大曽根八幡神社 / 埼玉県八潮市

神社情報

大曽根八幡神社(おおそねはちまんじんじゃ)

御祭神:誉田別命(第十五代応神天皇)
社格等:村社
例大祭:10月15日(3年に1度神輿渡御)
所在地:埼玉県八潮市大曽根21-1
最寄駅:八潮駅
公式サイト:─

御由緒

 抑、当社は、文亀二年(1502)に勧請されたが、一説には後三年役に源義光が兄源義家援軍のため、寛治元年(1087)に花俣郷から綾瀬川を渡河し大曽根の地を経て東国に赴いた頃より、八幡神を奉斎されたとも伝える。
 誉田別命を御祭神とし境内社に稲荷神社・天神社・古峯神社を祭祀する。寛文十年(1670)十一月十五日に大曽根村の領主旗本森川摂津守重房公より三石の黒印状が発給され、森川家の氏神社となる。延宝二年(1674)に重房公は、荒廃した御社殿を再興し、以来森川領六千石の総鎮守とされ元禄十五年(1702)新たに二石が加増され、都合五反歩の社領を有した。森川家の毎年の正五九の御神札は八幡神社から届けられ、祭礼の祈りには森川家から代参者が遣わされ祭典が執り行われた。
 御社前の第二の鳥居は、宝暦十一年(1761)に浅田政臣が奉納、天保十五年(1844)に森川俊朝が第一の鳥居を奉納、文化六年(1809)に総氏子らが第三の鳥居を奉納した。これらの鳥居は、安政二年(1855)の地震の時に倒壊し、安政五年に再建された。
 明治四年(1871)に大曽根村の村社に指定され、同二十二年(1889)に八幡村の村社となり、同二十八年(1895)に本殿・拝殿を改築し現在に至る。(頒布の用紙より)

参拝情報

参拝日:2017/10/24

御朱印

初穂料:300円
社務所にて。

授与品・頒布品

魔除けの赤い紐
初穂料:─
社務所にて。

※御朱印を頂いた際に授与して下さった。


歴史考察

大曽根一帯の総鎮守・彫刻が見事な神社

埼玉県八潮市大曽根に鎮座する神社。
旧社格は村社で、旧大曽根村の鎮守で、後に旧八幡村の総鎮守。
江戸時代には、当地の領主・森川家から崇敬を受け、森川領六千石の総鎮守とされた。
明治に再建された社殿が現存しており、大変見事な彫刻が残されている。
10月15日の例大祭では3年に1度、神輿渡御が行われる。

室町時代に八幡神を勧請して創建

社伝によると、文亀二年(1502)に創建と伝わる。
大曽根村の鎮守として崇敬を集めた。

江戸時代の地誌を見ると、以下のように記してある。

土人の口碑に、昔は末社の稲荷を以て鎮守とせしが、元亀二年甲冑せし八幡の像を勧請して鎮守とせり。(新編武蔵風土記稿)

古くは当地の鎮守として境内社である「稲荷社」が鎮座。
文亀二年(1502)に甲胃の八幡像を祀り鎮守の「八幡社」となったとある。
この事から、古くは現在も残る境内社の稲荷社を本社とし、後に八幡信仰の神社となった事が伺える。

別説として、寛治元年(1087)、後三年の役の際に、源義光(新羅三郎)が兄である源義家(八幡太郎)を助けるために、花俣郷から綾瀬川を渡り大曽根の地を経て東国に赴いた頃より、八幡神を勧請したとも伝えられている。

領主森川家からの崇敬・森川領六千石の総鎮守となる

寛文十年(1670)、大曽根村の領主であり旗本の森川摂津守重房より三石の黒印地を賜る。
以後、森川家の氏神社として崇敬を集めた。

黒印地(こくいんち)とは、大名や旗本が寺社などに黒印状(こくいんじょう)を発行し領地を安堵した土地。

延宝二年(1674)、重房は荒廃していた当社の社殿を再興。
新たに束帯の八幡像を祀り、古い御神体は別当寺「福壽院」に遷した。
以後、森川領六千石の総鎮守とした。

元禄十五年(1702)、新たに二石の黒印地が加増。

森川家には毎年「正五九」になると八幡神社から神札が届けられ、祭礼になると森川家から代参者が遣わされたと云い、当地の鎮守として森川家の氏神として崇敬された。

正五九(しょうごく)とは、三斎月とも呼び、古来より参拝や祈祷などが盛んに行われてきた月。

新編武蔵風土記稿から見る当社

文化・文政期(1804年-1829年)に編纂された『新編武蔵風土記稿』には当社についてこう書かれている。

(大曽根村)
八幡社
村の鎮守なり。福壽院持。土人の口碑に、昔は末社の稲荷を以て鎮守とせしが元亀二年甲冑せし八幡の像を勧請して鎮守とせり。其後延宝二年地頭森川摂津守重房、新たに束帯の八幡を勧請して元の像は福壽院に安ずといふ。
末社。稲荷。天神。

大曽根村の「八幡社」として記されているのが当社。
大曽根村の鎮守であった事が記してあり、別当寺は現在も程近い「福壽院」であった。

上述したように、古くは当地の鎮守として境内末社「稲荷社」を祀っていたものの、文亀二年(1502)に甲胃の八幡像を祀り鎮守の「八幡社」となった事や、領主の森川家からの崇敬などが記してある。

末社は稲荷社と天神社で、稲荷社は元々当地の産土神であったと推測される。

明治維新後の歩み・見事な社殿が造営

明治になり神仏分離。
明治四年(1871)、大曽根村の鎮守として村社に列した。

明治二十二年(1889)、市町村制施行に伴い、大曽根村・上馬場村・中馬場村・大原村・浮塚村・西袋村・柳之宮村・南後谷村が合併し、南埼玉郡八幡村が成立。
当社は八幡村の鎮守となる。

八幡村の村名は鎮守となった当社が由来と思われる。

明治二十八年(1895)、現在の社殿を造営。
拝殿・本殿共に現存しており、大変細かい彫刻からも、氏子崇敬者からの篤い崇敬を伺える。

明治四十二年(1909)測図の古地図を見ると当時の様子が伝わる。

今昔マップ on the webより)

赤円で囲った箇所が当社の鎮座地で、今も昔も変わらない。
八幡村の文字と、当地周辺の大曽根の地名も見る事ができる。
周辺は街道にそって町屋も見られるが多くは田畑の農村地帯であった。
当社は、8つの村が合併した八幡村という広い地域の総鎮守として崇敬を集めた。

昭和三十一年(1956)、八幡村・潮止村・八条村の一部が合併し南埼玉郡八潮村が成立。
これが後に八潮市となり、当社は旧八幡村エリアの鎮守として現在に至る。

現在は八潮市民より募った観光協会選定の「八潮八景」に当社が選定。
市民の憩いの森として親しまれている。

境内案内

参道に立つ安政五年に再建された3つの鳥居

最寄駅は八潮駅からは徒歩20分程の距離。
参道は県道102号線に面しており、県道沿いに一之鳥居が立つ。

一之鳥居の撮影を失念しており画像がなくて申し訳ない。

参道を東に進むと途中で北上。
住宅街の中の参道を真っ直ぐ進むと、二之鳥居。
その先に、三之鳥居となる。
三之鳥居には「八幡宮」の扁額。
これら一之鳥居から三之鳥居までの三基の鳥居は、全て安政五年(1858)に再建されたものが現存。
安政二年(1855)の「安政の大地震」で倒壊したと云うが、安政五年(1858)に再建された。

安政の大地震で倒壊前の鳥居は、宝暦十一年(1761)に浅田政臣が奉納した二之鳥居、天保十五年(1844)に森川俊朝が奉納した一之鳥居、文化六年(1809)に総氏子らが奉納した三之鳥居があったと云う。

参道の途中、左手に手水舎。
しっかり水が張られ綺麗に管理されている。

圧巻の彫刻が見事な明治造営の社殿

その先に石段があり石段の上に社殿。
明治二十八年(1895)に再建された社殿が現存。
実に細かい彫刻が彫られている。
各所に施された彫刻は、常州北方・後藤一重の作と云う。
彫物で囲まれたかのような社殿は実に見事で、その題材も様々。
八幡太郎義家父子等の武将の活躍や神話など様々な題材を彫り込む。

本殿は総欅一間社流れ造り。
向拝正面を唐破風、上部を千鳥破風で、こちらにも細かく見事な彫物。
こうした細かい意匠からも当社への気持ちが伝わる。
村社格で此処まで見事な彫刻を有している神社はそう多くなく、氏子崇敬者による崇敬の賜物であり「彫刻のお社」とでも云う事ができる見事さ。

江戸中期の狛犬・境内社の稲荷社など

社殿の前には一対の狛犬。
ユニークな表情をした阿吽の狛犬。
寛政十年(1798)の文字が残り、大変古いものが現存。

境内社は参道の左右に置かれ、左手に置かれているのは稲荷社。
鳥居があり、その先に小さな社。
当地に八幡神が勧請されるまでは、この稲荷社が鎮守であったと云い、当地の産土神とも云える。

参道の右手には天神社と古峯社の合殿。
『新編武蔵風土記稿』にも末社として天神社が記載されていたため、古くから祀られている天神様である。

御朱印は社務所にて。
色々お話を聞かせて下さり、帰り際には「魔除けの赤い紐」を授与して頂いたりと、とても丁寧に対応して頂き感謝。

所感

大曽根一帯の総鎮守として崇敬を集めてきた当社。
領主である森川家から崇敬を集め、当地の村民たちからも多大な崇敬を集めた事が分かる。
そうした氏子崇敬者の気持ちが伺えるのが、安政の大地震後に再建された鳥居であり、明治に造営された社殿であろう。
特に社殿は「彫刻のお社」とも云える程、細かく見事な意匠が施されている。
大曽根一帯(旧八幡村)の歴史と信仰を伝える良い神社である。

神社画像

[ 参道 ]


[ 二之鳥居 ]

[ 三之鳥居 ]



[ 拝殿 ]

[ 手水舎 ]

[ 拝殿 ]











[ 本殿 ]






[ 狛犬 ]


[ 本殿裏手 ]

[ 稲荷社 ]


[ 社務所 ]


[ 天神社・古峯社 ]

[ 柱 ]

[ 神楽殿 ]

[ 神輿庫 ]

[ 石碑 ]


[ 案内板 ]

Google Maps

    脚注
  • 当ブログに掲載している情報は筆者が参拝時の情報です。最新のものではない可能性がありますのでご理解下さい。
  • 当ブログ内の古い資料画像は「国立国会図書館デジタルコレクション」の「インターネット公開(保護期間満了)」から使用しています。
  • その他、筆者所有以外に使用した資料画像がある場合は別途引用元を明示しています。
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