日光東照宮 / 栃木県日光市

日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)

御祭神:徳川家康公
相殿神:豊臣秀吉公・源頼朝卿
社格等:別格官幣社 現:単立神社
例大祭:5月17日・18日(例祭)(50年に1度式年大祭)
所在地:栃木県日光市山内2301
最寄駅:日光駅・東武日光駅
公式サイト:http://www.toshogu.jp/

御由緒

 日光東照宮は、元和(げんな)3年(1617)徳川初代将軍徳川家康公を御祭神におまつりした神社です。家康公は、天文(てんぶん)11年(1542)12月26日三河国岡崎城(愛知県岡崎市)でご誕生になり、幼少より苦労を重ね戦国乱世を平定され、幕藩体制を確立されました。そして、世の中に秩序と組織を形成し、学問を勧め産業を興し、江戸時代260年間にわたる平和と文化の礎を築き、近代日本の発展に多大な貢献をされました。
 家康公は、元和2年4月17日駿府城(静岡県静岡市)で75歳の生涯を終えられ、直ちに久能山に神葬されました。そして御遺言により、一年後の元和3年4月15日、久能山より現在の地に移されおまつりされました。正遷宮は、同年4月17日二代将軍秀忠公をはじめ公武参列のもと厳粛に行われ、ここに東照社として鎮座しました。その後正保(しょうほ)2年(1645)宮号を賜り、東照宮と呼ばれるようになりました。
 尚、現在のおもな社殿群は、三代将軍家光公によって、寛永(かんえい)13年(1636)に造替されたものです。
(※日光東照宮 由緒より)

参拝情報

参拝日:2015/06/10

御朱印

初穂料:300円
御朱印授与所にて。
日光東照宮
(日光東照宮/四百年式年大祭限定)
初穂料:300円
奥宮の授与所にて。

※奥宮は書き置きでのご対応。

日光東照宮奥宮
(奥宮/四百年式年大祭限定)
※筆者は拝受していないが、この他に本地堂(薬師堂)にて「鳴龍」の御朱印を頂ける。(「輪王寺」の御朱印)

御朱印帳

初穂料:1,800円
御朱印授与所にて。

オリジナルの御朱印帳を用意している。
こちらは四百年式年祭の記念御朱印帳。
平成二十七年(2015)のみ限定で頒布しているもの。

サイズは12.5cm×18cmの大サイズ。
裏写りはほぼしない紙質だが、墨の乾きがやや悪い。
赤を基調とし葵の紋や眠り猫、三猿などが刺繍されている。
1ページ目右側には東照公御遺訓が記載。(画像:Twitter

他にも通年で用意している紺を基調とし陽明門がデザインされた御朱印帳も存在。

※追記
平成二十八年(2016)は御鎮座四百年記念朱印帳が頒布されている。(詳細:公式サイト

[ 表面 ]
日光東照宮御朱印帳1

[ 裏面 ]
日光東照宮御朱印帳2

授与品・頒布品

御香守

初穂料:500円
御本社内の授与所にて。
御本社(拝殿)内の授与所でのみ頂ける。

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歴史考察

世界遺産・東照宮総本社

江戸幕府初代将軍の徳川家康を神格化した東照大権現(とうしょうだいごんげん)をお祀りする神社。
日本全国にある東照宮の総本社的存在。
旧社格では別格官幣社に列せられ、第二次世界大戦後は神社本庁の別表神社となっていたが、昭和六十年(1985)に神社本庁を離れて単立神社となった。
平成十一年(1999)には世界遺産(文化遺産)の「日光の社寺」の一つとして登録されている。

平成二十七年(2015)は50年に1度の式年大祭が行われ、四百年式年大祭として記念すべき年。
様々な催しなどが行われている。
平成二十八年(2016)も御鎮座四百年として記念すべき年になる。

徳川家康の遺言により創建

徳川家康を祀っているため、徳川家康が没してからの創建となる。
元和二年(1616)徳川初代将軍の徳川家康が駿府で死去。
その後、遺命によって遺骸は駿河国の久能山に葬られ「久能山東照宮」が完成。
翌年の元和三年(1617)に当地である日光に改葬される事になり社殿が完成し、朝廷から東照大権現の神号と正一位の位階の追贈を受け、奥宮宝塔に改葬され遷座祭が行われている。

家康が日光に祀られる事になったのは、家康自身の遺言によるものと言われており、南光坊天海と共に江戸幕府初期の宗教政策の中心を担ってきた金地院崇伝の日記「本地国師日記」にはこう書かれている。

一両日以前、本上州、南光坊、拙老、御前へ被為召、被仰置候ハバ、御体をは久能へ納、御葬礼をハ増上寺にて申付、御位牌をハ三州之大樹寺ニ立、一周忌も過候て以後日光山に小き堂をたて、勧請し候へ、八州之鎮守ニ可被為成との御意候

意訳すると「遺体は駿河国の久能山に葬り、江戸の増上寺で葬儀を行い、三河国の大樹寺には位牌を納め、一周忌が過ぎてから、下野の日光山に小堂を建てて勧請せよ、そして、神として祀られることによって八州(関東)の鎮守になろう」という事になる。
この遺言により、上述の通り先に久能山に葬られ「久能山東照宮」が完成し、葬儀は「増上寺」で行われ、「大樹寺」には位牌が納められ、そして一周忌が過ぎた翌年に「日光東照宮」に改葬されたと見る事ができるのだろう。
この改葬の際に、崇伝が主張した吉田神道(明神)と、天海が主張した山王神道(権現)のどちらで祀るかで論争となったが、天海が主張した山王神道が採用され神号も権現に決定し、薬師如来を本地仏とする神仏習合によって祀られることになった。

三代将軍・家光による大造替

当初は遺言の通り、小さな社があったそうなのだが、寛永十一年(1634)には、三代将軍・徳川家光が日光社参し、寛永十三年(1636)の21年神忌に向けて「寛永の大造替」が始められる事となった。
現在の荘厳な社殿などの造りは全てこの「寛永の大造替」によるものである。
正保二年(1645)に朝廷から宮号が授与されて東照社から東照宮に改称している。

神仏分離で二社一寺の形式に

その後、明治政府になり、明治元年(1869)の神仏分離により、日光は神社の「日光東照宮」「日光二荒山神社」、寺院の「輪王寺」の二社一寺の形式に分立。
政治的な意図があったのかもしれないが、明治になってから豊臣秀吉と源頼朝が相殿として祀られているのもポイント。
神仏分離により分けられたため、現在でも東照宮と「日光山輪王寺」の間で一部の建物の帰属について係争中。
具体的には「鳴龍」で有名な「本地堂(薬師堂)」、さらに「輪蔵(経蔵)」の2棟。
「本地堂(薬師堂)」は寺院扱いで「日光山輪王寺」が実質管轄しているといってもよいだろう。(中にはお坊さんがいる)

国宝・重要文化財の建造物が多数

世界遺産に登録され、それ以前よりも観光名所として知れていた日光、そして東照宮。
それだけ見どころも多数。
なお、現在は東照宮を拝観するには拝観料1,300円が必要。

建造物を見てみても、国宝に指定されているのは、本殿、石の間、拝殿の1棟、正面と背面唐門の2棟、東西透塀の2棟、陽明門、東西回廊の2棟と合計8棟。

さらに国指定の重要文化財も34棟ととにかく見どころが多い。

現在は平成の修理中

ちなみに平成二十五年(2013)より、平成三十年(2018)まで「平成の修理」が行われている。

現在も国宝の「陽明門」で行われており、修復作業中でその姿(外観)を見る事ができない。
東照宮のシンボルとも言えるものなので、修復作業完了が待ち遠しい。
但し、特別に陽明門の中を見る事ができ、特に大修理に先立ち陽明門の東西の側面を剥がしたところ、伝えられていた幻の彩色壁画が姿を現しており、これは「寛永の大造替」以来、217年ぶりに姿を現す事になったというもので、メディアなどでも大きく取り上げられた。
現在はその彩色壁画(大和松岩笹と巣籠鶴の絵)が一般公開されているのだが、陽明門の大修理が終わり次第、再び外側が被せられて見れなくなってしまうので、正に今だけ見る事ができる貴重な姿となっている。

陽明門の中に薄暗くライトアップされているのだが、通路としか認識していない観光客も多く、素通りされてしまう方を多く見受けたので、ぜひ立ち止まって217年振りに発見され、今しか見る事ができない色鮮やかな彩色壁画をご覧頂きたい。

三猿・眠り猫など多様な動物は平和の象徴

当社の建造物には、多様な動物の木彫像が見られるのもポイント。
これらの動物のほとんどは平和を象徴していると言われている。
特に有名なのは、神厩舎には猿の彫刻を施した8枚の浮彫画面の中にある「見ざる、言わざる、聞かざる」で有名な「三猿」。

さらには坂下門に彫刻されている「眠り猫」だろう。

伝説的な彫刻職人・左甚五郎の作と言われる。
他にも色々な動物が彫刻されているので見ていて飽きる事がない。

奥宮は家康のお墓

その「眠り猫」が彫刻されている坂下門を潜ると、奥宮へと続く長い長い階段が待っている。
現在、奥宮の奥宮宝塔が公開されており、ぐるりと周囲から見る事ができる。

奥宮宝塔に家康が改葬されたと言われているので、家康のお墓と言う事もできるだろう。

多数ある燈籠も見処

境内には大変多くの燈籠が置かれている。
いずれも奉納によるものでその歴史を感じさせてくれる。
名前を見たらとても有名な歴史上人物からのものばかり。

こちらは伊達政宗奉納の燈籠となっている。
他にも多数の燈籠が置かれているので、色々チェックするのも楽しみの1つ。

鳴龍は神仏習合を思わせる

鳴龍として有名な本地堂(薬師堂)も人気スポット。

神仏分離により分けられたため、現在でも東照宮と「日光山輪王寺」の間で建物の帰属について係争中。
「本地堂(薬師堂)」は寺院扱いで「日光山輪王寺」が実質管轄しているといってもよいだろう。(中にはお坊さんがいる)

御朱印は各所で

御朱印は陽明門を潜って御本社の右手、神楽殿の奥にある「祈祷受付所(御朱印授与所)」にて。

今年は四百年式年大祭の年という事もあり、四百年式年大祭の印も押されている。
さらに御朱印は奥宮と本地堂(薬師堂)でも用意している。
奥宮で用意されているものは別紙で用意している書き置きのみ。
本地堂(薬師堂)は「鳴龍」と描かれたもので、「日輪寺」によるもの。

所感

現在も観光名所として名高い日光。
関東圏にお住まいの方なら、小学校の修学旅行で訪れた方も多いのではないだろうか。
筆者の小学校でも日光が行き先で色々と回らされたものだが、子供の頃はあまり感動しなかった建物なども、大人になってから参詣するとその凄さに気付かされる。
この日も平日ながら修学旅行と見られる小学生の団体が数多く見受けられた。
また世界遺産に登録されている事もあり、外国人観光客の姿も非常に多い。
現在は平成の大修理中とあって見どころの一つである国宝「陽明門」の姿を見る事ができないのだが、上述の通り、今だけ内部で217年ぶりに発見された彩色壁画を見る事ができる。
他の国宝や重要文化財などの建物は何度見てもお見事。
観光地化としており、外国人観光客の中には少しマナーの悪い方も見受けられて、雰囲気としては落ち着いて見れる感じではないのだが、それを差し引いても見事としか言えない建造物は見ていて飽きが来ない。
参詣して改めてその凄さを感じる事ができる東照宮。
四百年式年大祭の年中に参詣する事ができた事が嬉く思う。

神社画像

[ 社号碑 ]
[ 鳥居 ]
[ 五重塔 ]
[ 表番所 ]
[ 御仮殿 ]
[ 表門 ]
[ 灯籠 ]
[ 三神庫 ]
[ 神厩舎 ]
[ 三猿 ]
[ 手水舎 ]
[ 輪蔵(経蔵) ]
[ 二の鳥居 ]
[ 灯籠 ]
[ 南蛮鉄燈籠 ]
[ 釣鐘・鐘楼 ]
[ 廻廊 ]
[ 廻転燈籠 ]
[ 鼓楼 ]
[ 陽明門(改修中) ]
[ 陽明門内部 彩色壁画(217年振りに発見) ]
[ 唐門・透塀・拝殿 ]
[ 透塀・本殿 ]
[ 神輿舎 ]
[ 神楽殿 ]
[ 祈祷受付所(御朱印授与所) ]
[ 坂下門 ]
[ 眠り猫 ]
[ 奥宮参道 ]
[ 御宝蔵 ]
[ 狛犬 ]

[ 奥宮拝殿 ]

[ 鋳抜門 ]
[ 奥宮宝塔 ]
[ 本地堂(薬師堂/鳴龍) ]
[ 武徳殿 ]
[ 日光東照宮宝物館 ]

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