高津諏訪神社 / 神奈川県川崎市

高津諏訪神社(たかつすわじんじゃ)

御祭神:建御名方神・五十猛命・日本武尊・保食神・天照大御神
社格等:村社
例大祭:10月7日近い日曜日
所在地:神奈川県川崎市高津区諏訪3-16-48
最寄駅:二子新地駅
公式サイト:─

御由緒

信濃国の豪族諏訪安藝守源頼忠の末孫、諏訪左近頼久なる者が天正十八年 (1590年)、 主家北條左京大夫氏直の許を離れ此の地に来り、慶長年中、深く崇拝する信州諏訪大社の大神の分霊を受け守護神としてここに勧請せり。
爾来近郷の鎮守として崇敬され、明治三十二年、省令に依り、諏訪社に杉山社、大陸天社、神明社、稲荷社を合祀し諏訪神社と総稱。現在の御社殿は大正初期の造営に成り、大正四年四月、遷宮祭を執行す。

(※境内の掲示より)

参拝情報

参拝日:2016/03/15

御朱印

初穂料:お気持ち
社務所にて。

※拝受する際に参拝の記帳をお願いされた。
※初穂料は頂いていないので、お気持ちを賽銭箱へとの事。

高津諏訪神社
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歴史考察

諏訪河原村の鎮守

川崎市高津区諏訪に鎮座する神社。
旧社格は村社で、旧諏訪河原村の鎮守。
正式名称は「諏訪神社」だが、他との区別から「高津諏訪神社」とさせて頂く。
地域の方には「お諏訪さま」と呼ばれる事も。

諏訪河原村(現在の諏訪)の由来

社伝によると、当地を開拓した諏訪左近頼久が、天正十八年(1590)に当地に定住。
その後、慶長年間(1596年-1615年)に諏訪左近頼久が信濃国一之宮「諏訪大社」(長野県諏訪郡)より勧請し創建とある。

この諏訪頼久という人物は、信濃国の豪族・諏訪安芸守源頼忠の末孫とされている。
『新編武蔵風土記稿』よると、小田原北条家が没落の際、家臣の諏訪左近頼久が小机領寺尾村小黒に逃れ、多摩川沿いの稲毛の地を開き、諏訪の屋号を村名にしたと記録されている。
その事からこの周辺は「諏訪河原村」と呼ばれていた。
なお、諏訪頼久は江戸時代になると旗本として復興を果たしている。

信濃国一之宮「諏訪大社」との関係

すなわち当社を創建した諏訪左近頼久は、信濃国の諏訪氏の末裔という事になる。

この諏訪氏というのは、信濃国諏訪地方の領主であり、信濃国一之宮「諏訪大社」上社大祝を司った家柄。
祭神・建御名方命の血筋ともされ、「諏訪大社」と密接な関わり合いがあった。

その諏訪氏の末裔によって開拓され名付けられた「諏訪河原村」。
その鎮守として創建された当社が「諏訪大社」から勧請され、「諏訪神社」となったのは自然な事であろう。

文化・文政期(1804年-1829年)に編纂された『新編武蔵風土記稿』には当社についてこう書かれている。

(諏訪河原村)
諏訪社
村の北の方にあり、諏訪左近頼久が勧請なり、その年代は天正慶長の頃なるべし、頼久が子孫今もこの村にあり、例祭は九月十七日にて杉山明神と隔年になせり、此時明王院の不動をここに奉じ来りて神坐に安ずるを例とす、古は二子坂戸北見方諏訪河原四ヶ村の鎮守なりと、されど今は當村ばかりのにて明王院の持なり。
杉山社
字寺前にあり、大門の入口に木の鳥居を建、例祭はすべて諏訪の社に同じ、是も明王院持。
第六天神明合社
字東通りに小祠明王院持なり。
稲荷社
字寺前にあり小祠明王院の持。

「諏訪社」と書かれているのが当社。
諏訪左近頼久による創建、また子孫が定住している事も書かれている。
例祭は近くにあった「杉山社」と隔年で行われていたようだ。
二子・坂戸・北見方・諏訪河原の4ヶ村の鎮守として近郷からも崇敬されてきたのが分かる。
別当寺は現在も近くにある「明王院」。
上述の「杉山社」を始め、近隣にあった神社は後に当社に合祀される事になる。

近隣の神社を合祀

明治になり神仏分離。
当社は村社に列した。

明治三十二年(1899)、上述した『新編武蔵風土記稿』にも記載されていた、同じ地区にあった「杉山社(杉山神社)」「第六天神明合社(面足社・神明社)」「稲荷社」を合祀。
当社は「諏訪神社」を称し、現在に至っている。

昭和三年(1928)神饌幣帛料共進社に指定された。

かつては当社の境内に、古くから松の大樹が2本あったという。
その大松の1本が枯れた後も、残った1本が多摩川を渡るための「二子の渡し場」の目印となり、戦前は陸軍の移動目標にも使われ、人々の方位目標になってきた。
しかし、この1本も現在は枯れてしまっている。

入り組んだ場所に鎮座

一の鳥居からの参道は民家が立ち並び、入り組んだ住宅街に鎮座している。

現在の社殿は大正初期の造営とある。
大正四年(1915)に遷宮祭を執行し、それが現存している。

拝殿の屋根は瓦葺き。

入母屋造りの本殿は、朱塗りの屋根となっている。
しかし、あまり状態はよくなく塗装が落ちているところが目立つ。

他に境内社(御祭神不明)が一社。
あとは手水舎と狛犬、社務所という境内になっている。

全体的にかなりこぢんまりとしている。

境内隣には氏子会館があったりと、氏子による崇敬は篤いようだ。
この日も氏子の方が集まって作業をされていた。

御朱印は社務所にて。
拝受する際に女性宮司様に参拝の記帳をお願いされた。
御朱印は龍の版画のような珍しいもの。

所感

住宅街の入り組んだ場所に鎮座する当社。
初めて行かれる方は迷われるかもしれない。
高津区諏訪という住所の由来となった人物による創建であり、かつては二子・坂戸・北見方・諏訪河原の4ヶ村の鎮守として、崇敬を集めていたのだろう。
現在も小さいながらも氏子会館があり地域の方に親しまれているのが分かる。
御朱印も珍しいもので集印家の方にも目を引きものではないだろうか。
どこか懐かしい気分にさせてくれる地域の鎮守である。

神社画像

[ 一の鳥居・社号碑 ]
[ 一の鳥居 ]
[ 二の鳥居 ]
[ 手水舎 ]
[ 拝殿 ]
[ 本殿 ]
[ 狛犬 ]
[ 境内社鳥居 ]
[ 境内社 ]
[ 社務所 ]
[ 境内 ]
[ 氏子会館 ]
[ 案内図 ]

Google Maps

    脚注
  • 当ブログに掲載している情報は筆者が参拝時の情報です。最新のものではない可能性がありますのでご理解下さい。
  • 当ブログ内の古い資料画像は「国立国会図書館デジタルコレクション」の「インターネット公開(保護期間満了)」から使用しています。
  • その他、筆者所有以外に使用した資料画像がある場合は別途引用元を明示しています。
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