。
旗岡八幡神社 / 東京都品川区
旧中延村鎮守の八幡さま。国の登録有形文化財の絵馬殿。河内源氏の祖・源頼信によって創建。源氏ゆかりの神社。旗岡・旗の台の地名由来。領主荏原氏による社殿造営。徳川将軍家や武士からの崇敬。江戸名所図会に描かれた当社。朱色の社殿と桜の木。御朱印。

明治二十二年(1889)、市制町村制の施行によって、雪ヶ谷村・下池上村・桐ヶ谷村・久ヶ原村・徳持村・堤方村・市野原村・池上村・石川村・道々橋村の10村が合併し池上村が成立。
当地は荏原郡池上村大字雪ヶ谷と呼ばれるようになる。

当社は雪ヶ谷(現在の南雪谷・東雪谷)の鎮守とされた。

明治二十八年(1895)、本殿が建て替えられている。

明治三十九年(1906)測図の古地図を見ると当時の様子が伝わる。

今昔マップ on the webより)

赤円で囲った箇所が当社で、当時も現在も鎮座地は変わらない。
当時は池上線の開通もなく周辺は田畑の多い農地であった。
雪谷や石川といった地名を見る事もできる。

昭和二十年(1945)、東京大空襲にて社殿など境内の殆どが焼失。

昭和三十四年(1959)、社殿を再建。
これが現在の社殿となっている。

その後も境内整備が進み現在に至る。

境内案内

地域の憩いの場である鎮守の杜・表参道

雪谷の鎮守である当社だが、最寄駅は雪が谷大塚駅ではなく石川台駅。
やや東南向きに鎮座。
昭和五十四年(1979)建立の石鳥居。
当社の前の坂は「宮前坂」と呼び、当社(お宮)が坂の由来。

境内は比較的広く、ゆったりとした鎮守の杜が形成。
一之鳥居を潜ると左手が児童公園。
小さな子どもたちが遊べる場。
また境内の至るところにベンチや椅子が置かれているため、地域の人々の憩いの場となっている。

正面やや右手に石段と二之鳥居が続いていく。
二之鳥居は木造の両部鳥居。

二之鳥居を潜ると更に開けた境内。
参道途中右手に手水舎。
水が出て身を清める事ができる。

西参道の鳥居と狛犬・三之鳥居

表参道とは別に西参道。
こちらにも鳥居が設けられている。

西鳥居を潜った先に一対の狛犬。
明治二十九年(1896)奉納の狛犬。
凛々しい阿吽の狛犬でとても良い出来。

西参道を進むと表参道と手水舎のあたりで合流。
手水舎の先に三之鳥居。

三之鳥居は昭和四十九年(1974)の建立。
石段を上った先が社殿。
石段の上には一対の灯籠。
こちらは令和元年を奉祝して奉納されたばかり。

その奥に一対の狛犬。
昭和十八年(1943)奉納の狛犬。
戦前の狛犬ながら状態もかなりよい。

戦後に再建された社殿・大きく迫り出す破風

正面に立派な社殿。
明治に再建された旧社殿は戦時中に焼失。
現在の社殿は昭和三十四年(1959)に再建されたもの。
戦後の再建であるが、存在感を感じる見事な造り。
大きく迫り出す破風になっているのが特徴的。
細かい彫刻も施されている。
状態よく維持されていることからも地域からの崇敬の篤さが伝わる。

社殿左手に並ぶ数多くの境内社

社殿の左手には境内社が並ぶ。
左手にある立派な社殿は齋霊殿。
雪谷地区の英霊・祖霊、崇敬者の祖霊を祀る。

その奥右手には雪ヶ谷稲荷大明神。
こちらは『新編武蔵風土記稿』に末社として記載されていた稲荷社であろう。

その奥に四社合祀殿。
薬神社・稲荷神社・天神社・加藤神社(清正公)。

加藤神社には戦国武将の加藤清正が祀られている。当社の別当寺は両寺とも日蓮宗であったため、熱烈な日蓮宗信者であった加藤清正が祀られているのかもしれない。

他に境内末社として水神社。
大山祗神社が置かれている。
数多くの境内社が祀られているように、当社が地域の信仰の中心であった。

大田区指定文化財の庚申供養塔群

社殿の左手、境内社の奥には庚申塔群が並ぶ。
真ん中には3基の庚申塔。

庚申塔(こうしんとう)
庚申信仰に基づいて建てられた石塔。
60日に1度巡ってくる庚申の日に眠ると、人の体内にいると考えられていた三尸(さんし)と云う虫が、体から抜け出し天帝にその宿主の罪悪を告げ寿命を縮めると言い伝えられていた事から、庚申の夜は眠らずに過ごすという風習が行われ、集まって行ったものを庚申講(こうしんこう)と呼んだ。
庚申講を3年18回続けた記念に庚申塔が建立されることが多いが、中でも100塔を目指し建てられたものを百庚申と呼ぶ。
仏教では庚申の本尊は青面金剛(しょうめんこんごう)とされる事から青面金剛を彫ったもの、申は干支で猿に例えられるから「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿を彫ったものが多い。

さらに左手に1基。
こちらは猿田彦神社として整備。

猿田彦大神(さるたひこおおかみ)
『古事記』『日本書紀』の天孫降臨の段に登場する神。
天孫降臨の際、天照大神(あまてらすおおかみ)に遣わされた瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を道案内した神であるため、「導きの神」とされる。
国土の神・道案内の守神であり、中世には庚申信仰や道祖神と結びつき、民間信仰としても広く信仰を集めた。

更に右手には3基の庚申塔を見る事ができる。
合計7基の庚申塔群となっており、もともとは村内各所に建っていたが、後に現地に移された。

これらはいずれも江戸時代の庚申塔。
最も古いものは天和元年(1681)のもの。
当社の別当寺が日蓮宗寺院だった事もあり、当地は日蓮宗の檀徒が多く、日蓮宗の色合いを帯びた庚申塔もあったりと、雪ヶ谷村の民間信仰の歴史を感じさせてくれる。

庚申塔は街道沿いに置かれる事も多かったため、塔に道標を彫り付けられたものあり、この中の明和七年(1770)の庚申塔は「新田神社」への道標も兼ねているのが分かる。
新田神社 / 東京都大田区
新田義興を祀る神社。破魔矢発祥の地。カラフル御朱印・記念御朱印・兜の御朱印帳。平賀源内『神霊矢口渡』の舞台。少将局の悲劇・矢口の渡しでの謀殺。樹齢700年の御神木。義興の墳墓。石の卓球台・LOVE神社。多摩川七福神・恵比寿。義興公の祟り。

これらは大田区の指定文化財となっている。

近くには力石。
ちらは村人が力比べに使ったもの。

大横綱大鵬が奉納した出世石

一之鳥居を潜って、参道の左手には大きな出世石。
第48代横綱の大鵬による奉納。

大鵬(たいほう)
第48代横綱で、本名は納谷幸喜。
終戦直後の復興から高度経済成長期の相撲黄金時代を支えた昭和の大横綱。
揃って横綱となった柏戸と競い合い「柏鵬(はくほう)時代」と呼ばれる黄金時代を築き、優勝32回(6連覇を2回)・45連勝などを記録。
当時の子供たちの好きな物を並べた「巨人・大鵬・卵焼き」という流行語でも知られる。

昭和の大横綱と称された大鵬。
当社には大鵬にまつわる逸話が残っている。

大鵬と雪ヶ谷八幡神社
大鵬がまだ納谷と呼ばれていた序二段の頃、当社の境内で氏子の子供達に相撲の稽古をつけていたと伝わっている。
後に大横綱になり、「これは雪ヶ谷八幡神社の御加護の賜物である」と感謝し、当社に「出世石」と記した書を奉納。
それを氏子衆が石に刻みこの出世石が完成した。

大鵬の手形も付いており、大横綱の姿を偲ぶことができる。
当時の子供達の好きな物を並べた「巨人・大鵬・卵焼き」という流行語からも分かるように、人気実力を兼ね備えた大横綱に縁をもった神社である。

賑やかな御朱印・兼務社3社の御朱印も頂ける

御朱印は社務所にて。
いつも大変丁寧に対応して下さる。

御朱印は令和より賑やかな御朱印へ変更。
出世石の印の他、「雪ヶ谷八幡神社」の文字には八幡信仰の神使である鳩が隠されている。

以前頂いた御朱印
こちらは2015年に頂いた御朱印。
朱印の「八幡神社」も丸印で現在とは違うものを用いていた。
兼務社3社の御朱印も
兼務社「田園調布八幡神社」「道々橋八幡神社」「石川神社」の御朱印も頂く事ができる。
社務所に場所の案内があるので参考の上、頂きたい。
兼務社の御朱印を頂く場合は兼務社へも参拝をすること。
田園調布八幡神社 / 東京都大田区
田園調布(旧上沼部村)鎮守の八幡さま。鎌倉時代に創建・鎌倉武士による八幡信仰。江戸時代に入り上沼部村の鎮守として中興。大正時代以降に田園調布が誕生・田園調布の鎮守。高台鎮座。社前に六郷用水を偲ぶ丸子川。御朱印は本務社「雪ヶ谷八幡神社」にて。
道々橋八幡神社 / 東京都大田区
旧道々橋村鎮守の八幡さま。道々橋(どどばし)村の成立と村名由来。青年館通り沿いに鎮座・獅子の吐水口。戦後に再建された朱色の社殿。子抱きの狛犬・おおたの名木選のムクノキ。児童公園が併設・地域の憩いの場。御朱印は本務社「雪ヶ谷八幡神社」にて。
石川神社 / 東京都大田区
旧石川村(大田区石川町)の鎮守。石川村の成立と村名由来・村の鎮守の神明社。歯痛止めの神様として崇敬を集めた白山社。明治以降の当社と石川町の歩み・白山社を合祀。東工大大岡山キャンパスの南に鎮座。御朱印は本務社「雪ヶ谷八幡神社」にて。

所感

雪谷の鎮守として地域の崇敬を集める当社。
中々に広く整備された鎮守の杜と、立派な社殿を有し、大変心地よい境内となっている。
それだけ氏子衆によって篤く崇敬されてきた証拠なのだろう。
昭和の大横綱である大鵬の出世石がある事からも、そうした崇敬が伝わる。
境内に置かれた庚申塔群は、この地域の民間信仰が伝わってくる貴重な存在。
まさに当地の信仰や歴史が詰まった地域に愛される神社なのではないだろうか。
この日も平日ながら参拝に訪れる方、祈願される方などの姿を多く見ることができた。
また多くの方々の憩いの場となっていて境内にも地域の人々をよく見かける。
とても心地よい気持ちで参拝する事ができる良社である。

神社画像

Google Maps

    脚注
  • 当ブログに掲載している情報は筆者が参拝時の情報です。最新のものではない可能性がありますのでご理解下さい。
  • 当ブログ内の古い資料画像は「国立国会図書館デジタルコレクション」の「インターネット公開(保護期間満了)」から使用しています。
  • その他、筆者所有以外に使用した資料画像がある場合は別途引用元を明示しています。
大田区
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