阿佐ヶ谷神明宮 / 東京都杉並区

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神社情報

阿佐ヶ谷神明宮(あさがやしんめいぐう)

御祭神:天照大御神
社格等:村社
例大祭:9月中旬の土・日曜
所在地:東京都杉並区阿佐谷北1-25-5
最寄駅:阿佐ヶ谷駅
公式サイト:http://nittajinja.org/

御由緒

 この神社は、旧阿佐ヶ谷村の鎮守で、主祭神は天照大御神です。
 天保七年(1836)に刊行された『江戸名所図会』巻四によると、日本武尊が東征の帰途、阿佐谷の地で休息し、のちに尊の武功を慕った村人が旧社地(現阿佐谷北5-35付近、同周辺一帯をお伊勢の森と称した)に一社を建て、神明宮を勧請したのが当宮の始まりといわれます。
 建久年間(1190〜1198)には土豪横井兵部(一説には横川)が伊勢神宮に参拝した折、神の霊示をうけ、宮川の霊石を持ち帰り神明宮に安置したと伝えられています。その後、江戸時代中頃に至り、祇海という僧が神告により社を現在地に移し、世尊院が別当職を勤めたといわれます。
 当宮は、村をこえた地域からの信仰も篤く、その一端を示す「内藤新宿仲下旅籠屋中 仲下茶屋中」の文字が刻まれた文政十一年(1828)の銅製の三本御幣が奉納されています。
 秋の例大祭に能楽殿で奉納される「阿佐ヶ谷囃子」(区登録無形民俗文化財)は、江戸時代末期からの伝統があり、区内では早くに伝えられた囃子です。ここから井草囃子をはじめ、鷺宮(中野区)、戸塚(新宿区)などに流布していったといわれます。(境内の掲示より)

参拝情報

参拝日:2016/10/13(御朱印拝受/ブログ内画像撮影)
参拝日:2015/04/05(御朱印拝受)

御朱印

初穂料:300円
社務所にて。

※例祭など時期によって限定御朱印あり。(詳細は公式Twitterにて)
※境内摂社「月讀社」の御朱印も頂ける。
※「月讀社」は観月祭の日のみの黄色い御朱印があり、御朱印と挟み紙と合わせて観月を見立てた御朱印となっている。(詳細:Twitter

[2016/10/13拝受]
(新御朱印)

[2016/10/13拝受]
(月讀社特別御朱印)

[2015/04/05拝受]
(旧御朱印)

御朱印帳

初穂料:1,200円・1,500円
授与所にて。

オリジナルの御朱印帳を用意している。
三殿の千木をあしらったデザインは通常サイズ。
「嵩山堂はし本」の製本によるものは大サイズとなっている。

※筆者はお受けしていないため情報のみ掲載。

授与品・頒布品

神むすび 月読尊
初穂料:800円
授与所にて。

当社オリジナルの御守で、レースブレスレット型御守となっている。
カラーや種類も豊富で全国への送付も行っているので詳細は公式ページにて。

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歴史考察

阿佐ヶ谷の鎮守

東京都杉並区阿佐谷北に鎮座する神社。
旧社格は村社で、旧阿佐ヶ谷村の鎮守。
天照大御神を主祭神に、月読命・須佐之男命を配祀する伊勢信仰の神社。
正式名称は「神明宮」だが、他との区別から「阿佐ヶ谷神明宮」とさせて頂く。
当宮唯一の八難除(厄除)の祈祷がある事でも知られる。

日本武尊の伝承

社伝によると、創建年代は不詳。

景行天皇四十四年(114)、日本武尊が東征の帰途、阿佐ヶ谷の地で休息したとされる。
後に日本武尊の武功を慕った村人により、神明宮を勧請したのが始まりと伝えられている。

日本武尊が東征の折に休息したり祈願したとされる神社は、関東圏には多く残っている。
これらはどれも伝承の部分が強いものではあるが、当宮には江戸時代の史料より、少なくとも江戸時代以前よりはこうした伝承が伝えられていた事が分かっており、古くから神聖な土地と見られていたのであろう。

御神体の霊石・阿佐ヶ谷の地名由来

建久年間(1190年-1198年)、阿佐谷村の土豪であった横井兵部という人物が、祈願をするために「伊勢神宮」へ参詣を行い、伊勢国で宿泊した際に霊示を受けという。
そのため、宮川(三重県)の霊石を持ち帰り、当宮に安置したと伝えられている。

これが当宮の御神体であり、この霊石は今も御神体として大切に祀られている。
こうした伊勢信仰によって村民からの崇敬を集めた。

実質的な創建は、この年代と見るのが自然であろう。
鎌倉時代前後に神社としての形を成したものと見られる。
創建当時の鎮座地は、現鎮座地よりもやや北東にある、現在の阿佐谷北5-35付近であり、この一帯をかつては「お伊勢の森」と称したという。
なお、阿佐ヶ谷の地名の由来は、桃園川の浅い谷地であったことに由来するとされる。
中世には阿佐ヶ谷氏と呼ばれる一族が支配した村であった。

江戸時代に当地へ遷座・阿佐ヶ谷村の鎮守

江戸時代中頃になると、祇海という僧が神告により、現在地に当宮を遷座。
近くの「世尊院」が別当寺を担ったという。

文化・文政期(1804年-1829年)に編纂された『新編武蔵風土記稿』には当社についてこう書かれている。

(阿佐ヶ谷村)
神明社
除地、百五十坪、小名本村にあり。村内の鎮守なり。本社は二間に一間半、拝殿三間に二間南向。長さ二尺余、囲二尺許の丸き石を神体とす。前に鳥居を立。鎮座の年代詳ならず。

「神明社」と記されているのが当社で、阿佐ヶ谷村の鎮守であった。
丸い石を御神体としていた事が記されており、これが上述した宮川から持ち帰ったの霊石であろう。

上述した創建にまつわる御由緒などは、天保年間(1834年/1836年)に発行された『江戸名所図会』に記されている。

%e6%b1%9f%e6%88%b8%e5%90%8d%e6%89%80%e5%9b%b3%e4%bc%9a国立国会図書館デジタルコレクションより)

相伝ふ、景行天皇の四十四年、日本武尊東夷を征伐し給ひて御凱陣の時、この地に休らひ給ひしかば、其後土人等尊の武功を慕ひ奉り、其地を封じて一社を経営し、神明宮を勧請す。然るに建久の頃、此地の農民横井兵部といへる人、祈願あるにより伊勢大神宮へ参詣せんと、勢州能保野の駅舎に宿す。其夜大神宮の霊示ありて、翌日宮川の水中にして一顆の霊石を得たり。依て神意に任せ旧里へ携へ帰り、件の神明宮の社に安置して神体となし奉るといへり。其後祇海といへる沙門神告あるにより、社を今の地に遷すとなり。其旧地は七八町東の方にあり土人これを元伊勢と称す。

こちらには「阿佐谷神明宮」として現在と同じ社号で記されている。
日本武尊の伝承、宮川の霊石の御神体、現在地への遷座、旧鎮座地は元伊勢と称した事など、全てこちらに記されており、江戸時代の頃から伝わる社伝であった。

文政十一年(1828)に奉納された、銅製の三本御幣には内藤新宿(現・新宿や四谷付近)にある旅籠の文字が記されており、阿佐ヶ谷村の鎮守としてだけでなく、村を超えた地域の信仰を集めていた事が分かり、当宮がこの一帯の伊勢信仰の中心であった事が伺える。

江戸時代末期になると、現在も例大祭で奉納される阿佐ヶ谷囃子も行われるようになる。

明治以降と平成の大改修

明治になり神仏分離。
明治五年(1872)、阿佐ヶ谷村の鎮守として村社に列した。
この頃には社号を「天祖神社」に改称している。

明治四十年(1907)、近隣の「猿田彦神社」などを合祀や遷座。
これらは当時の合祀政策の影響を強く受けたものであろう。

大正十一年(1922)、阿佐ケ谷駅が開業。
その前年には路面電車も敷かれており阿佐ヶ谷周辺の利便性が高まる事になる。

同年発生した関東大震災以後は、都心や下町から井伏鱒二、与謝野晶子、太宰治などの多くの文人が移り住み、阿佐ケ谷文士村(荻窪・高円寺周辺も含む)と云われていく事になる。
こうして当宮は阿佐ヶ谷の鎮守として多くの崇敬を集めていく。

戦後になり多くの境内整備が行われていく。
平成二年(1990)には、「天祖神社」から現在の「神明宮」に改称。
img_1458 『江戸名所図会』には「阿佐谷神明宮」と記されていたように、江戸時代の呼称に戻したという事になる。

平成二十一年(2009)には「平成の大改修」が竣工。
現在の見事な社殿や神門が改築され、さらに能楽殿なども新設された。
今も多くの崇敬を集めている事が伝わる。

見事な能楽殿はBABYMETALのPVでも使用

阿佐ヶ谷駅の北側に鎮座する当社。
img_1479この南側が表参道となっており、中杉通りに面しているのは西参道となっている。

一之鳥居を潜るとすぐ右手に手水舎。
参道の右手には能楽殿があり、こちらが大変素晴らしい。
img_1449平成二十一年(2009)の「平成の大改修」で新設された能楽殿。
能・狂言の上演、例祭の際の阿佐ヶ谷囃子(杉並区無形文化財指定)や神楽など、様々な用途で使われており、この能楽殿での神楽などはとても映える舞台となる。
img_1473国際的にも人気の高い「BABYMETAL」の楽曲「メギツネ」のPVはこの能楽殿を使用して行われた。

見事な拝殿と御垣内三殿の本殿

参道の先に神門(瑞祥門)が見えてくる。
img_1478神門は平成二十一年(2009)の「平成の大改修」で改築されたもの。
img_1462緩やかな石段の先に佇む神門は厳かな気持ちにさせてくれる。
神門の先は、社殿が佇む神域となる。

拝殿も平成二十一年(2009)の「平成の大改修」で改築されたもの。
img_1464それまでは本殿と繋がっていて一体だった拝殿を分離させて現在の形となった。
大変立派な神明造であり、とてもよい雰囲気となっている。

拝殿の先には御垣内が設けられている。
この辺は「伊勢神宮」の御垣内参拝(特別参拝)に大変似ている。

御垣内には三殿が並ぶ。
img_1469中央にある本殿が天照大御神を祀ったもので、拝殿と一体となっていたものを切り離し、曳家によってこちらに遷したものとなっている。
平成二十七年(2015)には、「伊勢神宮」の第62回式年遷宮により撤下された「瀧原宮」の鳥居が、本殿前に建てられている。

右の摂社は月読命、左の摂社は須佐之男命を祀っており、旧社殿の古材をなるべく使用し造営。
img_1468こちらは右の月読社となっているが、本殿と摂社にはそれぞれの御祭神の象徴を象った装飾が施されていて、天照大御神は太陽、月読命は月、須佐之男命は海をあしらっている。

当宮で祀られている天照大御神(あまてらすおおみかみ)・月読命(つくよみのみこと)・須佐之男命(すさのおのみこと)を「三貴子(みはしらのうずのみこ/さんきし)」と呼ぶ。
『古事記』で黄泉の国から帰ってきた伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉の汚れを落とした時に、最後に生まれ落ちた三柱の神々であり、最も貴いとされる神々である。

こうして「三貴子」が並ぶように祀られている神社は珍しい。

境内社と綺麗に整備された境内

拝殿の右手には元宮が鎮座。
img_1465伊弉諾命・伊弉冉命・日本武尊が祀られている。

神門に入る手前左手には猿田彦神社。
img_1455明治四十年(1907)に近隣の「猿田彦神社」が合祀されており、そちらになるのであろう。

参道途中左手には天神社(北野神社)。
img_1451学問の神である菅原道真公を祀っており、手前には五角形の合格鳥居が置かれている。
他にも力石など歴史を感じさせるものも見ることができる。

御朱印は神門の先にある授与所(降臨殿)にて。
img_1471時期によっては、参道左手の授与所(神明殿)での対応となる時もある。
img_1450とても丁寧に対応して下さった。
時期によっては限定御朱印などの授与もあり。
オリジナルの御朱印帳も6種類用意している。

当宮オリジナル御守の神むすび・当宮唯一の八難除

これらの授与所では御朱印の他、御守や御札などの授与品を授与できる。
中でも当宮で人気が高いのは「神(かん)むすび」という御守。

レースブレスレット型御守となっており、当宮の登録商標である。
日本の高い技術で織り上げられ、最終奉製が当宮の巫女が行っている。

デザインや色も豊富で人気も高い。
kanmusubi2こちらは、御祭神の一柱である月読尊の神むすび。
満月、三日月のチャームで月の満ち欠け・再生を表現しており、台紙には万葉集の和歌が記されている。

参拝が困難な場合や遠方に住んでいる方には「神むすび」に限り送付対応との事。
種類も豊富なので詳しくは下記の公式サイト内詳細ページをご覧頂きたい。

また当宮の厄除は「八難除(はちなんよけ)」と呼ばれる、全国唯一の祈祷となっている。

年齢から来る厄年の災い(厄除)、方位や地相・家相を犯したことに起因する災い(八方除)、火や水や人の災い、因縁から来る災いなど、現世に数多ある災難厄事総てを取り除く祈祷とされる。
そのため厄除の御神徳としても名高い。

所感

阿佐ヶ谷の鎮守である当宮。
地域の鎮守としてだけでなく、古くからこの地域の伊勢信仰の中心として崇敬を集めてきた。
平成二十一年(2009)の「平成の大改修」が行われてからは、とても見事に整備されており、新しさの中に歴史と信仰を感じる素敵な境内となっている。
能楽殿では様々な奉納が行われており、例祭など様々な催しも行われている。
地域からの崇敬を大切にしつつも、新しい活動もされており、神社側の努力を感じる事ができる。
平成二十八年(2016)の例大祭では、「伊勢神宮」より下賜された御神宝(御鏡・革御靭)を乗せた牛車の巡行が行われた。
個人的には、都内の神社の中でも有数の良社であると思う。

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神社画像

[ 一之鳥居・社号碑 ]
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[ 参道 ]
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[ 手水舎 ]
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[ 神門(瑞祥門) ]
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[ 拝殿 ]
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[ 本殿(御垣内三殿)]
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[ 月読社 ]
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[ 元宮 ]
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[ 絵馬掛 ]
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[ 授与所(降臨殿) ]
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[ 儀式殿 ]
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[ 猿田彦神社 ]
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[ 夫婦欅 ]
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[ 天神社(北野神社) ]
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[ 授与所(神明殿) ]
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[ 能楽殿 ]
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[ 手押しポンプ ]
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[ 社号碑・西大鳥居 ]
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[ 西大鳥居 ]
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[ 狛犬 ]
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[ 西参道手水舎 ]
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[ 案内板 ]
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Google Maps

    脚注
  • 当ブログに掲載している情報は筆者が参拝時の情報です。最新のものではない可能性がありますのでご理解下さい。
  • 当ブログ内の古い資料画像は「国立国会図書館デジタルコレクション」の「インターネット公開(保護期間満了)」から使用しています。
  • その他、筆者所有以外に使用した資料画像がある場合は別途引用元を明示しています。
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