椋神社(下吉田) / 埼玉県秩父市

【神社情報】

椋神社(むくじんじゃ)

御祭神:猿田彦命
社格等:延喜式内社(小社)・県社
例大祭:10月第二日曜日(龍勢祭)


所在地:埼玉県秩父市下吉田7377
最寄駅:皆野駅・西武秩父駅(駅からバスで30分程)
公式サイト:https://www.facebook.com/mukujinja

【御由緒】

(1)

人皇十二代景行天皇御宇、日本武尊東夷征伐のとき、伊久良と云う処に御鉾を立て猿田彦大神を祀り給いしと云う。神殿は和銅三年芦田宿禰守孫造立すと云う。多治比直人籾五斗並びに荷前を奉るとあり是当社造立の起源なり。清和天皇貞観十三年武蔵国從五位下椋神社に從五位上を授けられる。醍醐天皇延喜年間神名帳に記載せられ国幣の小社に列す。社伝に曰く朱雀天皇天慶五年藤原秀郷当社に春日四所の神を合祀す。日本武尊五代の裔丹治家義五代の孫武信神領数十町を寄附す是を供田と云う。即ち六段田是なり其後、畠山重忠太刀一口を獻ず。今遺存して神宝となす。長慶天皇永徳二年累進して從二位を授ける。元亀年中武田信玄秩父氏と戦い社頭を焼く神殿古器神宝旧記悉く皆焼失す。天正三年鉢形城主秩父新太郎氏邦神殿を再建す同氏獻上する処の祭具木魚二本今猶存在す。慶長九年当社境内欅三十五本を伐採し江戸城建築の為使用す。寛永四年神殿大破修復棟札あり。宝永五子年二月拝殿修復、棟札は左の如し。

夫武蔵国秩父郡矢場田庄吉田ノ怙鎮守井椋五所神社者延喜式神名帳所載椋神社是也縁起に曰景行天皇四十年与 天慶年中子両度鎮座也 云云

上棟井椋五所大明神拝殿修造清祓御祈祷 国家安全・五穀成就 攸 芦田伊勢守 藤原守房、芦田若狭守 藤原守光、芦田長門守 藤原重斉 干時宝永五壬子天二月吉日

寛政元酉年四月本殿檜皮葺は、天正年中北條安房守氏邦再建にして弐百有余年に及び大破に及び本殿は銅を葺き弊殿拝殿とも大修復をなす。

寛政元己酉年

奏上棟椋神社幣殿拝殿造立功成就 常磐堅磐 社頭康栄 守護祈所 神主 芦田日向守 藤原保実、芦田市正 藤原守重、芦田若狭守 藤原武矩、四月二十一日、大工棟梁 赤柴村 黒石勘平

明治十五年六月十五年県社に昇格す。大正二年近隣の神社二十三社を合祀す。大正五年十一月十三日無格社八幡大神社合祀許可せらる。

大正十年拝殿幣殿の改築竣工し十月四日神饌幣帛料供進神社と指定せらる昭和九年天皇陛下より祭祀料を賜わる。昭和十七年九月社務所焼失す。

昭和二十五年十二月氏子奉納金十萬円を以つて平殿拝殿の屋根大修復。

昭和三十四年九月、工費百三十万円餘氏子崇敬者寄附金其の他にて新社務所建設さる。昭和四十年十月諸社合祀五十年祭を記念して氏子の奉納金により八幡本殿上屋幣殿屋根工事を完成す。

昭和四十三年十二月明治維新百年祭記念として本殿屋根修理、四十四年四月元拝殿屋根改造完成す。昭和四十八年九月氏子崇敬者の奉納により竜勢櫓用細木二百十一本柱八本奉納。細木置場を建設す。

 昭和四十九年四月北條氏邦椋神社再建四百年祭を記念して奉納金其の他にて調製費二百二十万円を以つて神輿調製奉納す。五十年亦三百万円の資金にて拝殿その他諸建築物の修復を完成し調度品を購求せり。亦四十九年五月二十日埼玉県の補助により椋宮橋竣工す。

(2)

人皇十二代景行天皇の御宇皇子日本武尊東夷御征行の砌、猿田彦大神の霊護を恭み、皇子御神ら猿田彦大神を當地に奉齊せられたるを起元とし、清和天皇の御宇貞観十三年十一月従五位上を贈られ醍醐天皇の延長五年十二月延喜式神名帳に記載せられ朱雀天皇の御宇平将門誅伐の時、藤原秀郷春日四座の神を合祭して軍功を奏し、五座の神となる。元亀年間武田信玄の兵火に罹り社殿焼失し、天正三年北條氏邦再建す。明治六年郷社となり、仝十五年六月三十日県社に列せられ、大正十年十月神饌幣帛料供進神社に指定せらる。昭和十七年九月三十日社務所焼失し、昭和三十四年九月氏子崇敬者寄附金其の他にて新社務所建設さる。昭和四十九年四月北條氏邦椋神社再建四百年祭を記念して奉納金其の他にて神輿調製奉納す。昭和五十年拝殿其の他諸建築物の修復を完了。龍勢の神事は昭和五十二年三月二十九日埼玉県選択無形民俗文化財となる。

全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成七年
(※平成「祭」データより)
【参拝情報】

参拝日:2015/07/08

【御朱印】

初穂料:300円

社務所にて。

椋神社

【備考】

埼玉県秩父市下吉田に鎮座する神社。
延喜式内社(小社)であり、旧社格は県社。

秩父には「椋神社」の社号をもつ神社が5社存在し、「椋神社」の名は延喜式神名帳にも記載されているいわゆる式内社である。
論社という扱いになるのだろうが、明治政府はいずれの神社にも式内社と称することを許したという。

その中でも当社は、最も知名度の高い神社ではないだろうか。
特に当社の10月の例祭である「龍勢祭」は有名。

社伝によると、日本武尊が東夷征伐のおりに当地を通りがかった時、霧が深くて進めず、軍神である猿田彦大神に神慮を請い鉾を立てたところ、光を放って飛翔し、井泉の椋の木の下に止まった地点に老翁が出現し、日本武尊を導いた。

その後に日本武尊が、大神に感謝して祠を建て、当地に祀ったのが創祀とある。
社殿としての造立は和銅三年(710)になるようだ。

将門伝説とも多少関わりを持ってくる。(敵対勢力側として)
平将門の乱を平定した人物である藤原秀郷(俵藤太)は、討伐の折に当社で戦勝祈願をしている。

その後、将門を討つ事がかなった藤原秀郷により春日四神を合祀。
それ以降「井椋五社明神」と称されるように。

江戸時代にも「井椋大明神」「井椋五社明神」と書かれた資料が見受けられるので、その後はずっとそう呼ばれていたのが分かる。
元々の呼称は「いくら」と呼ばれていたようだが、近世になり地元以外から「むくじんじゃ」と読まれることが多くなり現在の呼称で定着したようだ。

また明治十七年(1884)に発生した「秩父事件」では、秩父困民党の決起集会が当社で行われている。
自由民権運動における激化諸事件の一つとして有名な秩父事件の発端となった場所とも言えるだろう。

当社の例祭として有名な「龍勢祭」は、日本武尊が奉持した矛より発した光の様を尊んだ氏子たちが神社前方の吉田河原で大火をたき、その燃えさしを取って力の限り投げ、火を飛ばして光を放ち御神慮を慰めたのがはじまりという。
後に火薬が使えるようになると、これを用いて火筒を空中高く打ちあげる、現在の龍勢花火なっていく。
歴史的にも大変古いお祭りで、農村部に伝わるロケット技術としても興味深い。

現在はアニメ聖地としても有名。
秩父を舞台にたアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。(通称:あの花)」の作品内にて、「龍勢祭」の龍勢(ロケット)が、かなり重要なシーンとして描かれている。
龍勢発射台が登場するだけでなく、過去の「龍勢祭」ではコラボも行われたり、コラボポスターが製作されたりしており、社務所にもアニメで出てきたシーンと実際の写真を見比べる事ができる写真などが貼られていた。
絵馬掛にも僅かではあるが、そういったイラスト付きの絵馬が奉納されていた。

旧本殿は元亀年間(1570-1573)の武田軍の侵攻で焼失。
天正三年(1575)北条氏邦により再建され、その後寛永四年(1627)に幕府代官による大修復造営行われており、何度かの修復を経て現存している。
また拝殿の右手には「八幡宮」が境内社として置かれているのだが、そちらの社殿もお見事な造り。

「あの花」にも出てくる龍勢発射台は、境内から徒歩で10分ほどの距離。
祭り当日などは危険なため近寄れないが、それ以外はほぼ下まで行く事ができる。

御朱印は社務所にて。
宮司様が色々とお話を聞かせて下さった。
祭り当日ではないものの「龍勢祭」の墨書きを入れてくれたのが何だか嬉しい。

秩父市街地から車で30分前後の距離にある当社。
交通の便はかなり悪いのだが、龍勢祭の舞台、秩父事件の舞台、アニメ「あの花」の舞台と、何かと注目を浴びる神社であり、色々と興味深く見る事ができる。
厳かな雰囲気を感じつつも清々しい空気感を感じる境内。
龍勢発射台である櫓も実際に見ると感慨深い。
機会があれば是非「龍勢祭」の際に訪れたいなと心から思う。

神社画像

[ 一の鳥居 ]

[ 二の鳥居・茅の輪 ]

[ 狛犬 ]
[ 手水舎 ]

[ 参道 ]

[ 拝殿 ]

[ 本殿 ]
旧本殿は元亀年間(1570-1573)の武田軍の侵攻で焼失。
天正三年(1575)北条氏邦により再建され、その後寛永四年(1627)に幕府代官による大修復造営行われており、何度かの修復を経て現存している。

[ 狛犬 ]


[ 八幡宮 ]
拝殿の右手には「八幡宮」が境内社として置かれており、社殿もお見事な造り。

[ 境内社 ]


[ 神楽殿 ]

[ 記念館 ]

[ 社務所 ]
御朱印は社務所にて。
宮司様が色々とお話を聞かせて下さった。
祭り当日ではないものの「龍勢祭」の墨書きを入れてくれたのが何だか嬉しい。

[ 境内風景 ]


[ 境内案内図 ]

[ 案内板 ]

[ 境内から見た龍勢発射台 ]
「あの花」にも出てくる龍勢発射台は、境内から徒歩で10分ほどの距離。

[ 龍勢発射台 ]

祭り当日などは危険なため近寄れないが、それ以外はほぼ下まで行く事ができる。

[ 龍勢祭・あの花コラボポスター ]

秩父を舞台にしたアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。(通称:あの花)」の作品内にて、「龍勢祭」の龍勢(ロケット)が、かなり重要なシーンとして描かれている。
龍勢発射台が登場するだけでなく、過去の「龍勢祭」ではコラボも行われたり、コラボポスターが製作されたりしている。

【Google Maps】


    脚注
  • 当ブログに掲載している情報は筆者が参拝時の情報です。最新のものではない可能性がありますのでご理解下さい。
  • 当ブログ内の古い資料画像は「国立国会図書館デジタルコレクション」の「インターネット公開(保護期間満了)」から使用しています。
  • その他、筆者所有以外に使用した資料画像がある場合は別途引用元を明示しています。
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