櫻木神社 / 東京都文京区

神社情報

櫻木神社(さくらぎじんじゃ)

御祭神:菅原道真公
社格等:村社
例大祭:9月第4土・日曜
所在地:東京都文京区本郷4-3-1
最寄駅:本郷三丁目駅
公式サイト:http://www5c.biglobe.ne.jp/~sakuragi/

御由緒

 櫻木神社は約五百年前、後土御門天皇の御宇文明年間に太田道灌が江戸築城の際菅原道真公の神霊を京都北野の祠より同城内に勧請せられたものを其後湯島高台なる旧櫻の馬場の地に神祠を建立してその近隣の産土神として仰がしね櫻木神社と名付けられたといはれる。其後元禄3年徳川綱吉が同所に御学問所昌平黌を設立するに当り更に現在の地に遷座即ち今を去る実に二百七十五年前の事である。
 旧社殿は東山天皇の御宇の創建であるが六十四年を経た桃園天皇の宝暦三年に改築爾来連綿実に百九十一年昭和の大東亜戦争により烏有に帰し仮社殿であったが氏子相計り昭和三十四年九月新築落慶して今日に至ったものである。本年之を再建せんとし幸い氏子有志の協力によりこれが完成を見たのである。
昭和四十年三月吉日 櫻木神社氏子中(境内の石碑より)

参拝情報

参拝日:2018/03/23

御朱印

初穂料:300円
社務所にて。

御朱印帳

初穂料:1,000円
社務所にて。

御朱印帳を用意している。
桜をデザインした御朱印帳で汎用のもの。

※筆者はお受けしていないため情報のみ掲載。

授与品・頒布品

ケイとウッコのポストカード
初穂料:─
拝殿前にて。

当社で飼育している烏骨鶏のポストカード。
自由に持ち出せるようになっているがお気持ちを賽銭箱に入れておくのがよいだろう。


歴史考察

学問の神を祀るサクラサク櫻木天神

東京都文京区本郷に鎮座する神社。
旧社格は村社で、本郷周辺の氏子11ヶ町会の鎮守。
江戸城を築城した太田道灌によって江戸城内に創建された歴史を持つ。
御祭神は菅原道真公のため「櫻木天神」とも称される、学問の神を祀る事と、社号の桜の文字から「サクラサク」神社として崇敬を集めている。
境内では烏骨鶏を飼育していて当社のマスコットとしても親しまれている。

江戸城を築城した太田道灌により江戸城内に創建

社伝によると、文明年間(1469年-1486年)に創建とある。
太田道灌が江戸城を築城した際、「北野天満宮」(現・京都府京都市)より江戸城内に勧請したと伝わる。

太田道灌(おおたどうかん)は、武蔵守護代・扇谷上杉家の下で活躍した武将。
江戸城を築城した事で広く知られ、当時の江戸城の城主であり、江戸周辺の領主でもあった。
武将としても学者としても一流と評されるが、道灌の絶大なる力を恐れた扇谷上杉家や山内家によって暗殺されてしまったため、悲劇の武将としても知られる。
「北野天満宮」は、京都市上京区に鎮座する神社。二十二社(下八社)の一社。「太宰府天満宮」(現・福岡県太宰府)と共に、菅原道真公を祀る天神信仰の中心として全国に勧請が行われ、「天神さん」と呼ばれ崇敬を集めている。
北野天満宮(きたのてんまんぐう)は梅と紅葉で有名な京都の神社です。菅原道真公をお祀りした神社の宗祀であり、「天神さん」と呼ばれ、親しまれています。アクセス方法・地図、お守りやお札等も掲載しております。

「北野天満宮」から勧請されたため、当時は「北野天神」と称されていた。

江戸時代に通称「桜の馬場」に遷座・その後当地へ遷座

江戸時代に入ると当社は遷座を2度行う事となる。

徳川第二代将軍・徳川秀忠の時代(1605年-1623年)、湯島の高台にあった「桜の馬場」と称された場所に遷座し、同地の産土神として崇敬を集めた。

「桜の馬場」とは、「湯島聖堂」の西側で現在の「東京医科歯科大学」(文京区湯島1)付近にあった馬場。武士が乗馬訓練などを行う場所であり、桜を多く馬場の堤に植え見事であった事から「桜の馬場」と称され、花見の時期には見物人も大勢いたと云う。
「桜の馬場」に鎮座していた歴史が、現在の「櫻木神社」の社号由来の1つとも伝わる。

元禄三年(1690)、徳川第五代将軍・徳川綱吉によって「桜の馬場」に、後の「昌平坂学問所(現・湯島聖堂)」が移築される事となり、当社は現在地に遷座。
当時は現在地に「真光寺」と云う寺院があり、「真光寺」の境内に遷座した形となっている。

「真光寺」は、終戦まで当地にあった寺院。戦後に世田谷区給田に移転。江戸時代には「本郷薬師」として信仰を集め、縁日は「江戸の三縁日」にも数えられるほど賑わいを見せた。藤堂家の菩提寺としても信仰を集めた。

「北野天神」の呼び名の他に、本郷の天神様として「本郷天神」とも称され崇敬を集めた。
宝暦三年(1753)、社殿の改築が行われている。

江戸切絵図から見る当社と桜の馬場

江戸時代の当社は江戸切絵図を見ると位置関係が分かりやすい。

(本郷湯島絵図)

こちらは江戸後期の本郷周辺の切絵図。
当社は地図の中央左に描かれている。

(巣鴨絵図)

北が上にくるように回転させ当社周辺を拡大したものが上図。
赤円で囲ったのが当社で、「北ノ天神/真光寺」として描かれている。
当社は「真光寺」の境内にあり「北野天神」と呼ばれ崇敬を集めていた事が伺える。

桃円で囲った箇所が「湯島聖堂」で、聖堂の左に「桜ノ馬場」の文字も見る事ができる。
現在地に遷座するより前は、あの辺りに当社が鎮座していたものと思われる。

明治以降の当社の歩み・櫻木神社へ改称

明治になり神仏分離。
「真光寺」境内にあった当社は独立し、「櫻木神社」へ改称。
明治五年(1872)、村社に列した。

「櫻木神社」の社号由来は、主に2説伝えられている。
上述のようにかつて「桜の馬場」に鎮座していたからと云う説。
御祭神の菅原道真公が太宰府に配流される際、自ら桜の木を刻み形見としたと云われる菅公の御像を御神体として祀っているからと云う説。

明治十一年(1878)、郡区町村編制法により本郷区を設置。
当地は本郷真砂町となり、当社は当地周辺の鎮守として崇敬を集めた。

明治四十二年(1909)の古地図を見ると当時の様子が伝わる。

今昔マップ on the webより)

赤円で囲っているのが現在の鎮座地。
青円で囲っている箇所には真砂町の文字を見る事ができ、当地が真砂町と呼ばれていた事が分かる。

真砂町は明治二年(1872)に成立した町名。現在は町名としては消滅している。明治の頃の真砂町には、幼少の頃の正岡子規や、元新撰組の斎藤一(藤田五郎に改名)が住んでいた。

戦前の社殿は古写真にて確認する事ができる。

(東京市史蹟名勝天然紀念物写真帖)

大正十一年(1922)に東京市公園課から発行された『東京市史蹟名勝天然紀念物写真帖』に掲載されたもので、貴重な旧社殿の様子を見る事ができる。

旧社殿は、元禄年間(1688年-1704年)に造営された社殿を、宝暦三年(1753)に改築したもの。

昭和二十年(1945)、東京大空襲によって社殿が焼失。
江戸時代の頃より維持されていた社殿は焼失してしまう。

昭和三十四年(1959)、現在の社殿で再建を果たす。
その後も境内整備が進み現在に至る。

境内案内

春日通り沿いに鎮座する本郷の天神様

最寄駅の本郷駅からすぐの距離。
本郷通り沿いに鎮座し、オフィス街やお店が立ち並ぶ一画に境内を維持している。
社号碑には「櫻木神社」の文字。
鳥居は明治三十二年(1899)に建立されたものが現存。

鳥居を潜ると右手に手水舎。
綺麗に水が張られて整備されている。

戦後に再建された木造の社殿

参道の正面に社殿。
旧社殿は江戸時代のものであったが、昭和二十年(1945)の東京大空襲にて焼失。
昭和三十四年(1959)に現在の社殿が再建された。
旧社殿よりも少し規模が小さくなったが、木造で綺麗に維持されている。
都市部の小さな神社ながら、鬱蒼とした緑に囲まれているのが素晴らしい。

合格祈願のサクラサク天神様・境内の桜

当社の御祭神は菅原道真公。
天神様と呼ばれ、今では学問の神として広く信仰されている事から、当社は「櫻木天神」とも称される。

文京区には当社からも近い東京大学を始め多くの学校があるため、合格祈願をされる方が多い。
境内にある絵馬掛けには、桜や合格とデザインされた絵馬が多く掛けられていて、社号の「櫻木神社」に因み、「サクラサク桜神社」として信仰を集めている。

サクラサクとは、大学入試の合否を知らせる電報文体のひとつ。受験合格を示す慣用句にもなっている。

境内にはソメイヨシノも姿も。
櫻木神社の社号と桜はとても相性が良い。
参拝時はまだ五分咲きといったところであったが、鬱蒼とした境内に薄い桜色が映えていた。

境内社の見送り稲荷・江戸中期の常夜灯

境内社は社殿の裏手に見送稲荷神社。
社名は、見返り坂とも見送り坂とも呼ばれた道に面していた道に面している事による。
見送り稲荷側にも鳥居が建てられ、古い石垣が並ぶ。

当社より北東に、江戸を追放された者が放たれた坂があり、見送り坂・見返り坂とも呼ばれた。そうした坂に面して鎮座していた稲荷様が当社に遷されたのであろう。

境内の一画には古い常夜灯。
梅の神紋や天満宮といった文字も見られ、細かい彫刻も施されている。
寛政七年(1795)の文字を見る事ができ、江戸中期に奉納されたものが現存。

境内で飼育されている烏骨鶏のウッコ

参道の左手には烏骨鶏が飼育されている小屋がある。
当社のマスコット的な立ち位置で愛されている烏骨鶏。
中で寝ている事も多いが、境内で散歩をしている時もあると云う。
文京保健所主催の「我が家のペット写真展」人気投票で1位を獲得。
ポストカードの頒布もしていてとても愛らしい。

ポストカードは、拝殿前で自由に持ち出せるようになっているがお気持ちを賽銭箱に入れておくのがよいだろう。
かつてはケイとウッコの仲良し姉妹で飼育されていたものの、ケイはハクビシンに襲われて落命。
現在はウッコのみ飼育されている。

御朱印は社務所にて。
丁寧に対応して頂いた。
汎用のものであるが桜柄の御朱印帳も用意している。

所感

太田道灌が創建したと云う天神様。
かつては江戸城内に鎮座しており、桜の馬場に遷座、さらに当地へと遷される。
その後は本郷周辺の鎮守として、北野天神、本郷天神などと称され崇敬を集めた。
神仏分離後に御神体や桜の馬場といった旧鎮座地から「櫻木神社」に改称。
御祭神の菅原道真公と云えば梅で知られるが、現在では学問の神として知られ合格祈願をする受験生も多いため、受験合格を示す「サクラサク」と社号の相性もよい。
小さな神社ではあるが、地域の方が立ち寄り参拝する姿をよく見る事ができ、地域から今も崇敬を集めている良い天神様である。

神社画像

[ 鳥居・社号碑 ]


[ 社号碑 ]

[ 手水舎 ]

[ 拝殿 ]







[ 本殿 ]

[ 見送稲荷神社 ]


[ 常夜灯 ]

[ 絵馬掛 ]

[ 御籤掛 ]

[ 石碑 ]

[ 社務所 ]

[ 烏骨鶏小屋 ]

[ 境内の桜 ]


Google Maps

    脚注
  • 当ブログに掲載している情報は筆者が参拝時の情報です。最新のものではない可能性がありますのでご理解下さい。
  • 当ブログ内の古い資料画像は「国立国会図書館デジタルコレクション」の「インターネット公開(保護期間満了)」から使用しています。
  • その他、筆者所有以外に使用した資料画像がある場合は別途引用元を明示しています。
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