牛天神北野神社 / 東京都文京区

【神社情報】

牛天神北野神社(うしてんじんきたのじんじゃ)

御祭神:菅原道真公
旧社格:郷社
例大祭:5月25日


所在地:東京都文京区春日1-5-2
最寄駅:後楽園駅・春日駅・飯田橋駅
公式サイト:http://www.ushitenjin.jp/

【御由緒】

当社は寿永三年の昔、右大将・源頼朝御東国追討の時、此処の入江の松に船を繋ぎ和波を待つ。その間夢に菅神牛に乗りて現はれ、頼朝卿に二つの幸のあらんことを告げ、武運満足の後は、必らずや社を営み報ゆべしと託し給ふ。頼朝卿夢覚めて傍を見れば、一つの岩石ありて夢の中に菅神の乗り給ひし牛に似たり。依りて是を奇異とせしが、果して同年の秋頼家卿誕生あり。更に翌年には動かずして、平家を悉く退け国を鎮定せり。その報寶として此処に、御神を勧請ありて御神領等を寄進す。因て御創立はこの年元暦元年なりと云ふ。

(※境内の掲示より)
【参拝情報】

参拝日:2015/08/10




【御朱印】

初穂料:300円

社務所にて。

※挟み紙にも朱印が押されていた。(画像:Twitter
※三祭事に合わせて限定御朱印がいくつか存在。(その際に境内社の御朱印も拝受可能)

牛天神北野神社

【考察】

 源頼朝と牛石伝説 

文京区春日に鎮座する神社。
旧社格は郷社に列しており、東都七天神の内の一社とされる。
正式名称は「北野神社」であるが、他との区別のために「牛天神北野神社」とさせて頂く。
一般的には古くから「牛天神」と呼ばれる事が多い。

社伝によると、元暦元年(1184)に源頼朝がこの地に社殿を創建とある。
これには伝説があり、寿永元年(1182)の春、源頼朝が東国追討の際に船をこの台地の松に繋ぎ止め、まどろんでいた時、牛に乗った菅神(菅原道真)が現れ、2つの幸福を授けるとご神託を受けたという。

頼朝が夢から覚めると、近傍に一つの大岩があり、あたかも夢の中で菅神が乗った牛を、彷彿させるような形をしていため、これを牛石と呼んだ。
同年の秋に長男頼家が誕生し、翌年には平家を西海に追はらうことが出来きたため、「これは菅神の神示にちがいない」と頼朝によって「太宰府天満宮」から勧請し、社殿を造営、牛石を御神体として当社が創建されたという伝説。

この縁起の伝説は江戸時代後期の「江戸志」に記載されている。
但し江戸時代中期の「江戸砂子」によれば、源頼朝でなく、北条氏康に菅神が牛に乗って現れたと記されている。
いずれにせよ、この地の権力者との繋がりがある縁起になっているのが伺える。

天保年間(1834年/1836年)に発行された『江戸名所図会』に当時の様子が描かれている。

「牛天神社」として描かれているのが当社。

当時のほうが規模は大きいのだが、現在も当時も高台にあったのが分かる。
また縁起伝説にも出てくる「牛石」は現在は社殿の前にあるのだが、古くは坂の下に存在。
区画整理などにつれて、社殿前に移動したのだろう。

この「牛石」は現在は「撫で岩」とされていて、願掛けをして撫でると願いが叶うとされている。
これが現在では各地の天神信仰系に浸透している「撫で牛」の元祖という説もあり、縁起伝説の通りならかなりの歴史を伺う事ができて貴重に思う。

社殿の両脇には狛犬ならぬ狛牛が置かれており、この辺も牛天神らしさ。

 貧乏神を祀る境内社 

境内社には「太田神社」「高城神社」が合祀されている。

この「太田神社」には貧乏神を祀っていたという由緒があり、中々興味深い。
貧乏神と言われた黒闇天女(弁財天の姉)を祀っていたため、古くから「貧乏神」とも「人望神」と呼ばれていたようだ。

言い伝えによると、その昔、小石川三百坂に旗本がおり、これという不幸はないが、常に貧乏に苦しんでいた。
ある夜、夢に貧乏神が現れ「我は貧乏神で、多年にわたり、この家に住んだ。もし、今から三日の内に、赤飯と油揚げを供え祭れば、福徳を授けよう」と告げ、旗本がその通りにすると、それ以降は万事慶福がつづき、裕福になった。
その後一人の大工が幕府の工事を請け負った際にこの貧乏神に成功を祈った。
もし成就すれば神殿を造り奉ると約束したところ、請負もうまくいき願いが成就されたため、大工は約束通り、新しい祠を造りその神像を遷座させた。
これが現在の境内社の「太田神社」となる。
それまで貧乏神と呼ばれていたが、以後、福の神となり、近隣の人々から参詣されるようになったという。

なお、「太田神社」の現在の御祭神は天鈿女命と猿田彦命になっている。
黒闇天女は仏教色が強かったため、明治の神仏分離で変えものと推測できる。
合祀されている「高城神社」は、宇迦御魂神が御祭神なのでお稲荷様なのだろう。
その向かいにはハート型の御神籤掛けがあり、福の神として縁結びのご利益もあるようだ。

御朱印は社務所にて。
隣写り防止のために挟んでくれる挟み紙にも朱印が押されていたのが何だか嬉しい。(詳細:Twitter

 所感 

「牛天神」として菅原道真公や牛石の伝説が古くから言い伝えられていた当社。
牛石は現在の「撫で牛」の元祖という説もあるくらい、古くから崇敬を集めていたのだろう。
源頼朝と天神様との御由緒、牛石伝説、そして境内社の貧乏神伝説と、現在の規模はそう大きくはないのだが、古くから言い伝えられた様々な伝説や逸話が残るのが何とも面白く、興味深い神社だと思う。

【Google Maps】

神社画像

[ 社号碑・鳥居 ]

[ 石段 ]

[ 鳥居 ]

[ 手水舎 ]

[ 拝殿 ]

[ 本殿 ]

[ 狛犬 ]

[ 狛牛 ]

[ 撫で岩(ねがい牛/牛石) ]

[ 太田神社・高木神社]

[ 御神木 ]

[ 社務所 ]

[ 案内板 ]

【Google Maps】