山野浅間神社 / 千葉県船橋市

山野浅間神社(やまのせんげんじんじゃ)

御祭神:木花咲耶姫命
旧社格:村社
例大祭:6月30日・7月1日
所在地:千葉県船橋市西船1-5-7
最寄駅:西船橋駅・海神駅・京成西船駅
公式サイト:─

御由緒

御由緒
この丘に鎮座する浅間神社は、その昔地元山野の村人が駿河国富士山本宮浅間神社を氏神として勧請して祀ったことを以って御創建としており、
社宝「懸仏 カケボトケ」の年代検証等より、鎌倉時代後期〜室町時代前期には存立していたものと推定されています。
御祭神が木花咲耶姫命であり、縁結び・安産・子育て等が御神徳として敬われています。

境内
昭和初期迄は、この高台(標高約二十二メートル)の境内より東京湾を隔て、遥かに壮麗な富士の勇姿を拝する事が出来ました。現在でも松・椿・欅等が繁り、船橋市指定の保存樹林を形成、約二千坪の景勝の地です。
永い歴史を感じさせる狛犬・御神燈・鳥居などの石造物も随所にあり御影石敷の参道約二百メートルは市内随一を誇っています。

(※頒布のリーフレットより)

参拝情報

参拝日:2016/04/12

御朱印

初穂料:300円
社務所にて。

山野浅間神社

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歴史考察

旧山野村の鎮守

千葉県船橋市西船にある神社。
旧社格は村社で、旧山野村の鎮守。
富士山を崇拝する浅間信仰の神社。
高台に鎮座しており、当社にも登山参拝する崇敬者が多かったと伝わる。

富士山本宮浅間大社より勧請

社伝によると、創建年代は不詳。
鎮座地である下総国葛飾郡山野村の村人が、駿河国一之宮であり浅間神社の総本社「富士山本宮浅間大社」より勧請した事が創建とされている。
奈良・平安時代から「山野浅間神社」と称するとする御由緒もあり、古くからこの地に鎮座していたのだろう。
社宝「懸仏カケボトケ」の年代検証は、鎌倉時代後期〜室町時代前期のものとされているため、それ以前より創建していたと見る事ができる。

当地は古くから農家の集落だった事もあり、山野村の氏神として崇敬された。
創建時は小さな祠があり、それが地域の信仰対象だったようだ。

江戸時代の記録

こうした地域の氏神様であったのであまり記録としては残っていない。
江戸時代に入り、天保十五年(1844)には、石灯籠が奉納されているのが分かる。
地域の鎮守として崇敬を集めていた証拠だろう。

嘉永三年(1850)には、神殿として造営されたとある。
境内の石碑によると、地方の信仰の中心であり由緒深き霊地であったこの地には、古い祠が鎮座していただけだったという。
そこで神殿を建立寄与したとあり、現在の規模になったのはこの頃と推測できる。

この頃の当社には古くから「次郎太郎の池」という御手洗池があったとされている。
その昔、この地域の人々は子供が生まれると、次郎太郎の池の水でおかゆを作り、子供が無事に成長することを祈願したといった伝承が残っている。
浅間信仰の御祭神は木花咲耶姫命であり、古くから安産の神、子育ての神としても信仰されたため、こうした伝承に繋がったのではないだろうか。
なお、現在は池は存在しておらず、碑が残るのみとなっている。

昭和初期までは富士山を遥拝できた

明治になり神仏分離。
当社は村社に列した。

当社は高台に鎮座(標高約22m)に鎮座しているため、昭和三十年代(1955年-1964年)までは、当社の境内から船橋の海を見渡す事ができたといい、東京湾を隔てて富士山を直接遥拝できたという。

また富士山の山開きである7月1日が例大祭であるため、高台にある当社にも登山参拝をして賑わったと伝わっている。
これは現在も続いており、山開きになると屋台が連なり賑わう。

昭和四十七年(1972)、上述の神殿に増改築が行われ新社殿となる。

これが現在の社殿となっている。
平成十一年(1999)、境内社の六社を改築整備している。

なお、氏子は、10戸を1グループにして毎年富士山登頂「富士講」を行っているとの事だ。

長い参道に木々の茂る境内

国道14号沿い西船橋と海神の間にある当社は、長い参道が特徴的。

約200mの参道は船橋市内随一といい、高台に鎮座するため、石段が多く設けられている。

石段の脇が富士山の溶岩のような雰囲気も出しており、この辺は富士塚にも似た造り。
長い参道には多くの木々が繁り、社殿回りと共に中々に見事な鎮守の森となっている。
参道途中には奉納された狛犬や灯籠などが置かれている。

中でも社殿よりやや手前にある狛犬(左右一対の獅子児鍛錬像)の造りが動きがあり見事。

社殿は上述の通り、嘉永三年(1850)に神殿として造営されたものを昭和四十七年(1972)に増改築したもの。

本殿の裏手には御神木である欅の木が立っている。

周囲は覆い茂った木々で、雰囲気のある鎮守の森となっている。

境内社は社殿右手に「六社」。

「小峯神社」「藤森稲荷神社」「天満宮」「妙見神社」「稲荷大明神」「諏訪神社」の祠があり、平成十一年(1999)に整備された。

手水舎の奥から社殿の裏手方向へ下る事ができる。

こちら側には「小御岳神社」「里宮浅間神社」といった境内社。
さらに現在は池はなく碑のもになっているが、子育ての伝承が残る「次郎太郎の池碑」がある。

御朱印は社務所にて。
大変丁寧にご対応して頂いた。

所感

西船橋近くに鎮座する地域の氏神様。
想像していた以上に広い境内で、参道も長く、鎮守の森も形成も見事であった。
それでいて参道の途中には児童公園があったり、地元の方が参道を通り抜けて行き交っていたりと、地域の方々に親しまれ、生活に溶け込んでいるのが伝わってくる。
正に地域の鎮守というのはこうあるべきという姿ではないだろうか。
境内の景観もよく、この日は葉桜になりかけではあるが、まだ桜が残っていたため、景勝地としてもよいものであった。
昭和初期までは境内から直接富士山を遥拝できたというが、現在はそれができなくても、立派な境内から見る景色は、住宅街にありながらとてもよいもの。
今もなお氏子による富士講で富士山登拝も行われているといい、地域の方々に愛される良社である。

神社画像

[ 参道・社号碑 ]

[ 石段 ]


[ 一の鳥居 ]

[ 狛犬 ]


[ 参道 ]


[ 二の鳥居 ]

[ 狛犬 ]


[ 参道 ]

[ 手水舎 ]

[ 拝殿 ]





[ 本殿 ]

[ 御神木・欅 ]

[ 六社 ]

[ 社務所 ]

[ 裏参道 ]

[ 小御岳神社 ]

[ 里宮浅間神社鳥居 ]

Google Maps

    脚注
  • 当ブログに掲載している情報は筆者が参拝時の情報です。最新のものではない可能性がありますのでご理解下さい。
  • 当ブログ内の古い資料画像は「国立国会図書館デジタルコレクション」の「インターネット公開(保護期間満了)」から使用しています。
  • その他、筆者所有以外に使用した資料画像がある場合は別途引用元を明示しています。
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