三芳野神社 / 埼玉県川越市

【神社情報】

三芳野神社(みよしのじんじゃ)

御祭神:素戔嗚尊・奇稲田姫命
相殿神:菅原道真公・誉田別命
旧社格:県社
例大祭:4月25日


所在地:埼玉県川越市郭町2-25-11
最寄駅:本川越駅・川越市駅・川越駅
公式サイト:─

【御由緒】

三芳野神社(市指定 史跡)

 三芳野神社は、平安時代の初期に成立したと伝えられ、川越城内の天神曲輪に建てられている。この為、「お城の天神さま」として親しまれている。この天神さまにお参りするには、川越城の南大手門より入り、田郭門をとおり、富士見櫓を左手に見、さらに天神門をくぐり、東に向う小道を進み、三芳野神社に直進する道をとおってお参りしていた。
 この細い参道が、童唄「通りゃんせ」の歌詞の発生の地であるといわれ、現在でも静かな環境を保持しており、伝説の豊かな地である。
 なお、参道は、江戸時代より若干変化している。
 平成十一年三月
川越市教育委員会
(※境内の掲示より)
【参拝情報】

参拝日:2015/05/14

【御朱印】
初穂料:300円
川越氷川神社」の授与所にて。
社務所があるのだが兼務社のため常駐しておらず、ご不在も多い様子。
ご不在の場合は、本務社である「川越氷川神社」にて頂ける。
三芳野神社
【備考】
埼玉県川越市郭町に鎮座する神社。
童歌の「通りゃんせ」はこの神社の参道が舞台といわれ、「通りゃんせ発祥の地」となっている。
創建は大同二年(807)とも言われ、川越城築城以前から当地に鎮座していた古社。
「三芳野(みよしの)」という社名は川越の旧地名であり、平安時代初期に成立したといわれる「伊勢物語」にも「入間の郡三芳野の里」という現在の川越を表す当時の地名が登場する。
その事からも古くから鎮座していた事が伺える。
御祭神が素戔嗚尊・奇稲田姫命となっている事から、「氷川神社(大宮氷川神社)」より勧請したと推測できる。
元は氷川信仰系の神社だったのだろう。
その後、室町時代になり太田道灌(江戸城築城でも有名)がこの地周辺に川越城を築城。
当社の鎮座地は動いていないのだが、後から川越城が出来た事で、川越城内の天神曲輪と呼ばれる区画に位置する事となる。
これが「通りゃんせ発祥」に繋がっていく。
上述の通り、川越城築城により天神曲輪という区画に位置することになり「お城の天神さま」と呼ばれる事なったのだが、城内にあることから一般の参拝ができなくなってしまった。
川越城が築城されるよりも以前からあったため、庶民からの信仰も篤く、参拝を望む声が多かったという。
特例として時間を区切って一般の参拝が認められた。
しかし、当社に向かうには川越城の南大手門より入り、細道を通ってお参りしなければならなかった。
さらに参拝者に紛れて密偵が城内に入り込むことを避けるため、帰りの参拝者は厳しく調べられた。
その事から「行きはよいよい、帰りは怖い」と川越城内の子女の間で唄われるようになり、それが城下に流れ、当時から繋がりの深かった江戸へ運ばれ、やがて全国へ広まって行った。
これが「通りゃんせ発祥」の由来となる。
発祥の地には諸説あり、明確な資料がある訳ではないようだが、状況を整理し見ていくと当地であるという信憑性は高いと思う。
特に川越という、当時から江戸との関わりあいが深かった当地で発祥し、江戸に流れ、全国に広まっていくというのは納得がいく。
細い参道は当時と若干変化しているようだが、現在も雰囲気のある参道となっている。
川越城は現在廃城となっており、本丸御殿が残るだけではあるが、当社のすぐそこ(駐車場横)にその姿を見る事ができるので、「郭町」という地名と共に、川越城内にあった事を思わせてくれる。
現存する社殿は、状態がやや悪くなってはいるが、歴史のある貴重な建物となっている。
平成元年(1989)から平成四年(1992)にかけて大修理が行われ、現在は埼玉県指定文化財となっている。
この社殿は、寛永元年(1624)川越藩主酒井忠勝が三代将軍徳川家光の命を受けて造営したもの。(現・拝殿)
翌寛永二年(1625)には、天海大僧正を導師として遷宮式まで行われている。
これ以後、江戸幕府の直営社となっていたようで、幕府との繋がりも深かったようだ。
その後、明暦二年(1656)に、四代将軍徳川家綱の命を受けた川越城主松平信綱により大改造が行われ、この際に江戸城二の丸の東照宮本殿を移築し当本殿とし、寛永に建てられた拝殿との間に幣殿を新しく設け、権現造りの形態となっている。
すなわち拝殿は寛永元年(1624)に造営されたもので、本殿は明暦二年(1656)に、江戸城二の丸の東照宮本殿を移築したものという事になり、これが現存しているのはとても素晴らしい事だと思う。
それと共に川越城藩主や幕府(徳川家)との繋がりが深かった神社だったのがよく分かる。
現在「川越氷川神社」の境内社として鎮座している「八坂神社」。
こちらは元々「三芳野神社」(とおりゃんせ発祥の地とも)の外宮として、江戸城二の丸の東照宮を移築されたもの。
その後、川越城廃城により外宮は、「川越氷川神社」に移り境内社として現存している。
以上の事から、歴史があり幕府との繋がりも深く、崇敬篤かった当社が「通りゃんせ発祥」というのはしっくりくる。

ちなみに川越市を舞台にしたアニメ「神様はじめました」では、当社の参道前が登場する。
御朱印は本務社である「川越氷川神社」で頂ける。
社務所も存在するのだがご不在の事が多いようなので、ご不在の場合は「川越氷川神社」でお願いすると対応して下さる。
「通りゃんせ発祥」の墨書きもしてもらって何だか嬉しい。
現在は「川越氷川神社」の兼務社となっており、全体的にやや寂れた印象も受けてしまう。
ただ、旧社格は県社となっており、上述の通り崇敬を集めていた規模の大きな神社だったのだろう。
川越総鎮守であった「川越氷川神社」と共に、藩主や庶民、さらには徳川幕府に崇敬された歴史のある当社。
川越に来た際はこちらまで足を伸ばしてみるのもよいと思う。

神社画像

[ 参道 ]

[ 鳥居 ]

[ 手水舎 ]

[ 拝殿 ]

[ 本殿 ]

[ 案内板 ]

[ 境内社 ]

[ 大楠 ]

[ 石碑 ]

[ 初雁の杉 ]

[ 社務所 ]
[ 案内板 ]

[ 川越氷川神社内の掲示 ]

【Google Maps】

    脚注
  • 当ブログに掲載している情報は筆者が参拝時の情報です。最新のものではない可能性がありますのでご理解下さい。
  • 当ブログ内の古い資料画像は「国立国会図書館デジタルコレクション」の「インターネット公開(保護期間満了)」から使用しています。
  • その他、筆者所有以外に使用した資料画像がある場合は別途引用元を明示しています。
スポンサーリンク
御朱印ブログランキング
投票する

にほんブログ村 コレクションブログ 御朱印へ

フォローする

オススメ記事 by Google