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練馬白山神社 / 東京都練馬区

練馬区

神社情報

練馬白山神社(ねりまはくさんじんじゃ)

御祭神:伊邪那美命
社格等:村社
例大祭:10月第2日曜
所在地:東京都練馬区練馬4-1-2
最寄駅:豊島園駅・練馬駅
公式サイト:https://nerimahakusan.or.jp/

御由緒

白山神社の御祭神は伊邪那美命(イザナミノミコト)。創建は平安時代だが、明治初年に火災の被害に遭い、由緒書や記録等を焼失したため、詳細は不明。公式サイトより)

参拝情報

参拝日:2021/03/01

御朱印

初穂料:500円
中野沼袋氷川神社」社務所にて。

※御朱印は本務社「中野沼袋氷川神社」にてシール型写真のものを頂ける。

歴史考察

国指定天然記念物の大ケヤキを有する練馬白山神社

東京都練馬区練馬に鎮座する神社。
旧社格は村社で、旧下練馬村の一部鎮守。
正式名称は「白山神社」だが、他との区別から「練馬白山神社」と称される事が多い。
境内には国の天然記念物に指定された「練馬白山神社の大ケヤキ」がある事で知られる。
樹齢約900年以上と推定される御神木で、近年まで石段下と上に2本あったものの、平成二十七年(2015)の大風で石段上のものは折損して、現在は石段下の大ケヤキのみが残る。
現在は「中野沼袋氷川神社」の兼務社となっている。

源義家が戦勝祈願し大ケヤキの苗を奉納した伝承

社伝によると創建年代は不詳。

明治初年の火災によって由緒書や記録等を一切焼失している。

永保三年(1083)、源義家が後三年の役で奥州へ向かう際、戦勝祈願してケヤキの苗を奉納。
これが現在も当社に残る御神木の大ケヤキだと伝わる。(近年まで2本の大ケヤキが残っていた)

源義家(みなもとのよしいえ)
源頼義(みなもとのよりよし)の嫡男で、「石清水八幡宮」(京都府八幡市)で元服したことから「八幡太郎」と称し、関東圏の八幡信仰の神社の伝承にその名を見る事も多く、新興武士勢力の象徴とみなされた。
義家の家系からは、鎌倉幕府を開いた源頼朝、室町幕府を開いた足利尊氏が出ており、武門の棟梁としての血脈として神話化されていく。
後三年の役(ごさんねんのえき)
永保三年(1083)-寛治元年(1087)に奥州で発生した戦い。
奥州を実質支配していた清原氏の内紛に、源義家が介入した事で始まり、清原氏を滅亡に追いやった戦いで、奥州藤原氏が登場するきっかけとなった。

当社の御神木の大ケヤキについては推定樹齢は約900年以上。
国の天然記念物に指定されているため、こうした伝承と共に古くから当社が鎮座していた事が推測されている。

練馬白山神社の大ケヤキ (ねりまはくさんじんじゃのおおけやき):練馬区公式ホームページ
古代の駅(馬を乗り継ぐための施設)である武蔵国の乗潴駅(のりぬま/あまぬま)が8世紀半ば頃に当社付近にあったと云う説(他に天沼説などもあり)があり、古代から当社の周辺には集落があったと思われる。

弘安四年(1281)、元冠の役戦勝を祈願したと伝わる。

同年の板碑が当社周辺より出土している。延文元年(1356)の板碑も出土。

当時の当地は関東武士が鎌倉に往来する途中で村落が形成されていたと推測されている。

新編武蔵風土記稿に記された当社

文政十三年(1830)に成立した『新編武蔵風土記稿』には当社についてこう記されている。

(下練馬村)
白山社
穢多住居の内にあり。

下練馬村の「白山社」と記されているのが当社。
「穢多住居の内にあり」と記されていて下練馬村の一画で信仰された事が窺える。

穢多とは被差別民を表す単語で使用するのをはばかられるが史料に記された内容をそのまま記載。関東圏の穢多頭(えたがしら)とされた浅草の弾左衛門(だんざえもん)が「白山神社」を信仰したため、関東圏の白山社の近くにはこうした地域があることも多く、人々によって信仰され心の拠り所だった事実がある。

江戸時代に奉納された石造物などは今も多く当社に残る。
寛政九年(1797)建立の鳥居を始めとして、水盤・狛犬・灯籠などが江戸時代に奉納されていて、当社への篤い信仰が伝わる。

下練馬村の鎮守として記されているのは「氷川台氷川神社」(練馬区氷川台4)。
氷川神社 - 東京都神社庁

明治以降の歩み・社殿の造営・石段上の大ケヤキの折損

明治になり神仏分離。
当社は無格社であった。

後に村社へ昇格。

明治元年(1868)、火災によって社殿などを焼失。
同年、社殿を再建。

この時の火災によって由緒書や記録等を一切焼失している。

明治四十二年(1909)の古地図を見ると当時の様子が伝わる。

今昔マップ on the webより)

赤円で囲ったのが当社で、当社の鎮座地は今も昔も変わらない。
「白山神社」と記してあり、地図上の目印になるような神社であった事が窺える。
現在の駅前や千川通りから当社にかけて街が発展している様子も分かり、当社は一帯の鎮守として崇敬を集めた。

現在の練馬駅は大正四年(1915)に開業。

大正十三年(1924)、社殿を改修。
昭和三年(1928)、村社へ昇格。

昭和四年(1929)、下練馬村が町制施行により練馬町へ改称。
昭和七年(1932)、練馬南町となり当社はこれらの鎮守となった。(現在の練馬区練馬)

昭和十五年(1940)、境内の大ケヤキが国の天然記念物に指定。

当時登録されたのは現在折損してなくなってしまった石段上の大ケヤキであった。

戦後に入り、境内整備が進む。

平成七年(1995)、石段下の大ケヤキも国の天然記念物に追加指定。
現在もこの大ケヤキが当社のシンボルとして残る。

平成十三年(2001)、社殿を造営。
これが現在の社殿である。

平成二十七年(2015)、大風によって石段上にあった御神木の大ケヤキが折損してしまったため、石段下の大ケヤキのみとなる。

その後も境内整備が進み現在に至る。

現在は「中野沼袋氷川神社」の兼務社となっている。
中野沼袋氷川神社 / 東京都中野区
厄除ひかわ。幸せを呼ぶ三本願い松。戯れる姿が可愛い子育て狛犬・安産の御神徳。数多くの御朱印・月替り御朱印。中野七福神。南北朝時代に武蔵一宮氷川神社より勧請。太田道灌の戦勝祈願・道灌杉。欅坂46/けやき坂46の初詣。下沼袋村鎮守。御朱印帳。

境内案内

国の天然記念物の大ケヤキが御神木・パワースポット

最寄駅の豊島園駅や練馬駅から徒歩10分以内の住宅街に鎮座。
閑静な住宅街に設けられた鳥居。

厚生文化会館:練馬区公式ホームページ

鳥居を潜った先に当社のシンボルである大ケヤキ。
樹齢900年以上と推定されている都内でも有数の大木(ケヤキとしては都内最大)。
国の天然記念物に指定。
源義家が戦勝祈願した際に苗木を奉納したとも伝わる大木。
撮影時は3月だったため葉が落ちているが夏は青々とした欅の木となる。
かつては石段上の右手にも同様の大ケヤキがあり、そちらが先に国の天然記念物に指定されていた。

残念ながら腐朽による樹幹の空洞化などもあり、平成二十七年(2015)の大風によって石段上にあった御神木の大ケヤキは折損してしまい、現在は残っていない。
パワースポットとしても人気
推定樹齢約900年で都内最大の大ケヤキ。
落雷や腐朽の進行で樹幹の空洞化が進み衰弱していたものの、樹木医による治療を施され現在は徐々に樹勢を回復。
そうした生命力の強さからパワースポットとしても評判で人気を博している。
パワースポット│東京都練馬区のパワースポットは大ケヤキがある練馬白山神社
東京都練馬区のパワースポットは大ケヤキがある練馬白山神社

江戸時代の奉納された鳥居や狛犬

御神木の大ケヤキの横を通り石段。
石段を上ると境内が広がる。
かつてはこの右手にも御神木の大ケヤキが残っていた。

参道の左手に手水舎。
無人の神社ではあるが氏子によって綺麗に管理された手水舎。
水盤の裏には「水天宮」の石碑。

参道の先に鳥居。
寛政九年(1797)の鳥居が現存。
下練馬村の一画で信仰された事を伝える石鳥居。
「白山神社」の扁額が掛かる。

鳥居を潜ると拝殿前に一対の狛犬。
文政元年(1818)奉納の狛犬。
彫りも深く良い造形。
文政元年(1818)の銘が残る。

平成に造営された木造社殿

参道を進むと社殿。
旧社殿は明治元年(1868)に造営されたもので戦火なども免れた。
しかし老朽化のため平成十三年(2001)に現在の社殿を造営。
社殿としては新しいものの木造で良い造り。
彫刻も中々に見事で木鼻の獅子の躍動感も素晴らしい。
普段は無人の兼務社であるが、地域の鎮守として氏子崇敬者から大切にされているのが伝わる。

三社稲荷神社と三峯神社・境外の成田山不動尊社

社殿の右手に境内社の三社稲荷神社。
朱色の鳥居。
多くの奉納旗幟があり崇敬の篤さが伝わる。
地域で以前より信仰を集めたお稲荷様。

石段を上ってすぐ左手には小さな祠。
三峯神社の小祠。
小さな狛犬も奉納されていて、かつてこの地の三峯講で信仰を集めた。

境外には当社の社務所の隣に成田山不動尊社。
泰安練馬新省講とあり当社の管理下。
令和二年(2020)に社殿が新しくされ、現在も信仰されている事が窺える。

欅坂46が初詣に訪れた神社

2016年1月6日、アイドルグループの「欅坂46」(現・櫻坂46)のメンバー20人が、当社に初詣のため訪れて祈祷を受けている。

欅坂46公式サイト
2021.3.24 Wed. 『THE LAST LIVE』DVD&Blu-ray Release!!

これは都内最大で国の天然記念物である大ケヤキがある事に由来。
御神木の大ケヤキになぞらえ「大きく成長できる1年に」と参拝。
そのためファンの方々による参拝も多く、今も絵馬掛にはそうしたファンの絵馬を見る事もできる。

翌年の2017年の初詣は、当社の本務社「中野沼袋氷川神社」で行っている。
中野沼袋氷川神社 / 東京都中野区
厄除ひかわ。幸せを呼ぶ三本願い松。戯れる姿が可愛い子育て狛犬・安産の御神徳。数多くの御朱印・月替り御朱印。中野七福神。南北朝時代に武蔵一宮氷川神社より勧請。太田道灌の戦勝祈願・道灌杉。欅坂46/けやき坂46の初詣。下沼袋村鎮守。御朱印帳。

御朱印は中野沼袋氷川神社にて・シール型写真の御朱印

境内には授与所。
さらに境外には社務所も設けられている。
但し、当社は無人の兼務社であるため、御朱印は本務社「中野沼袋氷川神社」の社務所にて。

しばらく当社の御朱印の授与は停止されていたがシール型にする事で再開。

御朱印はシール型写真のユニークな御朱印。
「練馬白山神社」の朱印、更にご神木の大ケヤキなどの写真となっている。

所感

下練馬村の一部鎮守として崇敬を集めた当社。
明治の火災によって御由緒などは不詳となっているが、境内にある大ケヤキや出土した板碑などからも平安時代頃より創建していたと思われる古社である。
江戸時代の石造物なども多く残っていて、そうした事からも地域から崇敬を集めたのがよく伝わる。
何よりも境内に残る大ケヤキの存在感と生命力が素晴らしい。
少し前までは石段の上にも大ケヤキがあり2本の大ケヤキが素晴らしかったが、1本となった現在でも圧倒される大ケヤキはパワースポットと云われても納得の力強さ。
練馬周辺の歴史と信仰、そして今も素晴らしい大ケヤキを残す良い神社である。

神社画像

Google Maps

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