三嶋大社 / 静岡県三島市

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神社情報

三嶋大社(みしまたいしゃ)

御祭神:三嶋大明神(大山祇命・積羽八重事代主神)
社格等:伊豆国一之宮・伊豆国総社・延喜式内社(名神大社)・官幣大社・別表神社
例大祭:8月16日
所在地:静岡県三島市大宮町2-1-5
最寄駅:三島駅・三島田町駅
公式サイト:http://www.mishimataisha.or.jp/

御由緒

 御創建の時は不明であるが、古くより三島の地に御鎮座し、三嶋大明神と称せられ、富士火山帯の根元の神、伊豆の国魂の神、国土開発の神としての信仰は古く、天武天皇十三年[日本書紀]淳和天皇天長九年[釋日本紀]仁明天皇承和七年[續日本後紀]宇多天皇仁和三年[扶桑略紀]等に大明神の造島の事が見え、仁明天皇嘉祥三年[文徳実録]以下、その位階は累進し、延喜の制においては名神大社に列し、月次、新嘗の官幣に預り、祭料稲二千束を寄せられた。
 中世以降、武士の崇敬極めて篤く、殊に永暦元年伊豆に流された源頼朝は深く當社を崇敬し、雌伏二十年、治承四年八月十七日、當社御例祭の夜、御神助を得て、山木判官平兼隆を討ち、旗挙に成功し、神領を寄せ益々崇敬するところとなり、以来武門武将の尊崇篤くこれらの奉納品多数を所蔵している。又、東海道に面し、下田街道の起点に位する交通の要衝に当り、三嶋大明神の称は広く天下に広まって行った。
 尚明治4年には社格が制定され、官幣大社に列せられた。(頒布のリーフレットより)

参拝情報

参拝日:2016/04/19

御朱印

初穂料:300円
客殿にて。

御朱印

御朱印帳

初穂料:1,000円
客殿にて。

青色無地のシンプルなもの。
社名も入っておらずオリジナルではなく、汎用の御朱印帳と思われる。

※筆者はお受けしていないので情報のみ掲載。

授与品・頒布品

交通安全ステッカー
初穂料:500円
授与所にて。

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歴史考察

伊豆国一之宮・総社

静岡県三島市大宮町にある神社。
古代の社格では延喜式内社の名神大社、そして伊豆国の一之宮であり総社も兼ねたとされている。
旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。
古くから現在まで、格式の高さと規模を維持している。

伊豆諸島の神・創建場所の推測

社伝によると、創建時期は不明。
古くより三島の地に鎮座し「三嶋大明神」と称されたとある。

当社の創建場所については中々謎に満ちている。
太古より当地に鎮座しているという説もあれば、古くは別の場所(伊豆諸島)にあり、後に当地に遷座したという説もあり、かなり興味深い。
筆者としては、古くは別の場所にあり後に遷座したという説を推したい。

当社は平安時代中期に編纂された『延喜式神名帳』に名神大社と記されている。
そこには所在地として「伊豆国賀茂郡」の文字があり、これは現在の伊豆半島南部もしくは伊豆諸島に該当する。

そのため、古くは伊豆諸島にあったと見る事ができるのではないだろうか。
当社の御祭神である三嶋大明神は、伊豆諸島の開拓神である。
伊豆諸島の開拓、さらには伊豆諸島で度々発生した噴火を畏れた人々より、古くから崇敬されたとされており、伊豆諸島で創建したという説は有力に思う。

その後、何度かの遷座を経て、現在地(ここには伊豆国府があった)へ鎮座したものと思われる。
静岡県下田市の伊豆半島先端にある「伊古奈比咩命神社(通称:白濱神社)」は、当社と繋がりが深いとされていて、伊豆諸島から、まずは白浜の地に、そしてさらに現在地に遷座したと見る事もできる。
伊豆諸島、伊豆半島先端部、国府のあった三島へと、三嶋大明神が遷座してきたというのは自然な事ではないだろうか。

なお、鎌倉時代の歴史書である『吾妻鏡』では、治承四年(1180)には、当地に鎮座している事が分かり、それ以前には当社が現在地に鎮座していた事が確認できる。

社名から見る三嶋・三島

現在の社名は「三嶋大社」。
戦前は「三島大社」を称しており、歴史的に見るとどちらも使われている。

この「みしま」の呼称は、伊豆諸島に対する尊称「御島(みしま)」に由来する。

伊豆諸島=みしま=御島=三嶋・三島。
すなわち伊豆諸島の神をお祀りした大社という事ができるだろう。
当社の御祭神である三嶋大明神も御島神、すなわち伊豆諸島の神を意味すると思われる。

現在の鎮座地を見てみると、三島市大宮町に鎮座している。
当社がある事から当地も「三島」と呼ばれるようになり、当社がある事から大いなる宮がある大宮町になったのは、想像に難くない。
但し、当地が三島と呼ばれるようになったのは、十三世紀末頃とされている。

それまでは当社は「国府(こう)」と呼ばれていた。(さらに古くは田方郡)
上述もしたように、当地には伊豆国の国府があった事からその地名が付けられている。
その後、国府に三嶋大明神がお祀りされた事で、当地も三島と呼ばれる事になったのだろう。
この事からも、やはり当社が後にこの地へ遷座してきたと推測できるのではないだろうか。

古代の史料に残る古社

古代の史料には当社の名が多く残っている。
初見としては天平宝字二年(758)で「伊豆三島神」の文字が見える。
その他、神話としても多く残っており、三嶋神も神階を授けられている。

その中でも最も有名なのが、延長五年(927)成立の『延喜式神名帳』だろう。
これに記載された神社を式内社(延喜式内社)といい、当社は名神大社に列している。
さらに月次祭・新嘗祭で幣帛に預かった旨が記載されている。
この時の所在地が上述の通り、現在地と違うため、伊豆諸島にあったのではないかと推測できる。

いずれにせよ、伊豆諸島の神をお祀りした、伊豆国の土着の神であったのだろう。

中世には、伊豆国の一之宮と位置づけられる。
さらに当地には国府があったため、当社は伊豆国の総社も兼ねていたとされる。
この頃には神階も正一位と最高位となっていたようだ。

源頼朝・鎌倉幕府からの篤い崇敬

当社を篤く崇敬した代表人物に源頼朝がいる。

伊豆国に流され流人の生活を送っていた頼朝だが、治承四年(1180)に挙兵。
安達盛長を使者として、縁故のある坂東の各豪族に挙兵の協力を呼びかけた。
その挙兵直前に、安達盛長に対して当社への奉幣を命じている。
その後、伊豆国目代・山木兼隆を討ち取り、伊豆を制圧している。

このように当社への戦勝祈願を行った頼朝。
この他にも何度も頼朝の命で戦勝祈願。奉幣をしており、神領の寄進も行っている。
文治四年(1188)正月には自ら参詣したとも伝えられている。

なお、当社には現在も頼朝と妻の北条政子が座ったと伝わる腰掛石が置かれている。
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平氏追討、義経追放などを行い、頼朝による鎌倉幕府が成立。
鎌倉幕府は、源氏の氏神であり頼朝が建立した「鶴岡八幡宮」、頼朝と縁が深く二所権現と呼ばれた「伊豆山神社」「箱根神社」と並んで、「三嶋大社」を信仰している。
頼朝以後も、鎌倉幕府将軍は代々当社に参詣しており、当社がいかに頼朝、そして鎌倉幕府に崇敬され庇護
されたかが分かるだろう。

時代の有力者達からの崇敬

南北朝時代に入ると頼朝にあやかり、当社での戦勝祈願が増えるようになる。
室町幕府からも篤い崇敬を受け、社領の寄進が行われている。

戦国時代には、当地周辺を治めた後北条氏(小田原北条氏)から庇護される。
社殿の造営も度々行った記録が残っている。
しかしながら、三島の地が戦いの最前線になる事も多く、当社も度々兵火に遭っている。
その度に後北条氏による再建が行われた。

文禄三年(1594)、徳川家康により社領330石を寄進。
江戸幕府が開かれると、慶長九年(1604)には更に200石を加増。
合計530石も有しており、徳川家光による社殿造営など江戸幕府からも崇敬され、大社としての格式を維持していた事が分かる。

交通の要衝による発展

東海道に面し、下田街道の起点に位置する三島の地。
箱根越をした時にも立ち寄るため、まさに交通の要衝であった。

これは、鎌倉幕府の将軍や御家人は東海道を通る際、これまで一般的であった足柄越ではなく、箱根越を利用したため、箱根路が非常に利用されるようになった背景がある。
これも当社や箱根を崇敬した頼朝によるものだと思われる。

こうして交通の要衝となった当社には、数多くの旅人が参詣されるようになり、さらに多くの崇敬を集める事となったのは当然の事であろう。
東海道を描いた作品には必ずといってよいほど、当社の事が記されている。
特に当社の鳥居前は東海道をテーマにしたいくつもの浮世絵の題材となっている。

特に有名なのが歌川広重による「東海道五拾三次」。

0180d4a6(歌川広重・東海道五拾三次)

歌川広重の代表作でもある『東海道五拾三次』の保永堂版では「三島 朝霧」として描かれている。
早朝の朝霧の中、箱根峠目指して出発する旅人の姿が描かれており、その背景にあるのが当社の鳥居。
正に東海道に面して鎮座していた事が分かる。

3f2965ec(二代歌川広重・末広五十三次)

こちらは『末広五十三次』というシリーズから「三島」を描いたもの。
数名の作者によるものなのだが、「三島」を描いたのは二代目歌川広重。
画面右隅に当社の鳥居があり、中央に銃を持った兵隊の列、その後ろに騎乗した武士の姿が見える。
幕末の時期からおそらく幕府による長州征伐を描いたものではないだろうか。
鳥居の位置から軍列が東から西へ移動している事からも、その様子が伺える。

明治になり官幣大社へ

明治になり神仏分離。
明治四年(1871)、官幣大社に列する。
「三嶋大明神」と呼ばれていた当社は、「三島神社」と称した。

戦後になり現在の「三嶋大社」に改称。
現在は神社本庁の別表神社となっている。

旧東海道前の鳥居・美しい神池

大鳥居は上述のように江戸時代の浮世絵などで描かれる事が多かった。
16a57b88 この鳥居前が旧東海道であり交通の要衝であった。

境内に入ると参道左右に神池がある。
65d37a16 古くから神池があったとされ、かつては源頼朝が放生会を行ったと伝わる。
この神池に鎮座するのが「厳島神社」。
9e09f728 北条政子による勧請とされている。

参道を進むと総門が待ち構える。
b83bbe22 建設中に伊豆震災に遭ったというが、昭和六年(1931)に竣工。

なお、江戸時代に造られた旧総門は芸能殿の一部として使用されている。
7ded9ca2 こちらが参道右手にある芸能殿で、旧総門の一部を使用している。

総門の先を行くと神門が見えてくる。
1355e28b 慶応三年(1867)造営の総欅造によるものが現存。
三島市指定文化財に指定されている。

重要文化財の社殿

神門を入ると社殿の手前には舞殿が置かれている。
ea5ac33a舞を奉納するための建物で、現在は神事の奉納なども行われている。
慶応二年(1866)の再建で、昭和五年(1930)の伊豆震災の後に一部改修が行われた。
こちらも三島市指定文化財。

舞殿の奥には大社らしい立派な社殿が鎮座。0d4ecf94旧社殿は嘉永七年(1854)の東海地震で被災したため、慶応二年(1866)にこの社殿が再建された。
本殿・幣殿・拝殿といずれも総欅造りでとても素晴らしい造り。
6de72937 国の重要文化財に指定されている。
重厚感のある社殿は実に見事で、これぞ一之宮、大社といった格式を感じさせてくれる。

神門をくぐってすぐ右手には国の天然記念物に指定されている金木犀。1efa302a樹齢は1200年以上との事で、現在もっとも古く大きな金木犀との事。

境内社は上述の厳島神社の他、色々とお祀りされている。
境内左には、若宮神社、三見目神社、その横に大楠社、天神社、聖神社、 第三社、幸神社が並ぶ。
境内右には、小楠社、第二社、 酒神社、飯神社、船寄社。
鹿園側には護国の英霊をお祀りする伊豆魂神社。

社殿の右側には神鹿園。
23e7d868鹿の餌も売っており直接与える事も可能。

他にも多くの石などが置かれている。
中には、取り除こうとする度にたたりが起きたという、祟り石といったものまで。
0c4e6fe5 実に見処が豊富である。

名物・福太郎餅

神池の右手には福太郎茶屋という土産&茶屋がある。
こちらの福太郎餅は名物。
1171fbaf こしあんで包んだ草餅で、小さな餅2個にお茶とセットで200円。
足休めにぴったりなのでオススメ。

近くには宝物館もある。
一般は500円で、北条政子が奉納したとされる国宝の梅蒔絵手箱をはじめ、数々の重要文化財が保存されている。
梅蒔絵手箱は、奉納当時の材料と技法によって制作した完全な模造品を展示している。

御朱印は境内左にある客殿にて。
a98ea743 案内の看板がいくつか立っているので分かりやすいだろう。
御朱印帳も頒布していたが汎用のものと思われる。

所感

伊豆国の一之宮であり総社も兼ねていた当社。
伊豆国の中でとても重要な存在であり、古くから崇敬を集めてきたのが伝わる境内。
現在はかつて程の広大な社地ではないものの、それでも大社としての格式を感じさせてくれる。
特に重圧感のある総欅造の社殿は見事でとても素晴らしい。
伊豆諸島の神をお祀りし、創建場所などの考察も大変興味をそそられる。
周辺の歴史を感じさせてくれる良社である。

神社画像

[ 大鳥居・社号碑 ]
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[ 参道 ]
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c9292afe
[ 総門 ]
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b83bbe22
[ 参道 ]
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[ 手水舎 ]
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[ 神門 ]
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[ 舞殿 ]
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[ 拝殿 ]
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[ 本殿 ]
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[ 見目神社 ]
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[ 若宮神社 ]
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[ 境内社 ]
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[ 授与所 ]
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[ 金木犀 ]
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[ 客殿 ]
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[ 社務所 ]
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[ 腰掛石 ]
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[ 芸能殿 ]
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[ 厳島神社 ]
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9e09f728
[ 神池 ]
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[ 矢田部盛治の像 ]
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[ たたり石 ]
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[ 歌碑 ]
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[ 相生松 ]
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[ 伊豆魂神社 ]
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[ 芭蕉句碑 ]
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[ 神鹿園 ]
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23e7d868
[ 宝物館 ]
88580330
[ 大社のよりどころ ]
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[ 福太郎茶屋 ]
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[ 福太郎餅 ]
1171fbaf
[ 石碑 ]
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[ 案内板 ]
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