川越氷川神社 / 埼玉県川越市

 神社情報


川越氷川神社(かわごえひかわじんじゃ)

御祭神:素戔嗚尊・奇稲田姫命・大己貴命・脚摩乳命・手摩乳命
社格等:県社・別表神社
例大祭:10月14日・15日(川越祭り/川越氷川祭)


所在地:埼玉県川越市宮下町2-11-3
最寄駅:本川越駅・川越市駅・川越駅
公式サイト:http://www.kawagoehikawa.jp/

 御由緒

古墳時代の欽明天皇二年九月十五日鎮座。

下って室町時代の長禄元年(1457)、川越城の築城に当たった太田資長(後の道灌)は篤く当社を崇敬し、献詠和歌を残している。
また、戦国時代の天文六年(1537)の合戦の様子を描いた「川越軍記」には、その当時も人々の参詣が盛んであったことが記されている。

小田原北条氏滅亡後の天正十九年(1591)以来、関東を支配した徳川氏は、重臣を川越城主として江戸北方の守りにつかせたが、以後、幕末まで歴代城主は藩領の総鎮守として当社を尊崇し、文禄四年(1595)酒井忠利が社領を寄進したのをはじめとして、その後老中松平信綱らが社領を加増、さらに寛永五年(1628)酒井忠勝が本殿を修理した。
その後老中柳沢吉保らが社殿の造営費の寄進や修理を行うなどし、嘉永二年(1849)松平斎典の寄進により現在の本殿が竣工している。
(※頒布のリーフレットより)

 参拝情報

参拝日:2015/05/14

 御朱印

初穂料:300円
授与所にて。

※兼務社である「三芳野神社」の御朱印も頂ける。

川越氷川神社

 御朱印帳

初穂料:1,000円
授与所にて。
オリジナルの御朱印帳を用意している。
薄い黄色を基調として美しいカラフルな花々が描かれた女性受けしそうなデザイン。
※筆者はお受けしていないので情報のみ掲載。

 授与品・頒布品

よりそい守
初穂料:500円
授与所にて。

授与品をお受けする際に、巫女さんが神楽鈴を使ってお祓いをして下さる。





 考察

 川越総鎮守の氷川神社

埼玉県川越市宮下町にある神社。
旧社格は県社で、現在は神社庁の別表神社。
川越の総鎮守とされている。
正式名は「氷川神社」であるが、他の氷川神社と区別するために「川越氷川神社」と称される事が多い。

 関東三大祭り・川越祭り

国の重要無形民俗文化財でもある「川越祭り(川越氷川祭)」は当社の例大祭。
360年以上にわたり連綿と続いてきた祭事。
小江戸川越と呼ばれる街が大いに賑わう2日間で、神輿ではなく、関東では数少なくなった山車が出るお祭りなのも特徴。
歴代川越藩主だけではなく、庶民からも古くから崇敬され続けてきた事が伺える。

現在では、「常陸國總社宮」の「石岡のおまつり」・千葉県香取市(旧佐原市)の「佐原の大祭」と共に関東三大祭りの1つとされる。

 歴代川越藩主による崇敬

社伝によると欽明天皇二年(541)創建。
入間川で夜な夜な光るものがあり、これを氷川神の霊光だと捉え、当地に勧請したと伝えられる。

その後、江戸城を築城させた事でも有名な太田道灌が、河越城(中世の川越城)を築城。
それ以来、川越の総鎮守として近世になってからも歴代川越藩主の篤い崇敬を受けた歴史がある。
酒井忠勝、堀田正盛、松平斉典といった歴代藩主が社殿造営を行った。

川越の総鎮守として庶民からの崇敬が篤かったようだ。
それが上述の川越祭りにも現れているのだろう。

 縁結びの神社

氷川信仰の神社であり、素盞鳴尊を祭神としているのだが、氷川神社の多くでは相対するように奇稲田姫も祀っており、夫婦神を祀っている。
そのため、古くは「武運」「災難除け」のご利益として浸透していた氷川神社も、最近は夫婦神を祀っている事から「縁結び」として有名になっているところが多い。
ご利益は時代と共に変わっていくものだな、と面白く思う。

さらに当社の場合は、素戔嗚尊・奇稲田姫命だけでなく、脚摩乳命・手摩乳命も祭神となっているため、2組の夫婦神が鎮座していることから、古くから縁結びの神として信仰されていた歴史がある。

当社の縁結びで特に有名なのが、「縁結び玉」というお守り。
境内の小石を持ち帰って大切にすると良縁に恵まれるという言い伝えがあった事から、当社の巫女さんが小石を拾い集め、麻の網に包む、そしてそれを毎朝神職様がお祓いをするというもの。
毎朝8時より限定で20体のみ頒布されるため、早朝から行列が絶えない。
(この日は昼過ぎに到着したので当然既に終了していた)

さらに縁結びに関わる事だと、隣接する氷川会館と当社で行われる結婚式。
その中で行われる誓いの儀式「結い紐の儀」は川越氷川神社独自の儀式として商標登録されている。
神前結婚式をしたい方にとって憧れの1つでもあるようだ。

 在感のある大鳥居・見事な本殿

縁結びという部分を除いても、歴史があり崇敬されていた当社は見どころ多数。
まず「大鳥居」の存在感に驚かされる。

日本有数の大きさで扁額の社号は勝海舟が記したもの。

嘉永二年(1849)に当時の川越藩主松平斉典の寄進により完成したという本殿は彫刻が見事。
裏から回り込むように拝見する事ができる。

江戸彫りのかなり見事な彫刻が施されており圧巻の出来。
彫物師は、嶋村源蔵と飯田巌次郎とされている。

境内社の数も豊富。
特に素晴らしいのが「八坂神社(旧牛頭天王社)」。
こちらは寛永十四年(1637)に三代将軍・徳川家光が江戸城二の丸に東照宮として建立したもので、明暦二年(1656)に川越城内の「三芳野神社」(とおりゃんせ発祥の地とも)の外宮として移築されたもの。

その後、明治維新を経て川越城廃城により明治五年(1872)に当地に移築され、境内社「八坂神社」の社殿となっている。

さらには歌聖とも呼ばれた柿本人麻呂を祀った「柿本人麻呂神社」なども珍しい。

また境内にある絵馬トンネルは見た目的にも美しい。

この絵馬トンネルを通って本殿の裏手を見る事ができる。

舞殿は宝永元年(1704年)の建立。

御囃子や奉納芸能などが行われる。

御朱印は授与所にて。
兼務社である「三芳野神社」の御朱印もこちらで頂ける。
オリジナルの御朱印帳も用意している。
嬉しいのがお守りなどの授与品をお受けする時、必ず巫女さんがシャンシャンと神楽鈴を使ってお祓いをしてくれるという事。

 所感

川越の総鎮守として崇敬されてきた当社。
古くから藩主や川越の町民達からの崇敬を受け、現在も多くの人からの崇敬を集めている。
この日も多くの参拝者が訪れていた。
多くは縁結びを求めての女性であり人気の高さを伺える。
それでいて厳かな雰囲気を失わず素敵な境内。
色々な試みも面白く、歴史と共に、現在も崇敬者を増やすための努力を感じる神社だと思う。
川越まで来たら必ず寄りたい良社だろう。

 Google Maps

 神社画像

[ 大鳥居 ]

[ 鳥居 ]

[ 手水舎 ]

[ 拝殿 ]

[ 本殿 ]

[ 柿本人麻呂神社 ]
[ 八坂神社(拝殿) ]

[ 八坂神社(本殿) ]

[ 護国神社 ]

[ 境内社 ]

[ 絵馬トンネル ]

[ 御神木 ]

[ 舞殿 ]

[ 授与所 ]

[ 祓いの川 ]

[ 戌岩・御神水 ]

[ 案内板 ]

 Google Maps

    脚注
  • 当ブログに掲載している情報は筆者が参拝時の情報です。最新のものではない可能性がありますのでご理解下さい。
  • 当ブログ内の古い資料画像は「国立国会図書館デジタルコレクション」の「インターネット公開(保護期間満了)」から使用しています。
  • その他、筆者所有以外に使用した資料画像がある場合は別途引用元を明示しています。
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