高輪神社 / 東京都港区

神社情報

高輪神社(たかなわじんじゃ)

御祭神:宇迦御魂神
相殿神:誉田別命・猿田彦神
社格等:村社
例大祭:9月10日
所在地:東京都港区高輪2-14-18
最寄駅:泉岳寺駅・品川駅
公式サイト:─

御由緒

 御創建は室町中期明応年中で、お稲荷様、八幡様、猿田彦様をお祀りし、境内社には聖徳太子様をお祀りして居ります。恒例の初詣、鎮火祭、節分祭、中祭、例祭、七五三詣の他、三年に一度神社大神輿の渡御が例祭日に近い日曜日に斉行されます。東京都神社庁より)

参拝情報

参拝日:2017/08/03(御朱印拝受/ブログ内画像撮影)
参拝日:2015/04/30(御朱印拝受)

御朱印

初穂料:300円
社務所にて。

[2017/08/03拝受]

[2015/04/30拝受]

歴史考察

高輪一帯の総鎮守

東京都港区高輪に鎮座する神社。
旧社格は村社で、高輪一帯の総鎮守。
創建時は稲荷信仰の神社であり「稲荷社」と称された。
境内社には聖徳太子を祀る「太子堂」が鎮座。
現在は都営浅草線沿線の八社によって「東京福めぐり」も開催しており、当社はその中の一社となっている。

稲荷社として創建・高輪の地名由来

社伝によると、明応年間(1492年-1501年)に創建と伝わる。
かつては「稲荷社」と称し、稲荷信仰の神社であった。

創建当時の江戸は大変のどかな田舎であり、地域の村民達により信仰されたのだろう。まだ当時は「高輪(たかなわ)」という地名が見る事ができず、高輪村の成立前だったと推測できる。
大永四年(1524)、北条氏綱と上杉朝興の両軍が当地で衝突した結果、氏綱が江戸城を勝ち取り城主となる。
これが「高縄原の戦い」として当時の軍記物語に伝わる戦い。
この高縄原が転じて高輪原となり、現在の「高輪(たかなわ)」の由来となる。
高縄原とは高縄手道(高台のまっすぐな道の意)の略とされる。

江戸時代なると高輪村が成立。
当社は高輪の鎮守として崇敬を集め「高輪稲荷」と称された。

太子堂や庚申堂の建立

明暦年間(1655年-1658年)、太子堂が建立。
聖徳太子が自作したと伝えられる聖徳太子十六歳の尊像を祀ったとされる。

太子堂は、現在の境内社「太子宮」である。

さらに庚申堂を建立。
「四天王寺」豪範僧都の作と伝えられる青面金剛を祀っていたとされる。

庚申堂は、神仏分離後に「猿田彦神社」に改称され、現在は本殿に合祀されている。

このように当時の当社は、稲荷社・太子堂・庚申堂が並ぶ形で鎮座していた。
神仏習合のもとで地域からの崇敬を集めた事が伺える。

江戸名所図会に描かれた当社

天保年間(1834年/1836年)に発行された『江戸名所図会』に当時の様子が描かれている。

(江戸名所図会)

「太子堂」「稲荷社」「庚申堂」と書かれているのが当社。
「稲荷社」が現在の本社となる。

前の道が現在の第一京浜であり、当時はこれが主街道である東海道であった。
そのすぐ手前が東京湾の海になっていて、埋め立てによって現在とは海岸線の位置がかなり変わってくるのが見てとれる。
街道沿いに鎮座する当社が大いに崇敬を集めた事が伝わる一枚。

(江戸名所図会)

当社を中心に拡大したのが上図。
当時は稲荷社を中心として太子堂と庚申堂が両脇に鎮座し、門前町が開かれていた事が伺える。
境内の左手には鐘楼が描かれており、神仏習合の世の中と、当地の信仰の様子を知る事ができる。
いずれも「常照寺」(現在は廃寺)の管轄だったようで、当社の別当寺にあたる。

この『江戸名所図会』が発行された後の、弘化二年(1845)の大火(青山火事)によって類焼し社殿など境内の多くを焼失してしまっている。

切絵図から見る高輪周辺

当社の鎮座地は江戸の切絵図からも見て取れる。

(芝高輪辺絵図)

こちらは嘉永三年(1850)の三田・芝・高輪周辺の切絵図。
右が北の地図で、当社は図の中央に描かれている。

(芝高輪辺絵図)

当社周辺を拡大したものが上図。
赤円で囲ったのが当社。
切絵図には「稲荷」が離れて記され、南側に「庚申堂」「太子堂」を見る事ができる。

『江戸名所図会』と様子が違うのは、弘化二年(1845)の大火で類焼した影響によるものであろう。

安政七年(1860)、土蔵造りの本殿を再建している。

神仏分離と高輪神社への改称

明治になり神仏分離。
別当寺であった「常照寺」は廃寺となっている。

明治五年(1872)、「稲荷神社」として村社に列する。

当社境内には『江戸名所図会』にあったように、かつて「稲荷神社」「太子堂」「庚申堂」が並んでいたのだが、神仏分離のため仏教色の強い「太子堂」は「耳聴神社」、「庚申堂」は「猿田彦神社」と改称して、当社の末社という形となった。

明治十年(1877)、鵜来森(現在の高輪3丁目付近)に鎮座していた「八幡神社」を合祀。
明治十五年(1882)、幣殿・拝殿を建立し、幕末に再建した本殿を改修。

明治四十二年(1909)の古地図を見ると当時の様子が伝わる。

今昔マップ on the webより)

当社の鎮座地は今も昔も変わらない。
高輪の地名も見る事ができ、当社は高輪一帯の総鎮守であった。

注目すべきは海岸線。
芝浦が埋め立てられる前であり、当社の前は海が広がっていた事が分かる。
現在よりも景観のよい地であったと思われる。

昭和四年(1929)、社号を「稲荷神社」から「高輪神社」と改称。
高輪の総鎮守という意味合いでの改称であろう。

当時は当地近くを走る市電の停留場が「庚申堂前」となっており、稲荷社よりも庚申堂が最も庶民に知られていた事が分かる。

昭和五十五年(1980)、現在の社殿を造営。
この頃には「猿田彦神社(かつての庚申堂)」が本殿に合祀されている。

平成二十八年(2016)7月より、都営浅草線沿線の八社によって「東京福めぐり」が開催されており、当社はその中の一社となっている。

境内案内

第一京浜沿いに鎮座・江戸時代の鳥居

最寄駅の泉岳寺駅からは徒歩数分の第一京浜沿いに当社の社号碑が立つ。
その先が参道になっており、奥に鳥居。
石鳥居は寛文七年(1667)に奉納されたものが現存。
『江戸名所図会』に描かれていた鳥居が今も残っている事となる。
鳥居の石柱には太子講による奉納と記されており、当時の「太子堂」への崇敬の篤さが伝わる。

鳥居を潜り石段を上ると左手に手水舎。
正面に社殿となる。

戦後再建の社殿・江戸時代の狛犬

社殿は昭和五十五年(1980)に造営されたもの。
比較的新しい社殿とあって状態も大変よく綺麗。
よく晴れた日に参拝すると社殿が輝いて見え、それだけ大切にされているのが伝わる。
元は稲荷社であった当社だが、明治以降に近隣の八幡神社と、境内社であった庚申堂(猿田彦神社)が合祀されたため、御祭神は稲荷神である宇迦御魂・八幡神である神誉田別命・導きの神である猿田彦神の三柱となっている。

社殿の前に置かれている狛犬が大変年代の古いもの。
宝永六年(1709)に奉納された銘が記されている。
『江戸名所図会』に描かれていた一之鳥居横にあった狛犬がこの狛犬であろう。
弘化二年(1845)の大火によって類焼し社殿など境内の多くを焼失してしまった当社であるが、鳥居や狛犬など石製のものは現存しており、焼失を免れたのが分かる。
その後、関東大震災、東京大空襲といった震災や戦災があったにも関わらず、こうして古いものが現存し、今も使われているのは素晴らしい事である。

聖徳太子を祀る太子宮

社殿の左手には境内社の「太子宮」が鎮座。
かつては「太子堂」と称されていた仏堂で、神仏分離の際に「耳聴神社」に改称。
これは聖徳太子の豊聡耳伝説によるものだろう。

戦後になり再び「太子宮」という呼称になっている。
聖徳太子像は太子が16歳の時に自ら作られたと伝えられている。

この太子宮を囲む外壁が古い。
安政四年(1857)の文字を見る事ができ、壁の裏の両脇には彫刻も施されている。
こちらも鳥居同様に太子講による奉納と思われ、当時の人々の太子堂への篤い崇敬が伝わる。

太子宮の周囲には力石なども置かれている。
江戸時代のもので、氏子衆が力比べに使ったもので、港区の文化財となっている。

御朱印は社務所にて。
いつも丁寧に対応して下さる。

所感

高輪鎮守として崇敬を集める当社。
稲荷神社として創建し、太子堂や庚申堂といった神仏習合による信仰を集めていた事が伝わる。
かつての東海道沿いに鎮座し、現在も第一京浜沿いに鎮座しているため、人通りも多く、当社に立ち寄って参拝をしていく姿をよく見る事ができる。
『江戸名所図会』にも描かれた鳥居や狛犬が現存しており、歴史を感じさせつつも、新しく綺麗な社殿や太子宮との融合は素晴らしい。
規模としてはこぢんまりとした神社ではあるが、地域の歴史を伝える良社である。

神社画像

[ 鳥居・社号碑 ]

[ 鳥居 ]




[ 石段 ]

[ 手水舎 ]


[ 拝殿 ]





[ 本殿 ]

[ 狛犬 ]




[ 太子堂 ]






[ 狛犬 ]


[ 力石 ]



[ 恵比寿像・大黒像 ]

[ 石碑 ]

[ 社務所 ]

[ 御神木 ]

[ 石碑 ]

[ 御籤掛・絵馬掛 ]

Google Maps

    脚注
  • 当ブログに掲載している情報は筆者が参拝時の情報です。最新のものではない可能性がありますのでご理解下さい。
  • 当ブログ内の古い資料画像は「国立国会図書館デジタルコレクション」の「インターネット公開(保護期間満了)」から使用しています。
  • その他、筆者所有以外に使用した資料画像がある場合は別途引用元を明示しています。
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