江北氷川神社 / 東京都足立区

 神社情報

江北氷川神社(こうほくひかわじんじゃ)

御祭神:素盞嗚尊
相殿神:奇稲田姫命・大己貴命・天照大御神・伊邪那美命・淤母陀琉命
旧社格:村社
例大祭:9月中旬の土・日曜


所在地:東京都足立区江北2-43-8
最寄駅:江北駅・高野駅

 御由緒

 江北氷川神社は、秩父山系を水源とする荒川流域に位置し「沼田」という旧地名からもわかるように、古来より清流が流れる湖沼地帯であったと思われます。このような清地に、ご祭神(素盞鳴尊)は古代より治水守護神として奉祀されておりましたが、村落の開発に伴い、荒川を出雲の國・簸川(ひのかわ)の故事に見立てて、氷川神社を創建したものと考えられております。
悠久の歴史のまにまに、足立区西部一帯の総本社として、現在も連綿と篤い信仰を集めております。

 参拝情報

参拝日:2015/10/22
参拝日:2015/04/01

 御朱印
初穂料:お気持ち

社務所にて。

※名誉宮司様(女性の方)がいらっしゃる時のみ見開きで短歌つきの御朱印をお受けできる。(短歌は毎年変わる)

※御朱印をお受けする方向けに帳面や用意してあり、住所氏名を記載すると、翌朝帳面をご祈祷して下さるとの事。
※挟み紙も心遣いが見て取れて嬉しい。(画像:Twitter

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 考察

 足立区西部一帯の総本社

足立区江北に鎮座する神社。

旧社格は村社で、現在は足立区西部一帯(十七社)の総本社となっている。
正式名称は「氷川神社」であるが、他との区別のため「江北氷川神社」とさせて頂く。

 荒川流域と氷川神社

創建年代は不詳とされている。
おそらくこの土地が開拓された頃に守り神として創建されたものではないだろうか。

氷川信仰の総本社である「武蔵一宮 氷川神社(大宮氷川神社)」など、埼玉県や都内の一部に多く見られる氷川神社系は、荒川流域に数多く見る事ができる。

荒川流域に「氷川神社」が広く祀られるようになったのは、出雲系の氏族であった武蔵氏が武蔵国造となって移住した時期であるとも云われており、御祭神には出身である出雲の神である素盞鳴尊(スサノオノミコト)をお祀りしている。
この「氷川」の名は、常に氾濫するため恐れられ神聖視された、出雲の簸川/肥川(現在の斐伊川)の名に因むものといわれ、開拓・農耕神として篤く崇敬される事になる。
そのため、荒川流域で新たに開発された地域にはその土地の守り神として「氷川神社」が勧請される事が多い。

実際に当社のすぐ近くには荒川が流れており、まさに荒川流域。
「氷川神社」が勧請され創建されたもの自然な事だろう。
この土地が開拓された際に当社が創建された可能性が高い。

 沼田村の鎮守

この土地は古くは沼田という地名であった。
江戸時代には沼田村という地名が存在しており、当社は沼田村の鎮守として崇敬を集めていた。

文化・文政期(1804年-1829年)に編纂された『新編武蔵風土記稿』には当社についてこう書かれている。

(沼田村)氷川社
村の鎮守なり、地福寺持。

以上の事から沼田村の鎮守。
そして現在もほぼ隣接する「地福寺」が別当寺であった事が分かる。

この別当寺であった「地福寺」であるが、こちらも創建不詳ながら、沼田村の開拓が進んだ江戸時代初期に創建したと推定されており、当社も同じ時期に創建された可能性が高いように思う。
村の鎮守として、共に崇敬されていたのだろう。
当社内には元禄十二年(1699)の刻印がある庚申塔を兼ねた手水石があり、その事からも庚申信仰含め当社がこの地の信仰の中心であった事が推測できる。

 神仏分離・江北村へ

明治に入り神仏分離にて別当寺とは分離。
明治初年、村社に列した。
沼田村だけではなく周辺の9村の総鎮守とされた。

明治二十二年(1889)に、9村は合併し江北村となる。
江北村の総鎮守として崇敬を集め、現在に至る。
当社は現在も周辺の神社の本務社として、17社もの神社を兼務している。
そのため足立区西部一帯(十七社)の総本社という位置づけになるのだろう。

 多くの境内社・鬼瓦の手水舎

現在の本殿は基礎石に「天保四年再建」の刻印があるといい、天保四年(1833)に再建されたものの一部が改修されて現存しているようだ。

また拝殿は明治八年(1875)に再建されたものが、同様に改修されて現存している。

いずれも昭和五十九年(1984)に大改修されている。

境内社は多数。
社殿右手にやや大きな諏訪神社の社があり、参道左手には細々とした社が多数鎮座している。

山の神、水の神、稲荷塚、庚申塚などあり、この周辺の信仰の歴史を感じさせてくれる。

手水舎も中々変わった形になっている。

水が獅子瓦の口から出る形。

image

昭和五十九年(1984)の大改修工事の際に拝殿の屋根からおろした鬼瓦の1つという。
手水舎に鬼瓦が使われているというのは大変珍しく個性的。

さらに面白いと思ったのが、参道右手にサイクルラックが置かれていた事。
荒川沿いをサイクリングする方が多いらしく、そういった方に向けて設置したようだ。

当社オリジナルの自転車専用交通安全ステッカーなども頒布されていた。

 短歌付きの御朱印

御朱印は社務所にて。
呼び鈴を鳴らすと玄関先に上げて下さった。
名誉宮司様(女性の方)がいらっしゃる時のみ見開きで短歌つきの御朱印をお受けできる。(短歌は毎年変わる)
御朱印をお受けする方向けに帳面や用意してあり、住所氏名を記載すると、翌朝帳面をご祈祷して下さるそうで、とても嬉しい心遣い。

前回参詣した時は、名誉宮司様がいらっしゃらず御朱印をお受けできなかったのだが、現宮司様より「事前にお電話下さい」との事だったので、御朱印をお受けしたい場合は、社務所までお電話で確認するのもよいと思う。

 所感

旧沼田村、そして旧江北村の鎮守として地域の崇敬を集めた当社。
現在はこの一帯の神社17社の本務社として大変重要な役割を担っている。
短歌と一緒にお受けできる御朱印もとても素敵なもの。
名誉宮司様は書や短歌がお得意なようで、境内の色々なところに直筆の説明書きや短歌が貼られていた。
拝殿の扁額の「氷川神社」の文字も、名誉宮司様の謹書。
サイクルラックや御朱印など、参詣者のための心遣いが伝わってくる素敵な神社。
前回参詣時にお話して下さった男性の現宮司様もとてもにこやかな方だった。
村の氏神神社といった規模ではあるが、足立区西部一帯の総本社として崇敬を集める良社に思う。

 Google Maps

 神社画像
※2015/10/22参拝時の画像
[ 鳥居 ]
[ 参道・拝殿 ]
[ 手水舎 ]
[ 拝殿 ]
[ 拝殿・本殿 ]
[ 本殿 ]
[ 諏訪神社 ]
[ 神輿庫 ]
[ 境内社鳥居 ]
[ 絵馬掛け・稲荷神社 ]
[ 稲荷塚 ]
[ 庚申塚など ]
[ 山の神・水の神 ]
[ 忠魂碑 ]
[ 江戸時代の鳥居 ]
[ 境内風景 ]
[ 社務所 ]
 Google Maps