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概要
旧下蛇窪村の鎮守の天祖神社
東京都品川区二葉に鎮座する神社。
旧社格は村社で、旧下蛇窪村の鎮守。
古くは春日社として創建、その後、蛇窪村が上蛇窪村と下蛇窪村に分村した際に上蛇窪村鎮守「蛇窪神社(上神明天祖神社)」と下蛇窪村鎮守「下神明天祖神社」(当社)に分社した歴史を持つ。
正式名称は「天祖神社」だが、他との区別から「下神明天祖神社」とさせて頂く。
下神明駅の駅名由来にもなった神社。
神社情報
下神明天祖神社(しもしんめいてんそじんじゃ)
御祭神:天照大御神・応神天皇・天児屋根命
社格等:村社
例大祭:9月中旬
所在地:東京都品川区二葉1-3-24
最寄駅:下神明駅・大井町駅・西大井駅
公式サイト:https://shimo-shinmei.jp/
御由緒
由緒沿革
江戸中期に編纂された幕府官撰地誌『新編武蔵風土記稿』には上下の神明社勧請の年暦は不明とある、御神木であるカヤは樹齢600年を超えており社も室町時代には在ったと想される。同風土記稿中の「正保年中改定図」に下神明の元である下蛇窪の記が始めて見られることから正保元年の前年である1643年に上下の村が分かれたとして昭和五十八年に両社で340年祭が斉行され、以降十年毎に式年大祭が行われている。当社が現御祭神を迎え神明社として鎮座したのは分立時に流布していた伊勢・八幡・春日の三神を祀る三社託宣信仰に依る。現在では区内最大の御神木、最大の狛犬、最長の参道などを有し神社を中心に雅楽の稽古が盛んに行われるなど伝統文化継承にも力を入れている。
明治七年四月二日 無格社より村社に昇格
明治四十二年十二月十二日 無格社稲荷社が境内に併合
昭和四十七年四月八日 現御社殿建立
由緒追記
平成三十一年正月 検証途中ではあるが重要事項と考え追記する
昨年、氏子有志歴史研究会が村や当社の興りについての検証経過を公表。それに依ると十五世紀に藤原秀郷の末裔を頭とする一族が常陸国より遣わされて此の地を開墾。村の東高台に先祖神・天児屋根命を祀る社を建てたとの伝えが子孫の家に残る等、様々な事柄が判明。依って当社の元は春日社で江戸初期に天照大神と応神天皇を迎え神明社となったと考えられる。現在も品川歴史館主導で氏子内旧家に伝わる古文書の調査が進められている。(境内の掲示より)
歴史考察
藤原秀郷の末裔が開墾・春日社として創建
社伝によると、創建年代は不詳。
但し、近年の調査により室町時代(15世紀)に「春日社」として創建されたと推測されている。
室町時代の15世紀、藤原秀郷の末裔を頭とする一族が常陸国(現・茨城県)より移住し当地を開墾。
平安時代中期の貴族・武将。
近江三上山に伝わる百足退治伝説で知られ、また平将門を討った人物と伝わる。
末裔は源氏・平氏と並ぶ武家の棟梁として関東圏を支配する多くの武家を輩出した。
蛇窪村の東高台に先祖神・天児屋根命を祀る社を建立。
これが当社の起源で「春日社」として創建したと見られている。
春日権現・春日大明神とも呼ばれた春日信仰の神の一柱。
中臣氏の祖神であり、中臣鎌足を祖とする藤原氏の氏神として信仰された。
古くは「神明社(天祖神社)」ではなく、「春日社」であった事が最新の調査で判明。
蛇窪村が上下に分村し鎮守も分立・神明社となる
当社とは別に蛇窪村には古くから天照大御神(あまてらすおおみかみ)を祀る「神明社」が鎮座。
村の鎮守として崇敬を集めていた。
正保年間(1644年-1647年)、蛇窪村が上蛇窪村・下蛇窪村に分村。
村の鎮守であった「神明社」が、上蛇窪村鎮守として「蛇窪神社(上神明天祖神社)」、下蛇窪村鎮守として「下神明天祖神社」(当社)に分かれたとされる。
最新の調査から見るに、古くは当地に「春日社」が創建。
村の分村に合わせて、村の鎮守であった「神明社」の神(天照大御神・応神天皇)を古くから当地にあった「春日社」(天児屋根命)に合祀。
以降は「神明社」として下蛇窪村の鎮守となったと推測できる。
新編武蔵風土記稿から見る当社
文政十三年(1830)に成立した『新編武蔵風土記稿』には当社についてこう記されている。
(下蛇窪村)
神明社
除地四畝二十三歩。村の東の方にあり。本社は六尺に九尺。拝殿二間に二間半。村の鎮守なり。勧請の年代をしらず。祭礼九月十六日。東光寺持なり。
下蛇窪村の「神明社」と記されているのが当社。
村の東にあり、下蛇窪村の鎮守である事が記されている。
創建年代は不詳とある。
別当寺は「東光寺」(現・品川区二葉1丁目)であった。
明治以後の歩みと戦後の再建
明治になり神仏分離。
明治七年(1874)、村社に列している。
明治二十二年(1889)、市制町村制施行に伴い、中延村・戸越村・小山村・上蛇窪村・下蛇窪村と谷山村飛地が合併し、平塚村(後の荏原町)が誕生。
当地は平塚村下蛇窪となる。
明治四十二年(1909)、稲荷社が境内に併合。
『新編武蔵風土記稿』に記されていた稲荷社の事で、当時から当社に隣接していた。
明治四十二年(1909)測図の古地図を見ると当時の様子が伝わる。
(今昔マップ on the webより)
赤円で囲ったのが当社で、現在の鎮座地と同じ場所に鎮座しているのが分かる。
明治の地図には「上蛇窪」「下蛇窪」というように、蛇窪の名が残っている。
当地一帯が古くから「蛇窪」と呼ばれ、それが昭和初期までは続いていた。
蛇窪の地名廃止と下神明駅の駅名由来
昭和二年(1927)、現在の大井町線が開業。
現在の「下神明駅」は、開業当時は「戸越駅」という名で開業。
現在の「戸越公園駅」は、昭和二年(1927)の開業時には「蛇窪駅」という名で開業。
昭和十一年(1936)には現在の「戸越公園駅」に改称されたものの、当地が蛇窪として浸透していた事がよく分かるエピソード。
昭和七年(1932)、荏原区が成立する際に、上蛇窪・下蛇窪はそれぞれ上神明町・下神明町へ改称され、当地は下神明町となる。
同年、町会議員が以下のような建議書を提出している。
荏原町大字『上蛇窪』『下蛇窪』と公称せる字名称を改称せんとす。
蛇窪のような都市には相応しくない地名は、蛇を嫌う国民性から不適当のため、東京市に編入される機会に改名を希望する。
結果、町議会によって蛇窪の地名は消滅し町名が変更された。
神明の町名はそれぞれに「天祖神社(旧・神明社)」があったため、縁起のよい名前をつけたという事になるのだろう。
昭和十一年(1936)、旧「戸越駅」が「下神明駅」に改称。
下神明駅は地域の鎮守であった当社に由来して改称された。
当時は下蛇窪を下神明町と改称したばかりで駅名変更もそうした事情による。
上述したように「蛇窪駅」も「戸越公園駅」に改称されたため、現在は蛇窪の地名は残っていない。
戦後の再建・雅楽への力も入れる
昭和四十八年(1973)、社殿を再建。
これが現在の社殿となっている。
その後も境内整備が進み現在に至る。
近年では雅楽へ取り組みに力を入れている。
雅楽道友会の協力を得て社務所などで稽古、更には地域などで雅楽鑑賞会を開催。
2018年6月からは、当社境内にて「神明雅楽」を定期的に開催し好評を博している。
境内案内
四間通り沿いの住宅街に鎮座・長い参道
下神明駅からやや南下した住宅街に鎮座。
社頭は四間通りに面して、大正九年(1920)に建立された一之鳥居。
社号碑には「鎮守天祖神社」の文字。
道路幅員が約4間(7.2メートル)あったところから、地域の人々に四間通りと呼ばれた。
一之鳥居を潜ると比較的長い参道。
参道左脇は月極駐車場として使用されている。
長めの参道を進むと二之鳥居と狛犬が見えてくる。
二之鳥居手前、両脇に狛犬。昭和七年(1932)に奉納された狛犬。
玉持ちと子持ちの狛犬が参道を守る。
参道を進むと二之鳥居。
大正十五年(1926)に建立された鳥居で、この先が神域。
珍しい手押しポンプ式手水舎
二之鳥居を潜って左手に珍しい手水舎。(2023年に新しいポンプに改修済み)
レトロな手押しポンプ式となっているのが面白い。
現役で使用できポンプを押す事で水が出る仕組み。
水盤はよく見ると亀の形。
平成二十七年(2015)までは、通常の手水舎も置かれていたのだが、そちらは撤去されて、以前より併設されていた手押しポンプ式の手水舎が整備された。
江戸時代の石灯籠・品川区内最大の大きな狛犬
参道途中に一対の石灯籠。
嘉永六年(1853)に奉納されたもの。
同年はペリー率いる黒船来航があった年で、当時の石燈籠が現存。
社殿の前には二対の大きな狛犬。
品川区内最大の狛犬で、昭和八年(1933)に奉納されたもの。立派な狛犬で氏子からの崇敬の篤さを感じさせてくれる。
造形としては岡崎現代型となるが阿吽共に良い表情。
戦後に再建された神明造の社殿
参道の正面に拝殿。
社殿は昭和四十八年(1973)に再建されたもの。
神明社らしい神明造りの社殿。
鉄筋コンクリート造によって再建。
綺麗に維持されている。
拝殿前は季節や神事に応じて整備。
上画像は2017年6月参拝時のもので、夏越大祓に向けて茅の輪の設置準備中。
上画像は2018年1月参拝時のもので、正月期間には門松なども用意。
境内社の小市郎稲荷社
社殿の左手に境内社の小市郎稲荷社。
明治四十二年(1909)に当社境内に遷座された稲荷社。
平成三十年(2018)の研究によって、古くは村を開墾した名主の屋敷神であった事が判明。
元の鎮座地は名主屋敷の巽(南東)にあたる立会川緑(現・二葉2-4付近)に祀られていたと云う。
慶応三年(1867)に「厳正寺」跡地(現・二葉2-1付近)に遷座し、明治四十二年(1909)に当社境内に遷された。
元の鎮座地である立会川緑(現・二葉2-4付近)には、現在も鳥居と小祠が残されている。
「村始まり稲荷社前旧跡にして寛文八戊申年旱魃の節雨を祈りしに其跡あり、此辺を西耕地といへども里俗に小市郎乃田場と唱えたり」と記されている。
樹齢600年以上の御神木・斎田など
小市郎稲荷社の右手には斎田が整備。
穀物・食物の神であるお稲荷様の隣に小さいながらも斎田が用意されているのが素晴らしい。
収穫した稲穂は例大祭の神饌として本社や稲荷社に献上される。
小市郎稲荷社の手前には石碑。
以前は社殿右手奥の置かれていたものだが2022年にこちらに移された。
境内左手には御神木である榧(かや)の大木。
榧としては品川区内最大の大きさだと云う。
樹齢は600年以上とも推定され、品川区保存樹・第三号に指定されている。
御朱印・復刻御朱印・限定御朱印など
現在は通常御朱印が2種類。
「下神明天祖神社」のものと境内社「小市郎稲荷社」の2種類。
令和元年(2019)には令和奉祝で「復刻御朱印」を授与。
左が現御朱印(2018年拝受)で、右が昭和から平成の初めまで使われていた印を使用した復刻御朱印(2019年拝受)。
2020年の正月には特別御朱印を授与。
左がお正月特別御朱印で、縁起の良い意匠となっている。(右は後述する神明雅楽特別御朱印)
例大祭などの祭事に応じて御朱印も用意。
右が2020年の例大祭御朱印で「疫病退散」の文字、左は境内社「小市郎稲荷社」の月替り御朱印。
2020年10月17日・18日には「えんむすび縁日」を開催。(以後毎年開催)
10月中に頂けた「結御朱印」で、当日は露店なども出て賑わった。
2021年に頂いたお正月特別御朱印と小市郎稲荷社の御朱印。
小市郎稲荷社は2021年より御朱印をリニューアルしている。
御朱印を頂いた際に可愛らしい福之神像を下さり有り難い。
2021年4月には桜に合わせた御朱印も。
右が八重桜と御衣黄の御朱印。
八重桜と御衣黄は共に二之鳥居の左右に綺麗に咲く。
貴族の衣服の萌黄色に近い桜と云う由来の御衣黄(ぎょいこう)。
2021年6月に頂いた夏越大祓の御朱印。
大祓の文字と形代。
2021年10月中に頂けた「結御朱印」。(以後毎年10月に授与)
昨年の結御朱印とはデザインが違い、境内・宮司さん・神明雅楽・ロードバイクなど当社らしい素敵なデザインとなっている。
2021年11月には近くの焼き菓子屋「Lily queue(リリークゥ)」とのコラボ御朱印を授与。
右がその御朱印で緑系の勾玉が押印。
「Lily queue」では限定で勾玉クッキーの販売。
地元出身の店主が切り盛りしているお店で、小さい頃から当社の巫女舞など巫女をやられていた方。
小市郎稲荷社・稲の成長御朱印・稲の御守
小市郎稲荷社の横には斎田。
毎年この斎田の稲の成長に合わせた御朱印を授与。(画像は5月の様子)
こちらは9月の抜穂祭直前の様子。
5月-9月までの5ヶ月分の全ての稲の成長御朱印を頂くと収穫した稲穂を入れた御守を頂ける。
2022年より開始で2023年も実施。
こちらが稲の成長御朱印。
5ヶ月連続でこの御朱印を受けた人には斎田の稲穂を納めた御守が授与。
左が6月の稲の成長御朱印で印は成長の文字。
左が7月の稲の成長御朱印で印は分けつの文字。
8月の稲の成長印は出穂・開花。
9月は抜穂祭が行われ成長印も抜穂祭。
5ヶ月分の全ての御朱印を頂いた人のみ頂ける稲の御守。
金運招来・一粒万倍の祈念。
その年の斎田で収穫した稲穂を納めた特別な御守。
2023年限定例大祭御朱印・2024年お正月御朱印
2023年の例大祭(9月16日・17日)は社名制定380年記念の例大祭。
例大祭を記念して特別な限定御朱印を授与。
かつて「春日社」として創建した事を偲ぶ神鹿の御朱印。
重要文化財の『春日鹿曼荼羅図』をモチーフにした素敵な図案で箔押し豪華仕様。
2024年1月にはお正月特別御朱印を授与。
金の箔押し御朱印で宝船と初夢文化を表す和歌入り。
震災復興や苕野神社(浪江町)再建のための御朱印
2016年9月1日より2016年内まで「熊本地震復興祈願御朱印」の授与。
2016年4月14日に発生した熊本地震からの復興のために初穂料は全て義捐金として送金。
年明けに全額熊本へ送金された。(2016年末で受付終了)
2021年3月11日には東日本大震災から10年にあたり「東日本大震災復興祈願並に感染症収束祈願祭」を斎行。
黙祷や式典が行われ雅楽が奉納された。
同日より「苕野神社(くさのじんじゃ)」(福島県双葉郡浪江町請戸)の御朱印授与を開始。
東日本大震災の津波で社殿が流され原発事故によって全町避難となった「苕野神社」と浪江町。
社殿の再建が決定し交流のある下神明天祖神社の社務所に1年間御神札を祀る事に。
こうした経緯で御朱印を授与する運びに。
初穂料は全て再建のための奉賛となった。
福島県双葉郡浪江町に鎮座する神社。
延喜式内社の古社で、旧社格は県社。
通称「あんばさま」こと「大杉神社」(茨城県稲敷市)と関係が深く「安波祭(あんばまつり)」と呼ばれる神事があり田植えおどりなどが行われる。
2011年3月11日に発生した東日本大震災によって社殿が流され、地域一帯も多大な被害を受けただけでなく、福島第一原発事故によって全町避難がされ警戒区域に指定された。
雅楽をデザインしたオリジナル御朱印帳
2018年元日よりオリジナルの御朱印帳の頒布も開始。(現在こちらは頒布終了で新しい御朱印帳を頒布中)
朱色に白色と、黒色に金色の2種類。
表面に狛犬・神楽鈴・鳥居など、裏面には雅楽器と当社らしいデザイン。
2020年夏より新御朱印帳の頒布が開始。
上述の御朱印帳を大サイズにして色味を少し変更したものとなっている。
境内で開催される神明雅楽・記念御朱印も用意
2018年6月より境内で雅楽演奏が行われる「神明雅楽」を開催。
雅楽道友会によって定期的に開催、拝観は無料。
以下、2018年7月22日に開催された「第2回 神明雅楽 文月」の様子。
開始2時間程前に参拝した際は、関係者や地域の方によって着々と準備が進められていた。
当日の演目は「振鉾」「北庭楽」「還城楽」。
宮司による簡単な説明が行われる。
振鉾(えんぶ)。
北庭楽(ほくていらく)。
還城楽(げんじょうらく)・右方舞。
各演目の説明が載ったチラシも頒布されているため、初心者でも楽しみやすい。
神明雅楽に合わせて神明雅楽記念御朱印も用意。
2018年7月の神明雅楽御朱印。
令和元年(2019)の神明雅楽記念御朱印のデザイン。(色や意匠は月によって変更)
左が令和三年(2021)の神明雅楽御朱印(卯月)。
2023年7月に頂いた新しいデザインの神明雅楽御朱印。
2023年11月に頂いた神明雅楽御朱印。
2024年3月に頂いた神明雅楽御朱印。
サイクリストからも人気の一社「ツール・ド・御朱印」
境内の幾つかの箇所にはサイクルラックを設置。
当地氏子地域のみならず各地域への盛り上げに一役買っている。
当社は「ツール・ド・御朱印」に参加(主導)。
サイクリスト向けの企画として楽しまれている。
関東圏内の神社10社を自転車で巡る「ツール・ド・御朱印」。
サイクリスト向けの御朱印企画。
2018年9月1日より関東圏内10の神社でサイクリスト向け御朱印帳を頒布。
詳細は「ツール・ド・御朱印」の公式X(Twitter)にて。
所感
旧下蛇窪村の鎮守だった当社。
近年の研究で古くは「春日社」であったと見られており、その後、蛇窪村の分村と共に「神明社」となったと思われ、その「神明社」は「蛇窪神社(上神明天祖神社)」と同一の神社であり、村の分村と共に分立した歴史をもつ。
「蛇窪神社(上神明天祖神社)」は蛇窪大明神を称し、カラフルな御朱印や限定御朱印、さらには蛇窪の旧地名と白蛇縁起によって地域ぐるみで盛り上げようという意気込みを感じ、一部の参拝者からも人気の高い神社となっているのだが、こちらは実直に鎮守として地域からの崇敬を集めている印象。
その中でも境内整備が行われ、手押しポンプ式の手水舎や案内立て札が各所に立ったりと、色々な努力も窺えるし、長い参道や大きな狛犬、斎田など見どころも多い。
「神明雅楽」や「自転車大祓」など、雅楽や自転車への力の入れ方で、神社の個性も強まっていて、こうした積極的な活動も素晴らしいものだと思う。
地域からの崇敬を集める素晴らしい鎮守である。
御朱印画像一覧・御朱印情報
御朱印
初穂料:500円・800円(一部限定)
社務所にて。
※境内社「小市郎稲荷社」の御朱印も頂ける。
※サイクリスト向け「ツール・ド・御朱印」あり。
※2018年6月より「神明雅楽」が開催、開催に合わせて神明雅楽記念御朱印を授与。
※以前は御朱印の初穂料は志納だったが現在は500円に変更。
御朱印帳
新御朱印帳
初穂料:2,000円(御朱印代込)
社務所にて。
令和二年(2020)夏より頒布になった新しい御朱印帳。
旧御朱印帳を大サイズにして赤の色が濃くなっている。
表面に狛犬・神楽鈴・鳥居など、裏面には雅楽器と当社らしいデザイン。
旧御朱印帳
初穂料:1,500円(御朱印代込)
社務所にて。
平成三十年(2018)元日よりオリジナル御朱印帳の頒布を開始。
朱色に白色と、黒色に金色の2種類。
表面に狛犬・神楽鈴・鳥居など、裏面には雅楽器。
授与品・頒布品
稲の御守
初穂料:─
社務所にて。
5月-9月(2022年・2023年開催)まで5ヶ月分の小市郎稲荷御朱印(稲の成長)をお受けした人のみ頂ける。
その年の斎田で収穫した稲穂を入れ記念した特別な御守。
御福銭
初穂料:─
社務所にて。
2022年2月に御朱印を頂いた際に下さった御福銭。
福之神像
初穂料:─
社務所にて。
2021年正月に御朱印を頂いた際に下さった福之神像。
書写体験
初穂料:─
社務所にて。
2019年5月1日-5月末までの書写体験をさせて頂いたもの。
参拝情報
参拝日:2024/12/16(御朱印拝受)
参拝日:2024/09/06(御朱印拝受)
参拝日:2024/07/29(御朱印拝受)
参拝日:2024/06/19(御朱印拝受)
参拝日:2024/03/16(御朱印拝受)
参拝日:2024/01/14(御朱印拝受)
参拝日:2023/11/14(御朱印拝受)
参拝日:2023/10/24(御朱印拝受)
参拝日:2023/09/05(御朱印拝受)
参拝日:2023/08/28(御朱印拝受)
参拝日:2023/07/20(御朱印拝受)
参拝日:2023/06/18(御朱印拝受)
参拝日:2023/05/14(御朱印拝受)
参拝日:2023/01/11(御朱印拝受)
参拝日:2022/11/26(御朱印拝受)
参拝日:2022/10/13(御朱印拝受)
参拝日:2022/09/13(御朱印拝受)
参拝日:2022/08/18(御朱印拝受)
参拝日:2022/07/09(御朱印拝受)
参拝日:2022/06/03(御朱印拝受)
参拝日:2022/05/09(御朱印拝受)
参拝日:2022/04/08(御朱印拝受)
参拝日:2022/02/21(御朱印拝受)
参拝日:2021/12/21(御朱印拝受)
参拝日:2021/11/26(御朱印拝受)
参拝日:2021/10/02(御朱印拝受)
参拝日:2021/09/06(御朱印拝受)
参拝日:2021/06/22(御朱印拝受)
参拝日:2021/04/01(御朱印拝受)
参拝日:2021/03/11(御朱印拝受)
参拝日:2021/01/18(御朱印拝受)
参拝日:2020/12/15(御朱印拝受)
参拝日:2020/11/04(御朱印拝受)
参拝日:2020/10/18(御朱印拝受)
参拝日:2020/09/21(御朱印拝受)
参拝日:2020/01/24(御朱印拝受)
参拝日:2019/11/24(御朱印拝受)
参拝日:2019/09/02(御朱印拝受)
参拝日:2019/05/07(御朱印拝受/ブログ内画像撮影)
参拝日:2018/07/25(御朱印拝受/ブログ内画像撮影)
参拝日:2018/01/05(御朱印拝受/御朱印帳拝受)
参拝日:2017/06/26(御朱印拝受)
参拝日:2016/09/06(御朱印拝受)
参拝日:2015/07/23(御朱印拝受)
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