御座石神社 / 秋田県仙北市

神社情報

御座石神社(ござのいしじんしゃ)

御祭神:事代主神・綿津見神・龍子姫神
社格等:─
例大祭:8月10日
所在地:秋田県仙北市西木町桧木内字相内潟1
最寄駅:田沢湖駅(かなり距離あり)
公式サイト:─

御由緒

 遠く往古より世に知られ、雅名を槎湖と云い、また辰子潟とも呼ばれているこの田沢湖の湖畔第一の名勝地に鎮座する当神社の由来は、今より凡そ六百年前室町時代に熊野権現を信奉する巡錫の修験者がここを選び、湖岸に在る畳の如き平坦な岩頭に於て修業、湖主竜神に神通せんと水想観の蘊奥を究め一祠を創建して修験の座としたと云う縁起に因むと伝えられる。
 爾来霊験あらたかにして、湖中に金物一切を禁じ、四季七草の木々生える神秘な雨乞い石に手を触るる時、湖は荒び晴天忽ち雷風雨を呼ぶとされ、神威は此処に永遠に鎮められたものである。
 古来湖水に斎戒沐浴して竜神を信仰すれば美人は益々美を増し、醜女悉く美貌になると伝えられる。
 千古の湖、神秘境鎮護の一宮として朝野の崇敬厚く由緒深い神域である。(頒布の用紙より)

参拝情報

参拝日:2017/10/15

御朱印

初穂料:各300円
社務所にて。

歴史考察

美の守護神を祀る田沢湖畔の神社

秋田県仙北市西木町に鎮座する神社。
旧社格は無格社で、田沢湖畔の北側に鎮座。
田沢湖に古くから伝わる「辰子伝説」の辰子姫を祀る。
龍神になったという伝説のある辰子姫を祀る事から、古くは「龍神社」と称したと云う。
「御座石神社」の由来は、秋田藩主・佐竹義隆が腰をかけて休んだ頃に由来。
湖畔に面した鳥居や、辰子姫ゆかりの場所など見どころも多い神社。
近年は辰子伝説から美の守護神の神社、パワースポットとして注目を集めている。

室町時代に熊野信仰の修験者によって創建

社伝によると、今からおよそ600年前の室町時代に創建とされる。

熊野権現を信奉する修験者が当地で修業し、田沢湖の主である龍神を祀る祠を創建。
その祠を修験の座としたと伝わる。

熊野信仰の総本山である「熊野三山」(現・和歌山県)は修験道・修験者の聖地であった。自然神信仰と密教信仰が一つになった信仰で、修験者達は熊野の山奥に入り自然神の前で読経し修行を行った。そうした修験者は全国でも修行をし、田沢湖の当地にも修験者が訪れたと推測できる。

修験者が修行したとされるのが、湖岸に在る畳の如き平坦な岩頭。
当社の社頭であり鳥居がある平坦な岩のあたりと伝えられている。

当時は岩のあたりに祠があったようだが、湖の水量の影響で現在のやや高台に遷座したと見られている。

秋田藩主・佐竹義隆が腰を掛け休んだ事から御座石神社

慶安三年(1650)、秋田藩主・佐竹義隆が田沢湖を遊覧。
その際に社頭の岩に腰を掛けて休んだと伝わる。
修験者が修行したとされる畳の如き平坦な岩に腰を掛けたと云う。

この逸話が、藩主が座した神社「御座石神社」の由来となる。
秋田藩は久保田藩とも呼ばれる。久保田城を居城とし、藩主は佐竹氏。佐竹義隆はその久保田藩2代藩主。

但し、当時は「龍神社」と呼ばれていたとされる。
田沢湖の主である龍神を祀った神社として崇敬を集めた。

田沢湖の主とされる龍神が田沢湖に伝わる「辰子伝説」の辰子姫である。

辰子姫が美を求め龍となり田沢湖の主へ・辰子伝説

当社の御祭神は事代主神・綿津見神・龍子姫神とされる。

事代主神(ことしろぬしのかみ)は、大国主の子で託宣を司る神。海と関係が深い神でもあり、恵比寿神と同一視され海の神、五穀豊穣商売繁盛の神としても信仰される。
綿津見神(わたつみのかみ)は、海の神として知られる。
龍子姫神(たつこひめのかみ)は、田沢湖の主である龍神・辰子姫を神格化したもの。

田沢湖には古くから「辰子伝説」と呼ばれる、美しい辰子姫の伝説が残る。

昔、神代村の神成沢に辰子と云う名の類まれな美しい娘が暮らしていた。
自分の美貌を自覚した辰子は、いつまでも若く美しくありたいと思うようになる。
永遠の美しさを得るために、村の背後にある院内岳の大蔵観音に百夜の願掛けを行う。
百日目の夜、観音様が現れ「それ程までに永遠の美しさを願うなら、山の北に湧く泉の水を飲むと良い」と示し、辰子はそのお告げに従って、泉の水を飲み始めた。
ところが、飲めば飲むほど喉が渇き、いくら飲んでも喉の渇きが消えない。
ついに辰子は腹ばいになり、水の面に口をつけて飲み続け、辰子の姿はいつしか龍へと変化してしまった。
自らの身に起こった報いを悟った辰子は、田沢湖に身を沈め、田沢湖の主とり暮らすようになったと云う。

田沢湖に伝わる「辰子伝説」と呼ばれるものであり、当社はそうした田沢湖の主・辰子姫を祀っている。

辰子姫が飲んだという泉の水は、当社近くに「潟頭の霊泉」として整備されている。
辰子姫はこの泉の水を飲み龍になったと伝わる。

辰子は古い史料には「鶴子」とも記されていて、「田鶴子」という表記も見れる事から「田鶴子」と書いて「たつこ」と呼んだと思われる。田沢湖も「辰子潟」と記録されている事もあり、古くから辰子伝説が残っていた事が伺えるが、辰子と呼ぶようになったのは明治以降と見られており、古くは鶴子・金鶴子などと呼ばれていた。

母との別れ・八郎太郎と結ばれた辰子伝説

他にも、辰子伝説に関連する伝承が幾つか残る。

  • 龍となった辰子と対面し悲しむ母が、別れを告げる辰子を想って投げた松明が、水に入るとクニマスとなったという伝説。(昭和十五年に別の水系の水を導入するまで、田沢湖はクニマスが名物なとても綺麗な水質の湖であった。)
  • 辰子と同じく人間から龍へと姿を変えられた八郎太郎という龍が、男鹿半島の付け根の八郎潟という湖に住んでいたと云う。八郎は、いつしか山の田沢湖の主・辰子に惹かれ、辰子と共に田沢湖に暮らすようになった。主のいなくなった八郎潟は年を追うごとに浅くなり、主の増えた田沢湖は逆に冬も凍ることなくますます深くなったという伝説。(田沢湖は日本で最も深い湖として知られる。)

「龍神社」として田沢湖の主を祀っていた当社は、田沢湖の主とされた辰子伝説と結びついたのであろう。
当社の境内には「たつこ姫像」が置かれ信仰を集めている。

天保年間(1831年-1845年)、官費によって再建。
秋田藩主や地域の方から崇敬を集めた事が伺える。

明治になり御座石神社へ改称・戦前の当社の古写真

明治になり神仏分離。

田沢湖という名称は、明治時代以降に定着したと推測されている。それまでは、辰子伝説から「辰子潟」、田沢村から「田沢の潟」などと称されていた。

明治四十四年(1911)、生保内村の「蛭見神社」「浮木神社」を合祀。
「龍神社」と呼ばれていた社号を現在の「御座石神社」へ改称。
社号の由来は上述の通り、秋田藩主・佐竹義隆が腰を掛けて休んだ事に由来する。

戦前の当社の古写真では、当時の当社の様子を知る事ができる。

(十和田湖、田沢湖、男鹿半島案内)

大正十三年(1924)に鉄道省より発行された『十和田湖、田沢湖、男鹿半島案内』。
田沢湖の案内として「御座石神社」と案内されている。

巖上一基の鳥居屹立し、恰度藝州嚴島を想見せしむ。(『十和田湖、田沢湖、男鹿半島案内』より)

説明文には上記の記述もあり、「厳島神社」のように見える鳥居が見事であった事が分かる。
さらに興味深い事が記してあるので引用したい。

此神社は岩盤に近く鎮座している。前述の藩主巡遊の跡に、龍神を祀ったが氾腸となり、十餘年前までは盤上にあったものである。祭神佐竹義隆公、義和公、龍神姫の神、綿津見神、大國主命。(『十和田湖、田沢湖、男鹿半島案内』より)

10数年前までは藩主が腰を掛けたという岩盤の跡に鎮座していたと記されている。
現在の鳥居があるあたりであり、おそらく「御座石神社」に改称された頃に、社殿を上へ遷したのであろう。

さらに御祭神が現在と違う事が興味深い。
当時は秋田藩主であった秋田藩(久保田藩)二代藩主・佐竹義隆、九代藩主・佐竹義和も祀っていた事が分かる。

御座石神社の由来からして藩主と繋がりの深い信仰があったと思われる。

昭和十五年(1940)、田沢湖に別の水系である玉川温泉から強酸性の水が導入され、その結果、当地の名産であり辰子伝説にも登場するクニマスなどの魚類を見れなくなっている。

それまでの水質は、摩周湖に迫る透明度を誇り、水産生物も豊富であったと云う。現在は中和対策によって、透明度が少しずつ回復しつつある。

戦後になり境内も幾つか整備。
現在は、辰子伝説から美の守護神の神社、パワースポットとして、西岸にある「浮木神社(漢槎宮)」と共に、崇敬を集めている。

田沢湖畔に張り出すように鎮座。田沢湖に伝わる辰子伝説。美と縁結びスポット。大木の浮木を祀った事で浮木神社。秋田藩士の俳人・益戸滄洲によって漢槎宮と名付けられる。田沢湖のシンボルとなった舟越保武作たつこ像。日本一の水深・田沢湖。御朱印。

境内案内

景勝地として名高い田沢湖畔に立つ朱色の鳥居

日本一の水深を誇る秋田県仙北市の田沢湖。
その田沢湖の北の湖畔に鎮座。

御座石と呼ばれる一角に当社の鳥居が立つ。
田沢湖側に正面を向けて立つ両部鳥居は、戦前の史料で「厳島神社のよう」と評された程。
田沢湖から当社への参道が繋がるような位置であり、とても美しい。

この鳥居が置かれた岩場一帯が、当社の創建の地であり、修験者が修行し、藩主が腰を掛け休んだと云われる岩である。

かつてはこのあたりに「延命水」と云う泉が湧いていたと伝えられているが、現在は涸れてその姿は見る事はできないと云う。

参道には天然記念物の杉の大木・石段の先の社殿

鳥居から県道38号線を挟んだ先へ参道が続く。
石段の左手には大きな杉の木は、樹齢約450年と推定される御神木で市指定天然記念物。
見上げる程の巨木で存在感抜群。

石段を上った先に手水舎。
その先が社殿となる。

社殿は日が当たると朱色に輝く。
かつては鳥居があるあたりに祠があったと云うが、明治以降に現在の高台に遷された。
冬になると雪が積もるといい、白と朱のコントラストが美しいと云う。
本殿の裏手は切り立った木々になっており、前が湖、後ろが山と自然に囲まれた境内。

下半身が蛇となっているたつこ姫像

境内の一角には辰子伝説を伝える「たつこ姫像」。
昭和五十六年(1981)に奉納されたもので、田沢湖周辺にある他の「たつこ像」と違い、下半身が蛇となっているのが特徴的となっている。

田沢湖畔には辰子伝説にまつわる辰子の像が4体存在。

  1. 浮木神社(漢槎宮)」近くの舟越保武作「たつこ像」
  2. 北の湖畔にある「姫観音像」
  3. 東の湖畔にある「辰子観音」
  4. 当社境内にある「たつこ姫像」

田沢湖周辺の辰子伝説を伝える像なので、ぐるりと回るように散策するのもよいかもしれない。

七色木・雨乞石などの名所

鳥居の近くには「七色木」と呼ばれる不思議な木。
1本の木から、松・杉・桜・槐・榛の木・えごの木・梨の7種類の木が出ていると云う。
その七色木の柵の中に、半円になった石が置かれており、それが「雨乞石」と呼ばれる石。
この石を動かすと雨が降ると云う伝説がある。

辰子姫が飲み龍となった泉・潟頭の霊泉など

当社駐車場の西側に「潟頭の霊泉(かたがしらのれいせん)」という一角がある。
辰子姫が変わらぬ美を求め、大蔵観音に願をかけ、観音様のお告げでやって来たという泉。
この泉を飲んだ事で、喉の渇きが消えず、水を飲み続け龍となってしまう。
そうした辰子伝説が残る一角。

当社の近くには辰子伝説を伝える名所が存在。
周辺案内板が駐車場に立っているので、参考にするとよい。

「潟頭の霊泉」から更に山道を上っていくと、「かなえる岩」「願橋」とあり、その先に「辰子の鏡石」と呼ばれる石。
辰子姫が化粧のために使ったと云われる岩で、大きな岩に表面が平らな石がはめ込まれている。

当社の背後を300mほど登山するので、登る際は足元に要注意。

美の守護神で美貌成就の御神徳・見開きの御朱印

美を求めるあまり龍となり田沢湖の主となった辰子姫を祀る当社。
そのため「美の守護神」として崇敬を集め、美貌成就の御神徳があると人気を集めている。

美人は益々美を増し、醜女悉く美貌になると伝えられる。

御朱印は社務所にて。
社務所や拝殿前には辰子姫にあやかった授与品が多く頒布されているので、お受けするのも良いだろう。

同じく辰子姫を祀る西側湖畔の「浮木神社(漢槎宮)」は美と縁結びの御神徳で知られ、当社と共に参拝される方が多い。
田沢湖畔に張り出すように鎮座。田沢湖に伝わる辰子伝説。美と縁結びスポット。大木の浮木を祀った事で浮木神社。秋田藩士の俳人・益戸滄洲によって漢槎宮と名付けられる。田沢湖のシンボルとなった舟越保武作たつこ像。日本一の水深・田沢湖。御朱印。

御朱印は神社の御朱印と、見開きの御朱印を用意。
見開きの場合は、たつこ姫像と石井露月が御座石を訪れ詠んだ句を隣に押してくれる。

石井露月(いしいろげつ)は、明治から昭和初期に活躍した秋田県出身の俳人。

秋と云えば 波打越しぬ 御座石

鳥居近くには石井露月の句碑も置かれている。
明治四十二年(1909)に当地を訪れた際に詠んだ句だと云う。

所感

田沢湖の北側湖畔に鎮座する当社。
かつては「龍神社」と呼ばれ、田沢湖の主である龍神を祀ると云う。
田沢湖には「辰子伝説」があり、辰子が龍となり田沢湖の主となったとされ、当社は辰子を祀る神社であり、辰子が飲み龍になったとされる泉など見どころも多い。
「御座石」という社号は、秋田藩主が腰を掛け休んだ事に由来するように、秋田藩主からも崇敬を集め、何よりも景勝地として古くから名を馳せていた事が伺える。
近年は辰子伝説から美の守護神として、美貌成就を願う人々が訪れ、パワースポットとしても知られる。
湖畔に佇む鳥居など景勝地としても素晴らしい地である。

神社画像

[ 鳥居 ]




[ 御神木・参道・社号碑 ]

[ 御神木 ]

[ 参道・鳥居 ]

[ 手水舎 ]


[ 拝殿 ]



[ 本殿 ]

[ たつこ姫像 ]


[ 祈祷所 ]

[ 社務所 ]


[ 参集殿 ]

[ 灯籠・御籤掛 ]

[ 七色木 ]



[ 雨乞石 ]



[ 句碑 ]


[ 石碑 ]

[ 潟頭の霊泉 ]




[ 案内板 ]

Google Maps

    脚注
  • 当ブログに掲載している情報は筆者が参拝時の情報です。最新のものではない可能性がありますのでご理解下さい。
  • 当ブログ内の古い資料画像は「国立国会図書館デジタルコレクション」の「インターネット公開(保護期間満了)」から使用しています。
  • その他、筆者所有以外に使用した資料画像がある場合は別途引用元を明示しています。
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