大前神社 / 栃木県真岡市

神社情報

大前神社(おおさきじんじゃ)

御祭神:大國主大神(だいこく様)・事代主大神(えびす様)
旧社格:延喜式内社(小社)・県社
例大祭:11月9・10日
所在地:栃木県真岡市東郷937
最寄駅:北真岡駅・西田井駅
公式サイト:http://www.oosakijinja.com/

御由緒

 当社は約1500年前、雄略天皇の御代鎮護国家・殖産開拓の守護神として鎮座されました。神護景雲元年(西暦767年)に荘厳な社殿を造営し、延喜年間には醍醐天皇の勅命により延喜式内社に選ばれ、朝廷より幣帛を賜った由緒ある神社です。
 御祭神は大国主神(だいこく様)と事代主神(えびす様)です。大国主神は大きな袋を担ぎ、打ち出の小槌を持った神話の中で白ウサギを助けた神様で、家内安全・健康・病気平癒・縁結びの御利益がある神様です。事代主神は釣り竿を持ちお魚を抱えた神様で、商売繁盛・漁業守護・災難除けの御利益があります。このお二人は二福神と呼ばれ大変親しみのある神様ですが、実は親子の神様で、大国主神がお父さん。事代主神はその息子さんです。
 当社の神様のお使いは「鯉」です。本殿や拝殿にも彫刻や絵があります。平成元年に奉安された日本一のえびす様も金色の鯉を抱いています。皆様の願い事を神様の使い「鯉」が瀧登りをして神様にお伝えし、福の神だいこく様とえびす様が叶えてくださいます。(頒布のリーフレットより)

参拝情報

参拝日:2017/02/22(御朱印拝受/ブログ内画像撮影)
参拝日:2015/11/19(御朱印拝受)

御朱印

初穂料:300円
授与所にて。

※「大前神社」の御朱印と、二輪交通安全守護の境内社「足尾山神社」の御朱印が拝受可能で、更に若宮社(境内社)である「大前恵比寿神社」の御朱印も「大前恵比寿神社」の授与所にて拝受可能。

[2017/02/22拝受](大前神社)

[2015/11/19拝受]
(大前神社)

[2015/11/19拝受]
(足尾山神社)

御朱印帳

初穂料:1,000円
授与所にて。

オリジナルの御朱印帳を用意している。
当社の両部鳥居・参道・社殿をデザインした御朱印帳。
他に裏に社名の刻印がされた色々な柄の御朱印帳も4種類用意。

※筆者はお受けしていないので情報のみ掲載。

授与品・頒布品

ステッカー御守
初穂料:500円
授与所にて。

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考察

だいこく様とえびす様を祀る歴史ある式内社

茨城県真岡市東郷に鎮座する神社。
『延喜式神名帳』に記載された下野国十二社のうちの一社・延喜式内社(小社)。
旧社格は県社で、崇敬者からは「大前さま」と親しまれ、関東・東北を中心に広い地域から崇敬を集める。
御祭神は大國主大神(だいこく様)と事代主大神(えびす様)であり、神使は鯉。
宝くじがあたる神社として知られ当社の境内に鎮座する全高20mの大きなえびす像がある日本一えびす様「大前恵比寿神社」や、日本唯一の二輪専用の交通安全を願う「足尾山神社」など、多くの個性的な境内社が鎮座しているのも特徴。

1,500年以上もの歴史を誇る古社

社伝によると、雄略天皇の御代(457年-479年)に、鎮護国家・殖産開拓の守護神として創建したとある。

当地は古くから聖地とされ、古代の言い伝えに「神代の霊地」と伝わるといい、古くから土着の信仰があった地に神社が創建されたと推定できる。

神護景雲元年(767)、社殿を造替。
荘厳な社殿であったと伝えられている。

平成二十九年(2017)は「御造替1250年」の記念すべき年。
社殿前などに奉祝の旗幟が置かれている。

延暦十七年(798)、国司祭神社に選上された。

国司祭とは、国司(朝廷から諸国に赴任させた官吏)が自ら催した祭りの事。

このように1500年以上の歴史を誇る古社であり、古くから大いに崇敬を集めた。

式内社としての格式・神仏習合の中での信仰

延長五年(927)に編纂された『延喜式神名帳』には「下野国芳賀郡 大前神社」として記載。
この事から延喜式内社とされ、下野国には計12社の式内社があり、そのうちの1社である。

式内社は、朝廷から官社として認められていた神社で、当社は国幣小社として国司から幣帛を受けた。

古くから朝廷に知られる程の古社であった事が分かる。

この頃には神仏習合の基で、薬師如来を配し本地堂を営んでいたと記録に残る。
慈覚大師・円仁が開山したと伝わる「大前山般若寺」(「東睿山千妙寺」の末寺)が当社の別当寺を担っており、当社は神仏混淆の中、古くから「大前大権現」と称された。

以後、明治の神仏分離まで「大前大権現」として神仏習合の中で信仰を集めた。

平将門の戦勝祈願・勤行川と呼ばれる五行川の伝承

承平五年(935)、平将門が「平将門の乱(承平天慶の乱)」を起こす際に、当社にて戦勝祈願をしたと伝わる。

平将門は関東の豪族(坂東平氏)で、「新皇」を自称し東国の独立を謀ったとして朝敵となり、「承平天慶の乱」によって討伐された人物であるが、古くから関東では英雄視される事も多い。

この時、当社の隣に流れる「五行川」の御手洗にて勤行を行ったとされる。
この事から五行川の下流域を「勤行川(ごんぎょうがわ)」と称するようになり、現在でも下流域の茨城県では五行川を勤行川と表記している地域が多い。

勤行(ごんぎょう)とは、仏教用語で、仏前で時を定めて読経や供養をする事。

武勇を誇る坂東武者・芳賀氏からの崇敬

鎌倉時代になると、坂東武者である芳賀氏から篤い崇敬を集める。

芳賀氏は、宇都宮を拠点とした宇都宮氏に従った武士の中でも、特に精鋭として知られた武士団「紀清両党」を益子氏と共に構成した一族であり、「紀」は益子氏の本姓である紀氏から、「清」は芳賀氏の本姓である清原氏から取られた。
鎌倉時代から戦国時代にかけて、坂東武者(東国武士)の武勇を代表する武士団として知られる。

芳賀氏の七代当主・芳賀高親は、当社の南に御前城を築き、当社の社領守護職を兼ねた。
鎌倉時代以降、室町時代の二十二代当主・芳賀高定の代まで、こうした崇敬は続いたと云う。

天正元年(1573)、兵火によって社殿が焼失。
天正五年(1577)、芳賀高定の養子となった真岡城主・芳賀高継が、当社の本殿を再建。
天正十六年(1588)、平家物語(大前神社本)が神前に奉納されている。

文禄二年(1593)、更に本殿が再建。
この本殿が現存しており栃木県指定文化財となっている。

江戸時代に行われた境内整備の多くが現存

江戸時代に入ってからも多くの崇敬を集める。

元禄元年(1688)、拝殿が再建される。
この拝殿が現存しており、こちらも栃木県指定文化財。

宝永四年(1707)、本殿の全面改修が行われる。
現在も残る極彩色による見事な彫刻はこの時に施された。
藤田孫平治棟梁の下、島村円哲らの名工によるもの。

その後も幾度も社殿の改修が行われており、亮和二年(1802)には現存する両部鳥居が造営、文政八年(1825)には現存する神楽殿が造営など、江戸時代に行われた境内整備によるものの多くが現存している。

二宮尊徳(二宮金次郎)による逸話

文政四年(1821)、二宮尊徳(二宮金治郎)は、小田原藩主・大久保家の分家・宇津家の旗本知行所であった下野国芳賀郡桜町が荒廃しているため、その再興救済を藩主より命じられる。

二宮尊徳(二宮金治郎)は、薪を背負いながら本を読んで歩く姿の石像でお馴染みの人物で、当地周辺や当社とも縁が深い。

文政十年(1827)、尊徳は当社の禊所に籠もり、当社東の大前堰(五行川)を基点とし、二宮町物部地区を経て、筑西市奥田の小貝川に流れる穴川用水を着工改修し、再建を成し遂げた。

二宮尊徳によるこの財政再建策は「報徳仕法(ほうとくしほう)」として他の地域の模範となった。

神仏分離とその後の歩み

明治になり神仏分離。
「大前大権現」として神仏習合色が強かった当社も仏教色を排除され「大前神社」と改称。
明治六年(1873)、郷社に列する。
明治十年(1877)、県社に昇格。

御祭神が、大國主大神(だいこく様)・事代主大神(えびす様)の二柱になったのもこの頃と見られる。

明治二十三年(1890)、本殿を改修。
更に一之鳥居・二之鳥居が奉納され境内整備が行われた。
明治四十年(1900)、神饌幣帛料供進之社に指定。

戦時中は社殿など多くが戦火を免れて現存している。
近年は境内整備が進む。

平成元年(1989)、当社の若宮社として「大前恵比寿神社」が造営。
平成十七(2005)、第62回神宮式年遷宮の記念行事で、本殿裏側に鎮座する摂社・末社の整備事業が行われた。

その後も境内整備が進み現在に至る。

長い参道に広い境内・江戸時代の両部鳥居

最寄駅は北真岡駅になるがやや距離があるため、車などで訪れる方のほうが多く、広い駐車場がいくつも用意されており、北関東を中心に各地から参拝者が訪れるのが伺える。
一之鳥居があり、長い参道が続く。
その先に朱色の二之鳥居で、これらは明治二十三年(1890)に奉納されたものが改修されている。

参道の右手には当社とゆかりの深い五行川が流れる。
参道の左右にも小さな祠や歴史を伝える奉納物などが置かれているので見て行くのがよいだろう。

長い参道を進むとその先に両部鳥居。
美しい形の両部鳥居は、享和二年(1802)に建立されたものが現存しており、江戸時代の木製鳥居としては栃木県内最大のもので、栃木県指定文化財となっている。

両部鳥居を潜り真っ直ぐ行くと、左手に手水舎。
その先には四之鳥居。
これより神域として社殿が鎮座する。

現存する見事な社殿や彫刻・当社の神使は鯉

拝殿は元禄元年(1688)に再建されたものが現存。
大変美しい佇まいの拝殿となっており、色彩豊かな彫刻が施されている。
幾度か改修されつつ現存しており、栃木県指定文化財となっている。

本殿は、文禄二年(1593)に再建されたものが現存。
幾度かの改修を経ているが現存している事が素晴らしい。
宝永四年(1707)の改修時に藤田孫平治の手によって、極彩色の彫刻が施された。
こちらも栃木県指定文化財。

拝殿大床天井には三尾の鯉が描かれ、拝殿天井には昇竜に権化した姿が描かれている。
本殿にも雌雄の鯉と琴音仙人の鯉が彫られている。
このように当社の神使は鯉であり、古くから大切にされてきた。

天井絵については公式サイトを参照。

現在も心願が成就すると元気な鯉を神前に奉納し、祓いを受け御神酒を注ぎ、隣の五行川に放流する風習が伝えられている。

社殿の左手には立派な御神木。
鳥居が設けられ参拝できるようになっている。

日本一えびす様の大前恵比寿神社・金運開運幸運守り

歴史ある境内と、新しい要素が融合したのが当社の特徴。
特に境内社には柔軟な姿勢な姿を見る事ができる。

当社の境内に入ってすぐ目に飛び込むのが、当社の若宮社である「大前恵比寿神社」。
平成元年(1989)に当社の若宮社として「大前恵比寿神社」が造営された。
日本一えびす様と呼ばれる台座3m、像17mの全高20mにもなる大きなえびす様が特徴的。
地元の崇敬者達によって奉納されたえびす像で、台座の中に社殿が鎮座という形。

本来えびす様というと鯛を持っているのが一般的であるが、こちらの像は鯛ではなく金色の鯉を持っており、上述もしたように当社の神使は鯉であるという事からきている。

「大前恵比寿神社」の中に入るには拝観料が大人で500円かかる。
中にはお水取りができる場所や庭園なども整備されている。

筆者は拝観料を支払って中へ入らなかったためお受けしていないのだが、「大前恵比寿神社」の授与所にて「大前恵比寿神社」の御朱印も拝受できる。

社殿の手前には、おもかる石ならぬ「おもかるコイ石」。
コイの石を持ち上げ感じた重さが予想より軽ければ願い事が叶うというもの。

こちらの授与所で頒布されている金色の「金運開運幸運守り」は金運開運の御守として有名。
高額宝くじが当選したという報告が多く、そうした御利益を求めて参拝に来る方も多い。
御守は郵送も行っているので、遠方の方で希望する場合は公式サイトを参照。

日本唯一の二輪車交通祈願の末社・縁結びの末社

平成十七年(2005)、第62回神宮式年遷宮の記念行事で、本殿裏側に鎮座する摂社・末社の整備事業が行われ、多くの境内社が整備されている。

中でも末社の「足尾山神社」は、かなり個性的。
日本で唯一のバイクの交通安全を願う神社として建立された。
奉納品もバイクに関連するものが多く中々にユニーク。
バイク愛好家の崇敬者の提案により建立された末社で、県内外から多くのライダーが参拝に訪れる。
境内では年に一度全国のライダーが集う参集が催されている。
パネルにもなっている「空ちゃん」は、真岡市出身の萌キャラで、雑誌『ミスターバイク』に連載している『空ちゃんの旅』の主人公。

本社社殿の裏手にある「大物主大國魂神社」は、縁結びの御神徳でも知られる。
恋愛のご縁を願う方は、本社にお参りした後にこちらへ参拝するとよいとされ、商売のご縁を願う方は、本社にお参りした後に上述の「大前恵比寿神社」に参拝するとよいとの事。

他にも多くの境内社が整備されているので、巡拝されるのがよいだろう。

豊富な授与品を用意・郵送も可

御朱印は授与所にて。
「大前神社」と、バイクの交通安全を願う末社「足尾山神社」の御朱印が用意されている。

オリジナル御朱印帳も複数用意。
更に豊富な授与品が用意されている。
特に「うさぎ」をモチーフにした授与品が多く頒布されているのが特徴で、これは「因幡の白兎」の伝承によるもの。

因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)とは、『古事記』に登場する伝承で、悪だくみをして鮫に毛を剥がされた白兎を大国主(当社の御祭神の一柱)が助けるという内容。

御守は郵送も行っているので、遠方の方で希望する場合は公式サイトを参照。

所感

式内社として古くから崇敬を集めてきた当社。
古い歴史の中で崇敬され続け、境内には多くの文化財が現存しているのが素晴らしい。
それでいて、歴史を感じさせる境内・社殿など厳かな雰囲気と、新しく整備された境内社の共存が個性的。
特に「大前恵比寿神社」には全高20mのえびす様像が置かれており、そのインパクトで全体が物珍しい雰囲気になりがちなのだが、社殿周辺は式内社としての格式を感じさせてくれ、新旧の対比が面白い。
参拝はもちろんの事、観光としても楽しめる神社であり、懐の深い神社と云えるだろう。
栃木県を代表する神社の一社である。

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神社画像

[ 一之鳥居・社号碑 ]



[ 二之鳥居 ]

[ 参道 ]

[ 両部鳥居(三之鳥居) ]

[ 手水舎 ]


[ 四之鳥居 ]

[ 狛犬・銅燈籠 ]


[ 拝殿 ]






[ 本殿 ]







[ 御神木 ]


[ 足尾山神社 ]






[ 明眼神社 ]


[ 淡島神社 ]

[ 皇大神宮 ]

[ 姫神神社・荒樫神社 ]

[ 大物主大國魂神社 ]

[ 天満宮 ]

[ 荒神社 ]

[ 稲荷神社・琴平神社 ]

[ 神楽殿 ]

[ 休憩所 ]

[ 社務所 ]

[ 授与所 ]

[ 大前恵比寿神社 ]


[ おもかるコイ石 ]

[ 鯉像 ]

[ 拝観受付所・授与所 ]

[ 事務所 ]

[ 縁起物販売所 ]

[ 茶屋・土産屋 ]

[ 稲荷神社 ]

[ 子安神社 ]

[ 石碑 ]

[ 供養塔 ]

[ 境内案内図 ]

[ 案内板 ]

[ 五行川 ]


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