伊勢山皇大神宮 / 神奈川県横浜市

【神社情報】

伊勢山皇大神宮(いせやまこうたいじんぐう)

御祭神:天照大御神
社格等:県社・別表神社
例大祭:5月15日


所在地:神奈川県横浜市西区宮崎町64
最寄駅:桜木町駅・日ノ出町駅
公式サイト:http://www.iseyama.jp/

【御由緒】

 『関東のお伊勢さま』と親しまれる当宮は、明治初年に国費を以て創建された神社であり、神奈川県の宗社、横浜の総鎮守とされています。境内は3900余坪、御社殿は神明檜造で、太古の掘立造の面影を残し、屋根の千木と鰹木が特徴です。かつては、久良岐郡戸部村の丘陵に鎮座されていましたが、神社名、創建年代共に不明です。

 明治維新後、神仏分離、国家神道の時代を迎え、当地横浜が国の貿易の要として開港されるに及び、人々の心を1つにし、外国との国柄の違いを胸に刻み、国家の鎮護を祈る事を目的に、明治三年四月十四日、時の神奈川県副知事井関盛艮氏が太政官に対し建白書を送り、『伊勢山に皇祖の御社を勧請あれば、高麗の宮殿を創立し、国家の鎮護を祈り、人民をして、崇敬胆仰せしめん』との布告を戴き、社殿を始め、境内の整備が開始されました。

 翌年四月十五日、社殿並びに境内施設が竣工し、正遷宮が執り行われ、横浜の町を挙げての初めてのお祭りは壮大華美を極めた様子でした。また、この時、地名も野毛山から伊勢山へと変えられました。明治五年の太陽暦採用に伴い例祭日は五月十五日と改められ、戦前の御祭礼には市内官公庁を始め、会社、工場、学校に至るまで休日となり、まさに市民を挙げてお祝い申し上げたとの事です。当初の氏子総代は大谷嘉兵衛・幸兵衛、茂木惣兵衛、箕田長二郎、近藤良薫氏など、日本の経済・政界に君臨された横浜の重鎮たる人々で、以後も横浜の名士の方々が総代に就任されています。

 創建当時の社殿は関東大震災の災禍を蒙り、ことごとく倒壊し、現在の社殿は昭和三年に復旧建造されたものです。表参道の二の鳥居は、昭和四十五年に御鎮座百年を記念して横浜金沢の相川文五郎氏より寄贈されたもので総檜造、一の鳥居は昭和五十後年に御鎮座百拾年を記念して建て替えられました。

(※頒布のハンプレットより)
【参拝情報】

参拝日:2015/06/30

【御朱印】

初穂料:300円

社務所にて。

伊勢山皇大神宮

【御朱印帳】

初穂料:2,000円
社務所にて。

オレンジを基調にイラストの描かれた賑やかで派手なもの。

※筆者はお受けしていないので情報のみ掲載。

【備考】

横浜市西区にある伊勢神宮系の神社。
横浜の総鎮守とされ、「関東のお伊勢さま」と呼ばれる事もある。

日本有数の港町であり大都市の横浜総鎮守という格式ではあるが、その歴史は比較的新しい。
明治三年(1870)に創建という形になっており、明治維新後の創建。

そもそも創建の理由が、開港後の横浜において神社信仰の支柱となるべく県内の総社となるような規模を目指して創建されている。
創建には国費が使われており、明治政府や神奈川県が横浜総鎮守を造ったというのが正しいかもしれない。

キリスト教など外来の宗教文化に接する機会の多い横浜において、規模のある総鎮守が必要だったのだろう。
当社を「伊勢神宮」の遥拝所としていた事からも、そういった事情を推測できる。

元々は戸部村の海岸伊勢の森の山上に鎮座していたそうなのだが、創建年である明治三年(1870)に現在地の野毛山に遷座し、翌明治四年(1871)に社殿および境内施設が竣工している。
御由緒によると例祭日になると、戦前まで市内官公庁を始め、会社、工場、学校などが休日となり、横浜市民の休日となったそうだ。
氏子総代にも横浜の名士が歴代務めていたりと、横浜市にとって重要な位置付けだった事が伺える。

そんな当社なのだが、実は少し不名誉な側面も。
それは神社本庁に属する神社で初めての「破産」という事態。
正確には運営していた宗教法人が破産したという形になるので、現在の神社がどうこうという事ではない事を留意しておく。

平成三年(1991)に神宮裏参道の隣接地に婚礼施設を兼ねた高級ホテル「横浜開洋亭」を建設。
境内の一部を担保として銀行から大金を借り入れたのだが(ホテルは当社とは別法人ではあったものの、当時の宮司の親族が経営しており、宮司などが多くの株式を保有していた)、バブル崩壊後の景気低迷などから経営が低迷。
債務不履行となり境内地の一部が金融機関より差し押さえを受けてしまう。

平成十四年(2002)に神奈川県神社庁が銀行側との協議の上、神奈川県神社庁がホテル敷地部分を除く境内地を取得、神奈川県神社庁が神宮の運営を直轄することで競売を回避。

これにより、当社を運営していた宗教法人は実質当社を手放した事になり、ホテルのみを管理する不動産管理会社となる。
結局、多額の債務が経営を圧迫し、横浜地方裁判所に自己破産を申請。
平成十五年(2003)に破産宣告を受けている。

現在は上述の通り、当社を運営しているのは神奈川県神社庁。
神社庁直轄という事もあり、破産した宗教法人とは今は関係がないのだが、神社本庁に所属し神社を運営していた宗教法人の破産は当時衝撃的だった。
バブルの産物と言えるだろう。
運営していた側によるものであり、神社の格式に傷つくという訳ではないと思う。

創建当時の社殿は関東大震災によって倒壊しており、現在の社殿は昭和三年に再建されたもの。
神明檜造で伊勢神宮系の姿を強く感じさせてくれる。
創建が比較的新しいという事もあり、古い建築物はあまりないのだが、横浜総鎮守として立派な境内になっている。

この日は夏越大祓式が行われるとあって参拝者の数も多かった。
1日2回に分けて行うとの事で、その辺は参拝者側からすると有り難い。
御朱印をお受けしている方の姿も多く見受けられた。

横浜総鎮守として創建された当社。
歴史は浅いのだが、神奈川県、そして横浜市にとって重要な位置付けとされていたのは、その規模からも伝わってくる。
この日も多くの方により崇敬されているのが伝わってきた。

上述の運営していた宗教法人の破産など一悶着はあったものの、現在は神奈川県神社庁直轄の神社として、横浜を代表する神社なのは間違いない。

神社画像

[ 一の鳥居 ]

[ 二の鳥居 ]

[ 参道 ]

[ 手水舎 ]

[ 注連柱]

[ 茅の輪・拝殿 ]

[ 拝殿 ]

[ 本殿 ]

[ 大神神社 ]

[ 杵築宮・子之大神 ]

[ 参集殿 ]

[ 神楽殿側 ]

[ 社務所 ]

[ 茅の輪守授与所・鳥居 ]

【Google Maps】

    脚注
  • 当ブログに掲載している情報は筆者が参拝時の情報です。最新のものではない可能性がありますのでご理解下さい。
  • 当ブログ内の古い資料画像は「国立国会図書館デジタルコレクション」の「インターネット公開(保護期間満了)」から使用しています。
  • その他、筆者所有以外に使用した資料画像がある場合は別途引用元を明示しています。
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