雪ヶ谷八幡神社 / 東京都大田区

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神社情報

雪ヶ谷八幡神社(ゆきがやはちまんじんじゃ)

御祭神:誉田別命
旧社格:村社
例大祭:9月中旬の土・日曜
所在地:東京都大田区東雪谷2-25-1
最寄駅:石川台駅
公式サイト:http://yukigaya.info/

御由緒

 当社の創建は永禄年中(1557~1569)と誌され、北条左京太夫氏康の臣太田新六郎管内巡視の際、当所において法華経曼荼羅の古碑を発掘し、その奇瑞により八幡大菩薩を創祀す伝う。
 爾来、旧中原街道沿道随一の由緒深き神社として人々の崇敬のもとに、雪ヶ谷の里の鎮護の神として450年のご神徳をもって現在の盛儀をみるに至る。
 境内は、氏子崇敬者の御霊を祀る斎霊殿、末社八社をはじめ、大田区文化財指定庚申供養塔群、不世出の大横綱大鵬関奉納の出世石を有する鎮守の杜に囲まれ、四季折々参拝者の憩いの場として親しまれている。(頒布のリーフレットより)

参拝情報

参拝日:2016/09/14(ブログ内画像撮影)
参拝日:2015/09/30(御朱印拝受)

御朱印

初穂料:300円
社務所にて。

※兼務社「田園調布八幡神社」「道々橋八幡神社」「石川神社」の御朱印も拝受できる。

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考察

雪谷の八幡さま

東京都大田区東雪谷に鎮座する神社。
旧社格は村社で、旧雪ヶ谷村の鎮守。
境内には、大田区文化財指定の庚申供養塔群や、横綱大鵬が奉納した出世石を有する。
近隣にある「田園調布八幡神社」「道々橋八幡神社」「石川神社」の本務社となっており、この周辺の中心的神社となっている。

太田康資による創建

社伝によると、永禄年間(1558年-1569年)に、北条氏康の家臣であった太田新六郎が、当地で法華経曼荼羅の古碑を発掘した事を瑞祥として、八幡大菩薩を創祀したと伝えられる。

この太田新六郎とは、北条氏康から偏諱を賜って太田康資と名乗った人物である。
北条氏康は母方の伯父にあたり、江戸城築城で有名な太田道灌は曽祖父という家柄。
家督を継いだ際には、江戸城代を担っていた。

天文二十三年(1554)に駿河国に侵攻した武田信玄の家臣・原虎胤を撃退するなど、武勇に優れた武将だったと伝えられている。
しかし、恩賞が少なかった事への不満や、曽祖父の太田道灌が築城した江戸城の城主になれなかった不満などから、永禄五年(1562)に、一族の太田資正を通じて上杉謙信への寝返りを画策したものの失敗。
その後は安房国に逃亡し、第二次国府台合戦にも参加している。

このように寝返りが失敗してからは安房国・上総国・下総国(いずれも現在の千葉県)を拠点としている事からも、当社の創建はそれより前と見る事ができるだろう。
北条氏康の家臣として武勇を誇った時期に、当社を創建したと推測できる。

雪ヶ谷村の鎮守・江戸時代の史料から見る当社

江戸時代には雪ヶ谷村の鎮守となる。
雪ヶ谷村は現在の大田区南雪谷・東雪谷を併せた地域。

文化・文政期(1804年-1829年)に編纂された『新編武蔵風土記稿』には当社についてこう書かれている。

(雪ヶ谷村)
八幡社
除地三段四畝、村の中央にて少しく高き處にあり。此地の鎮守なり本社二間半に二間、南に向ふ。前に石階十六級及び石の鳥居あり。この鳥居兩柱の間七尺許。祭禮年々正月九月共に十五日神楽を奏せり。村内圓長長慶二寺の持なり。本社に向ひ右の方に四間半に三間半の庵あり。則當所より僧を置て守らしむ。
末社。七面社、白鷺明神社、天満宮、稲荷社。以上五社、何れも社地に安置す。共に小祠なり。

「八幡社」と記されており、雪ヶ谷村の鎮守とある。
雪ヶ谷村内にあった「長慶寺」(東雪谷5丁目)と「円長寺」(南雪谷5丁目)の2寺が別当寺を担っており、隔年で奉仕を担当したようだ。
2つの寺が別当寺を担当するのは比較的珍しく、それだけこの地において当社が重要な存在だったのだと思われ、地域の村民より篤く信仰されたのであろう。

この後の文久三年(1863)には社殿が再建という資料が残っている。

神仏分離と戦後の再建

明治に入り神仏分離。
明治五年(1872)、村社に列している。

明治三年(1870)には拝殿の竣工。
明治二十八年(1895)には本殿が建て替えられている。
このように境内の整備が進められた事からも、多くの崇敬を集めた事が伝わる。

明治二十二年(1889)には、雪ヶ谷村・下池上村・桐ヶ谷村・久ヶ原村・徳持村・堤方村・市野原村・池上村・石川村・道々橋村の10村が合併し、池上村が成立。
当地は荏原郡池上村大字雪ヶ谷と呼ばれるようになる。
当社は雪ヶ谷(現在の南雪谷・東雪谷)の鎮守となった。

昭和二十年(1945)、東京大空襲にて社殿など境内の殆どが焼失。
戦後の昭和三十四年(1959)に再建され、現在に至っている。

存在感のある社殿・ゆったりした鎮守の杜

雪谷の鎮守である当社だが、最寄駅は雪が谷大塚ではなく石川台になる。
image石川台の駅近く、やや東南に鎮座している。

境内は比較的広く、ゆったりとした鎮守の杜が形成されており、一之鳥居を潜ると左手が児童公園になっていて、正面やや右手に石段と二之鳥居が続いていく。
image二之鳥居の先には右手に手水舎、さらに石段と三之鳥居が建つ。
imageこの三之鳥居を潜り石段を上った先が社殿となっている。

社殿は昭和三十四年(1959)に再建されたもの。
image戦後の再建であるが、存在感を感じる見事な造り。
大きく迫り出す破風になっているのが特徴的で存在感がある。

社殿の左手には境内社が並ぶ。
左手にある立派な社殿は齋霊殿。
image雪谷地区の英霊・祖霊、崇敬者の祖霊を祀っている。

その右手には「雪ヶ谷稲荷大明神」。
imageこちらは『新編武蔵風土記稿』にあった稲荷社であろうか。

その奥右手には四社合祀殿。
image薬神社・稲荷神社・天神社・加藤神社となっており、『新編武蔵風土記稿』に掲載されている末社とは少し御祭神なども違う。

なお、加藤神社には加藤清正が祀られている。
当社の別当寺は両寺とも日蓮宗であったため、熱烈な日蓮宗信者であった加藤清正が祀られているのかもしれない。

他に境内末社として水神社、大山祗神社が鎮座している。
神楽殿・忠魂碑など見どころも多い。

大田区指定文化財の庚申供養塔群

社殿の左手、境内社の奥には庚申塔群が並ぶ。
image真ん中には3基の庚申塔が置かれており、さらに左手に1基。
image右手には3基の庚申塔を見る事ができる。
image合計7基の庚申塔群となっており、もともとは村内各所に建っていたが、後に現地に移された。

最も古いものは天和元年(1681)のもの。
当社の別当寺が日蓮宗寺院だった事もあり、当地は日蓮宗の檀徒が多く、日蓮宗の色合いを帯びた庚申塔もあったりと、雪ヶ谷村の民間信仰の歴史を感じさせてくれる。
庚申塔は街道沿いに置かれる事も多かったため、塔に道標を彫り付けられたものあり、この中の明和七年(1770)の庚申塔は「新田神社」への道標も兼ねているのが分かる。

これらは大田区の指定文化財となっている。

大横綱・大鵬による出世石

一之鳥居を潜って、参道の左手には、第四十八代横綱の大鵬が奉納した出世石が置かれている。
image当社には昭和の大横綱と称された大鵬にまつわる逸話が残っている。

大鵬がまだ納谷と呼ばれていた序二段の頃、当社の境内で氏子の子供達に相撲の稽古をつけていたと伝わっている。
後に大横綱になり、「これは雪ヶ谷八幡神社の御加護の賜物である」と感謝し、当社に「出世石」とかいた書を奉納。
それを氏子衆が石に刻みこの出世石が完成した。

大鵬の手形も付いており、大横綱の姿を偲ぶことができる。
image当時の子供達の好きな物を並べた「巨人・大鵬・卵焼き」という流行語からも分かるように、人気実力を兼ね備えた大横綱に縁をもった神社である。

御朱印は社務所にて。
いつも大変丁寧に対応して下さる。
兼務社「田園調布八幡神社」「道々橋八幡神社」「石川神社」の御朱印も拝受できる。

田園調布八幡神社 / 東京都大田区
田園調布(旧上沼部村)鎮守。鎌倉武士による八幡信仰。江戸時代に入り鎮守社として中興。田園調布の歴史と由来。本務社は「雪ヶ谷八幡神社」。御朱印。
道々橋八幡神社 / 東京都大田区
旧道々橋村の鎮守社。道々橋村の誕生と由来。現在は公式地名から消えた道々橋。飛地にあった八幡社との関係。本務社は「雪ヶ谷八幡神社」。御朱印。
石川神社 / 東京都大田区
旧石川村(大田区石川町)の鎮守社。歯痛止めの神様。石川村の成立と由来・石川町の歴史。東工大大岡山キャンパスに隣接して鎮座。神明坂の由来。本務社は「雪ヶ谷八幡神社」。御朱印。

所感

雪谷の鎮守として、地域の崇敬を集める当社。
戦後に再建されたものが多いのだが、中々に広く整備された鎮守の杜と、立派な社殿を有し、大変心地よい境内となっている。
それだけ氏子衆によって篤く崇敬されてきた証拠なのだろう。
昭和の大横綱である大鵬の出世石がある事からも、そうした崇敬が伝わる。
境内に置かれた庚申塔群は、この地域の民間信仰が伝わってくる貴重な存在。
まさに当地の信仰や歴史が詰まった地域に愛される神社なのではないだろうか。
この日も平日ながら参拝に訪れる方、祈願される方などの姿を多く見ることができた。
とても心地よい気持ちで参拝する事ができる良社である。

神社画像

[ 一之鳥居・社号碑 ]
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[ 参道 ]
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[ 出世石 ]
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[ 二之鳥居 ]
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[ 参道 ]
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[ 手水舎 ]
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[ 三之鳥居 ]
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[ 拝殿 ]
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[ 本殿 ]
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[ 狛犬 ]
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[ 絵馬掛 ]
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[ 齋霊殿]
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[ 力石 ]
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[雪ヶ谷稲荷大明神]
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[薬神社・稲荷神社・天神社・加藤神社]
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[ 庚申供養塔群 ]
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[ 社務所 ]
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[ 神楽殿 ]
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[ 忠魂碑 ]
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[ 石碑 ]
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[ 神輿庫 ]
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[ 児童公園 ]
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[ 西側鳥居 ]
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[ 狛犬 ]
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[ 案内板 ]
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Google Maps

    脚注
  • 当ブログ内の古い資料画像は「国立国会図書館デジタルコレクション」の「インターネット公開(保護期間満了)」から使用しています。
  • その他、筆者所有以外に使用した資料画像がある場合は別途引用元を明示しています。
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