深川神明宮 / 東京都江東区

深川神明宮(ふかがわしんめいぐう)

御祭神:天照大御神
社格等:郷社
例大祭:8月17日
所在地:東京都江東区森下1-3-17
最寄駅:森下駅
公式サイト:http://www.fukagawa-shinmei.com/

御由緒

 今からおよそ四百年の昔、現在の深川一帯は葦の生い茂る三角州で、住む人もまだいませんでした。その頃、深川八郎右衛門(摂津の人と伝えられる)が一族を引き連れてこの地に移り住み、土地の開拓に着手しました。八郎右衛門は神さまを敬う心が篤く、屋敷のうちに小さな祠を建て、日頃から崇敬する伊勢神宮の大神さまのご分霊をお祀りし、開拓民の幸せと、深川の地の発展を祈念しました。
これが、深川神明宮の起源です。そして深川の地の発展とともに、八郎右衛門の屋敷の小さな祠も、いつしか深川総鎮守神明宮と称せられ、多くの崇敬を集めるようになり、今日に至りました。

参拝情報

参拝日:2016/01/28

御朱印

初穂料:300円
社務所にて。

※毎年1月15日までは深川七福神めぐりの寿老神の御朱印も頂ける。

深川神明宮


歴史考察

深川の鎮守

江東区森下に鎮座する神社。
旧社格は郷社で深川の鎮守。
深川発祥の地とされている。
現在は深川七福神の寿老神を担っている。

深川発祥の地

社伝によると、深川を開拓した深川八郎右衛門が伊勢神宮を勧請して創建したとある。

深川八郎右衛門とは深川を開拓した人物の1人。
かつての深川は葦の茂る三角洲で住む人もいなかったという。

天正十八年(1590)に、徳川家康が関東移封により江戸入国。
これに伴い摂津国出身の深川八郎右衛門など一族6人がこの地を開拓。

慶長元年(1596)には家康が当地を巡視し、地名を尋ねたたところ、住む人も少なく地名も無いとの返答を受け、家康は深川八郎右衛門の姓「深川」を地名とするように命じたという。
これにより深川村が誕生する事になる。
その深川を開拓し地名の由来にもなった、深川八郎右衛門が創建した神社が当社。
すなわち「深川発祥の地」という事になる。

当時は深川八郎右衛門の宅地に鎮座する小さな社だったようだ。
別当寺は「泉養寺」(現在は千葉県市川市国府台に移転)であり、当社の南に位置していたある。
その「泉養寺」の開山にも深川氏が関わっており、創建した秀順法印は深川八郎右衛門の兄であった。
この事からも、元は深川氏の個人的な宅地社だった事が伺える。

深川の発展と深川北部鎮守

そんな深川の地が発展するのは、江戸時代初期の頃。

寛永四年(1624)には当社より南側に「富岡八幡宮(深川八幡)」が創建。
明暦三年(1657)にじゃ明暦の大火(別名:振袖火事)という、当時の江戸の大半を消失するに至った江戸時代最大の大火災が発生。
復興を目指す幕府は、復興開発事業の地として深川を新興居住区域としており、その事から深川の地に人が増えるようになる。
特に幕府から庇護された「富岡八幡宮(深川八幡)」の影響もあり、近くには門前町が形成されるようになり、江戸の人気スポットとなる。

当社もその深川の発展を受け、深川氏個人の社から、地域の方・深川の鎮守となっていったのだろう。
この頃には深川の北部は当社の氏子区域となっており、南部は「富岡八幡宮(深川八幡)」が氏子区域となっていたようで、現在もそれは受け継がれている。

神仏分離と戦後の再建

明治になり神仏分離で、別当寺の「泉養寺」とも分離している。
この頃には「天祖神社」に改称しており、社格は郷社に列している。
明治十四年(1881)に火災により焼失したものの、氏子の努力もあり明治三十四年(1901)に再建された。

しかしながら、大正十二年(1923)に関東大震災が発生し再び被災。
その後、境内のいくつかは鉄筋コンクリート製で再建された。
なお、旧別当寺「泉養寺」は関東大震災後に千葉県市川市国府台に移転している。

第二次世界大戦では、東京大空襲で多くの被害を受けるものの、本殿、神輿庫、書庫が鉄筋コンクリート製で戦災焼失を免れた。(他は焼失している)
昭和四十三年(1968)に鉄筋コンクリート造で社殿を再建。
これが現在の社殿となっている。

深川七福神・寿老神

社殿は上述の通り、昭和四十三年(1968)に再建されたもの。


鉄筋コンクリート造となっている。
本殿は戦火を免れたようだが、同時に立て替えが行われた。

境内社に寿老神社と和倉稲荷神社。


これにより当社は深川七福神の寿老神を担っている。

御朱印は社務所にて。
丁寧に対応して下さった。

所感

歴史的に深川発祥の地とされる当社。
現在は深川北部の鎮守として崇敬を集めている。
敷地内では「神明幼稚園」という幼稚園を運営しており、この日は子どもたちの声が賑やかであった。
境内にある神輿庫の数も多く神輿の絵が描かれていて立派なもの。

こういったところからも氏子による崇敬の篤さを感じる事ができる。
地域に愛される鎮守といった雰囲気が伝わってくる神社に感じる。

神社画像

[ 鳥居・社号碑 ]

[ 参道・神輿庫 ]

[ 手水舎 ]

[ 注連縄柱 ]

[ 拝殿 ]



[ 狛犬 ]


[ 寿老神 ]

[ 和倉稲荷神社 ]

[ 社務所 ]


[ 案内板 ]

Google Maps

    脚注
  • 当ブログに掲載している情報は筆者が参拝時の情報です。最新のものではない可能性がありますのでご理解下さい。
  • 当ブログ内の古い資料画像は「国立国会図書館デジタルコレクション」の「インターネット公開(保護期間満了)」から使用しています。
  • その他、筆者所有以外に使用した資料画像がある場合は別途引用元を明示しています。
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